No.120:女神降臨


 もう1年半も前のことになるのか……。


「ウチ、黒川綾音。綾音でいいからねっ」


 梅雨空でどんよりと曇った天気だったことだけは覚えている。

 昼休みの学食に、瑛太は綾音を連れてきた。

 

 女神降臨の瞬間だった。


 茶髪のミディアムストレートに、やや切れ長の二重の目元。

 快活で屈託のない話しぶり。

 そして抜群のプロポーション。

 初夏で薄着の胸元は、迫力満点だった。


 オレは一瞬で恋に落ちた。

 

 もともとオレは一目惚れとか信じないタイプだが、目の前にオレの理想の全てを具現化した女性が現れた。

 恋に落ちても無理はないだろう。

 話をしていても、これだけ美人で人目を引くのに気取ったところがまるでない。

 いつも自然体で話をする綾音に、オレはますます惹かれてしまった。


 それからオレたちは3人でつるむようになったが、残念ながら綾音のお目当ては瑛太だった。

 オレは凹んだが、瑛太は大切なダチで本当にいいやつだ。

 この二人だったら……オレは邪魔したくなかった。

 オレは二人の行く先を、見守ることにした。

 自分の気持ちを全て殺して。


 綾音はオレが思っていた以上にヘタレだった。

 よく言えばシャイで……そしてその見た目に反して、これまで男性経験がなかった。

 オレはそのギャップにも、すっかりやられていた。


 綾音は瑛太のことを、よくオレに相談してきた。

 そんなことはオレに言わずに、瑛太に言ってくれよ……。

 何度そう言いたかったか。

 

 でも綾音はオレを相談相手として、友達として、本当に信用してくれていた。

 オレはその信用を裏切りたくなかった。

 

 そうこうしているうちに、状況が変わった。

 秋になって、瑛太は明日菜ちゃんと出会った。

 同時にオレも、エリちゃんと出会うことになったのだが……。

 そして瑛太は偶然にも、元カノの美桜ちゃんとも再会する。

 そのきっかけを作ったのもオレ自身とは、なんつーめぐり合わせだろう……。


 明日菜ちゃんや美桜ちゃんからの、瑛太に対する好意はわかりやすかった。

 心のどこかで瑛太がどちらかと付き合えば、オレも綾音とチャンスあるかも……そんなことを全く考えていなかったといったら嘘になる。


 でもそれ以上に……オレは綾音に気持ちを伝えて欲しかった。

 綾音の気持ちを、きちんと瑛太に伝えてほしいと思った。

 その上で瑛太の気持ちを見守りたい。

 その上で綾音のことも見守りたい。

 オレは勝手にそう考えていたんだ。


 オレはこれまで、ちょくちょく綾音の手助けをしたつもりだ。

 一緒に餃子パーティーをしたり、ヴィチーノのバイトに綾音を引き入れたり。

 まあヴィチーノのバイトは、オレも綾音といる時間が増えるし一石二鳥だったが。


 綾音が熱を出した時には、瑛太と二人っきりになるように仕組んだ。

 翌日二人とも少しおかしかったが、それでも変な関係にはなってないと思うが……。

 なってないよな?


 オレはこれからも綾音に少し肩入れをしながら、見守ろうと考えていた。

 いつになるかはわからないが、どこかの段階で答えが出るだろう。

 それまでは自分の気持ちに蓋をしてやり過ごしていく。

 オレにはそれができる自信があった。


 ところが……なんてこった……。

 エリちゃんには、簡単に看破されていたなんて……。

 そればかりか……オレはエリちゃんの気持ちに、まったく気づいていなかった。


 エリちゃんは、最初あきらかにオレを警戒していたはずだ。

 遊び人で、女性には手が早くて……そんな印象を持っていたはず。

 まあ綾音と出会うまでのオレは、実際そうだったからな。

 そう思われても仕方がないだろう。


 ところが時間が経つにつれ、オレにかなり気を許してくれるようになったと思う。

 オレもたまに二人で遊びに行こうと誘うが、最近はエリちゃんから誘ってくることのほうが多かったぐらいだ。

 それでもエリちゃんはきっと男慣れしているだろうから、オレのことを『面白い先輩』ぐらいに思って、便利に誘っているんだろうな……ぐらいに考えていた。

 

 全て……オレの勘違いだったということか?

 オレはエリちゃんの思いに、全然気づけなかった。

 しかもエリちゃんは……オレの綾音に対する気持ちを知った上で、ということなのか?

 それは残酷すぎるだろ。

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