No.122:最低な女だなぁ
「もう……我ながら、本当に最低な女だなぁ……」
昭和純喫茶のドアから外に出ると、自分の口からこんな言葉がでていた。
本当はこんなタイミングで言うことじゃなかった。
そんなことは、自分でもわかってる。
まったく想定外だ。
でも、誠治さんの後ろのテーブルに身をかがめて滑り込んだ綾音さんを見つけてしまったとき……もしかしたら、今がこのタイミングなのかなと思ってしまった。
ずっと胸に秘めていた思い。
言ってはいけないと思いながら……それでもいつかは言わなきゃって思っていた。
もう1年以上も前のことになるんだ……。
エリが初めて誠治さんと会ったのが、吉祥寺駅の改札口。
明日菜と待ち合わせてナンパ男2人組に手を焼いていたところに、誠治さんと瑛太さんが現れて助けてくれた。
誠治さんの第一印象は、「ザ・遊び人」という感じだった。
見た目はチャラいし、女の子の扱いも上手い。
でも全然強引って感じでもなかったし、その誠実さも垣間見えた。
エリは最初、「遊び友達には、ちょうどいいかな?」ぐらいにしか思ってなかった。
まあ向こうから迫ってきても、手を握るくらいならいいけどキスとか迫られたらはっきりイヤって言えばいい。
強引に乱暴をするような人には見えない。
だからそこはあまり心配してなかった。
ところが綾音さんと知り合って、一緒に皆でクリパや初詣に行くようになって……エリは気づいてしまった。
綾音さんを見つめる時の、その愛おしそうな視線。
瑛太さんの前で頬を染める綾音さんを見つめる時の、その憂いた表情。
他のメンバーは、多分誰も気づいてないだろう。
エリは誠治さんの視線を、一番注意して見てたから。
可哀想だなぁ、って思った。
自分の想い人が、親友に恋をしている。
そしてその想い人の恋愛相談にも乗ってあげている。
エリが話し相手になってあげれば、少しは気が紛れるかも。
そんな風にも思っていた。
エリはたまに、誠治さんと二人で遊びに行くようになった。
その殆どは食べ歩きだ。
誠治さんはその見た目に反し、実は真面目で誠実だった。
チャラくて遊び人風の雰囲気を持っているが、元々は背が高くてイケメンだ。
あれ? ちょっといいかも……そんな風に思うようになった。
誠治さんと一緒に遊びに行くと、エリのことをちゃんと楽しませてくれる。
優しいしトークも上手い。
エリが落ち込んでいると冗談を言って笑わせてくれる。
生理で気分が悪いと、さり気なく気遣ってくれる。
そして……綾音さんと瑛太さんの話をする時は、声のトーンが微妙に下がった。
表情だって、少し暗くなる。
おそらく自覚はないだろうし、それだけ注意して見ているのはエリぐらいだろう。
一方で、誠治さんはエリには全く手を出してこなかった。
二人っきりでも車の中でも、手さえ握られたこともない。
誠治さんはエリを見ているようで、他の誰かのことを思い浮かべているのは明らかだった。
ルックスも良くて一見チャラそうだけど、実は真面目で好きな人には一途だなんて……ずるいなぁって思った。
ある日、誠治さんと一緒に井の頭公園の中にあるタイカフェに行くことになった。
吉祥寺駅から二人で歩いた。
傍から見れば、立派なカップルなのかもしれない。
カフェの前には、不規則な階段がある。
珍しくエリは、ちょっとヒールの高いサンダルを履いていた。
すると誠治さんは、エリの方へ手を差し出した。
「足元危ないから、つかまる?」
「う、うん……」
エリはちょっと逡巡して、その手をとる。
その瞬間……全身に電気が走った気がした。
その手の先のぬくもりに、全神経が集中した。
体温が上がり、顔が赤くなるのがわかる。
(あ、あれ? うそ……)
階段を登りきっても、エリの顔は赤いままだったらしい。
誠治さんは笑っていた。
「エリちゃん、大丈夫? これぐらいの階段で……運動不足なんじゃない?」
「え? そ、そうかな?」
エリは惚けるしかなかった。
でも同時に、認めざるを得なかった。
なにが「手を握るくらいならいいけど」だ……。
握られた瞬間、誠治さんのことを好きだって自覚することになってしまったんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます