No.123:盛大なお節介


 それからは、エリはたびたび苦しい思いをした。

 たしかに皆で過ごすキャンパスライフは楽しい。

 でも自分の想い人が、憂いた表情で他の女の子を見ている。

 その事実はいつも、エリの心のどこかにチクリと針で刺してくる。

 

 その一方で……誠治さんの憂いた表情を見るたびに、応援したいっていう気持ちも芽生えたんだ。

 エリは誠治さんの背中を押したい気持ちが強くなった。

 綾音さんに気づいてほしかった。

 こんなに純粋に、あなたのことを思ってる人がいるんですよ、と。


 結局は同族嫌悪だったのかもしれない。

 自分が好きな人には想い人がいて、自分のことを見てくれない。

 そしてその相手の背中を押してあげたい。

 エリも誠治さんも「似た者同士」なんだと、勝手に考えていたのかもしれなかった。


 微妙に明日菜と瑛太さんのことも関係していた。

 明日菜は親友で、エリはもちろん瑛太さんと明日菜のことを応援している。

 明日菜の超ストレートなアプローチで、瑛太さんだってかなり揺れているのがわかる。

 このままだったら綾音さんも美桜さんも、思いが届かない可能性が高い。

 もしそうなったら……誠治さんは絶対に綾音さんに寄り添うだろう。

 何も言わず、ただそばにいてあげるだろう。

 そんな未来が、簡単に予測できた。


 結局……パズルの中で、エリのピースはどこにもはまるところがなかった。

 その事実が、あんな行動を起こさせたのかもしれない。

 後悔したくなかった。

 同時に誠治さんにも、思いを伝えて欲しかった。

 

「そんなの……ただの『盛大なお節介』じゃない。本当に最低だよ……」


 エリは家に向かって歩いていた。

 吉祥寺から歩いて帰ると、エリの足で20分以上はかかる。


 気持ちがぐちゃぐちゃだった。

 自分がやってしまったことに対する後悔。

 すぐにやって来るであろう失恋。

 そして……仲間内での雰囲気が壊れてしまうかもしれない。

 自分の居場所が、なくなるかもしれないという恐怖。

 

「グズッ……ウウッ……」


 嗚咽がこぼれる。

 自業自得だ。

 歩きながら、涙が止まらない。


 エリはめったに泣くことはない。

 でも今日は……この重圧には耐えられなかった。


 突然バッグの中から、スマホの着信音が鳴り響いた。

 画面の表示を見て……出ようかどうか逡巡する。

 なんでこのタイミングで……あいからわずの嗅覚だ。

 でも出ないと、後から追求を受けそうだし……。


「なーに海斗?」


「おーって、エリ? どうした? 何かあったのか?」


「う、ううん……別になにもないよ」


 海斗は本当に鋭い。

 エリの鼻声を、聞き逃さなかった。


「それより……何の用?」


「いや、お袋と親父がたまにはエリたちも呼んで食事をしたいって……そんなことより、今どこにいる?」


「別に……大丈夫だよ」


「ウソつけ! 今どこだ?」


「……カクハチスーパーの前あたり」


「わかった。車で行くから入口の前で待ってろ。10分、いや7分で行くから」


「ちょ、ちょっと! 本当になんでもないから!」


 通話は既に切れていた。

 

 前にも同じようなことがあったな……。

 そうだ、前の彼と別れたとき。

 エリは泣いてなかったけど、海斗は自転車でエリの家にまで押しかけて来たっけ。


「もう……なんなのよ、本当に……」


 自己嫌悪がいっそう強くなった。

 海斗の気持ちを思うと……なおさら慰めてほしくなかった。

 それでも家に帰ってもし母親に見つかったら、言い訳ができないぐらい気持ちがぐちゃぐちゃだった。

 

 いずれにしても、海斗は家を出てしまった。

 エリはスーパーの入口の前で、海斗の車を待つことにした。

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