No.121:後悔したくなかったんです
「エリちゃん、その……いつぐらいから気づいてた?」
「割と早い段階からですよ。だって誠治さん、エリのこと女性として見てなかったですよね?」
「そんなこと……」
そんなこと……あるのか?
ないとは言い切れない。
「エリだって最初は全然タイプじゃなかったんですよ、誠治さんのこと。なんか手早そうだし、無駄にエロいし。周りの評判もそんな感じでしたし」
ひどい言われようだ。
「でも誠治さん……たしかに遊びには誘ってくれてましたけど、それ以上全然エリにアプローチしてこなかったじゃないですか。それで……逆に気になったっていうか」
「……そうなんだ」
「それでどうしてかなぁって。でもよーく視線を追っていくと、すぐにわかっちゃいました。誠治さん、綾音さんを見る時の視線が違うんですよ。エリを見るときの視線とは全く」
「……」
「それに綾音さんが瑛太さんに楽しそうに話しかけているのを見ている誠治さんの視線……ものすごく切なげなんですよ。なんだか可哀想に思えちゃうくらい」
まいったな。
全然無意識だった。
オレは大きくため息をひとつ吐いた。
「エリちゃん、頼む。このまま皆には黙っといてくれないかな?」
「誠治さん……」
「オレは綾音たちを見守りたい。もちろんいろんなことを決めるのは本人たちだ。特に瑛太の気持ちがどうなのかが、一番大事だろう。でも……綾音の瑛太に対する気持ちは、大切にしてやりたいんだ。できたら少しだけ、オレは綾音の背中を押してやりたい」
「でも誠治さんの気持ちは、どこへ行くんですか?」
「オレなんかの気持ちは、どーだっていいんだよ!」
ヤバい……。
「す、すまない。声が大きくなっちまった」
オレはアイスコーヒーを、一口飲む。
「誠治さん……私も同じようなことを考えてました。このまま微妙なバランスの中で、時間が経っていって……そのなかで、自然になるようになっていく……もちろんそういう考え方もありますよね。でも」
エリちゃんは顔を上げて、背筋を伸ばした。
「エリは後悔したくなかったんです。だから……こうして気持ちを伝えましたし、誠治さんにも綾音さんに気持ちを伝えてほしいと思ったんです」
「……そっか」
「本当に……余計なお世話でしたね」
「そんなことないよ。気持ちは嬉しいし……ただ綾音だって、いまオレにそんなことを言われても戸惑うだけだろ?」
オレは自虐的に笑った。
エリちゃんはクリームソーダのアイスをスプーンで掬って口に入れて、深呼吸をひとつ。
そしてもう一度背筋を伸ばして、こう言った。
「だそうですよ。綾音さん」
「へっ?」
するとオレの背中側の席から、盛大に咳き込む声が聞こえた。
オレは全身の血の気が引き、脇汗が噴き出してくるのを感じた。
◆◆◆
(ウ、ウチは今、何を聞かされてるのよっ!)
誠治とエリちゃんの背中を追って、吉祥寺駅の通りを一本入った純喫茶にやってきた。
二人が中へ入ったのを見届けて、少ししてから中へ入る。
もうすっかり探偵気分だった。
店の名前が『昭和純喫茶』。
新しくオープンした、レトロな感じが売りの純喫茶のようだ。
店の中に入って、誠治とエリちゃんの二人が座っているテーブルを横目で確認する。
ウチはその後側の席に滑り込んで、そのままアイスコーヒーを注文した。
店内には本棚や観葉植物がテーブルの間にたくさん置かれていたので、二人に気づかれずに座ることができた。
そう思っていたんだけど……。
しばらくすると、エリちゃんが突然口火を切った。
「誠治さんは、このまま気持ちを押し込めたまま……黙って見ているだけでいいんですか?」
「……エリちゃん、何を言って」
ウチは固まったまま、二人の会話に耳を傾けた。
その内容は……ウチにとって、衝撃の事実だった。
まさか……まさか誠治がウチのことを……。
それにエリちゃんも……。
ウチは混乱した。
訳がわからなくなった。
つまり……ウチの事を思ってくれていた相手に、ウチは今まで恋愛相談をしてたってこと?
なんて残酷なことをしていたんだろう。
罪悪感が一気に押し寄せてきた。
誠治はエリちゃんに、このまま黙ってくれるようにお願いした。
自分の気持ちに蓋をして、ウチを見守りたいって……。
ウチはできるだろうか。
これからも誠治の気持ちを知らないフリをして……やっていけるだろうか。
あまり自信がない。
ずっと混乱しっぱなしだった。
喉がカラカラだ。
テーブルに置かれたアイスコーヒーを、半分ぐらい一気に飲む。
「だそうですよ。綾音さん」
突然エリちゃんがそう言った。
ウチは盛大に咳き込んだ。
紙ナプキンで口を押さえ、さらにケホケホと咳き込む。
「綾音……」
気がつくとウチのテーブルの横で、誠治が唖然とした表情で立ちすくんでいた。
ウチは誠治の顔を見られなかった。
「綾音さん、ごめんなさい……エリ、帰りますね。サンドイッチはお二人でどうぞ」
エリちゃんは立ち上がって、そのまま店のドアから出ていった。
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