第三章

No.119:昭和純喫茶


「? エリちゃん、どうしたの?」


「えっ? ど、どうもしないですよ、誠治さん」


 ここは吉祥寺の駅裏を1本入ったところにある、レトロな純喫茶。

 その名も『昭和純喫茶』という店名。

 オレの向かい側に座っている茶髪ポニーテールの美少女の様子が、さっきから何だかおかしい。


 昨日の夜、エリちゃんからLimeが入ってきた。

 行きたいお店があるので一緒に行きませんか、と。

 送られたリンクを見ると、そこはオープンしたばかりの喫茶店だった。

 昭和のレトロな雰囲気を売りにしていて、古臭いがちょっと落ち着いた感じ。

 エリちゃんのお目当てはそのサイトの写真にも載せられてた、鮮やかなブルーのクリームソーダだった。


 エリちゃんとは、たまにこうして二人で会っている。

 ファミレスだったり、こうして新しくオープンしたお店だったり。

 エリちゃんからすれば、オレはまあ「優しくて便利な先輩」という位置づけだろう。

 

 彼女から異性としての好意は感じたことがないし、オレも可愛い後輩だと思っている。

 店のライトバンや軽トラで迎えに行っても、機嫌よく助手席に座ってくれる。

 何より気を使わなくてもいいので、オレとしてもとても楽で心地が良いのだ。


 そんなエリちゃんと、今日は吉祥寺の駅前で待ち合わせた。

 そしてエリちゃんの道案内で、この店までやって来た。

 それまでは二人でいつものように、冗談を言ってふざけながら歩いてきたのだが……。

 

 お店に入ってアイスコーヒーとクリームソーダとミックスサンドイッチを注文したあと、エリちゃんが急におとなしくなった。


 時折俯いて何かを考えていたかと思うと、顔を上げてまた俯いて……それの繰り返しだ。


 どうしたんだ?

 さすがのオレも、その変化に気づく。


 それから少しの間、取り留めのない会話をしていたのだが……。


「でも瑛太さんも、罪な人ですよね」


 エリちゃんは顔を上げ、硬い表情で話し始める。


「えっ? あ、ああ……」

 その話か。


 オレはエリちゃんと、よく瑛太たちの話をする。

『瑛太たち』というのは、もちろん瑛太と明日菜ちゃん、綾音、美桜ちゃんの4人のことだ。


 この不思議な四角関係は、長いこと続いている。

 明日菜ちゃんと綾音の二人はもちろん仲がいいし、美桜ちゃんだって最近はオレたちの大切な仲間の一人だ。

 そしてオレたちを含むまわりの連中も、それを温かく見守っている状態だ。


 オレの所見では、明日菜ちゃんの方が現状優勢だろう。

 エリちゃんはもちろん明日菜ちゃん応援派だ。

 オレは中立と言いながら、ヘタレの綾音の背中を押してやりたい気持ちはある。


 だがオレもエリちゃんも、表立ってはそういう素振りは見せない。

 全ては当人たちの意思、特に瑛太の意思に任せるというのが暗黙の了解だからだ。


「瑛太もなんだかウジウジと、はっきりしないよな。確かに今の関係が壊れるのが怖いっていうのは、わからんでもないけど」


「でもずっとこのままっていう訳にも、いかないじゃないですか」


「そうなんだよな……」


 もちろんそういうことなんだ。

 いつかどこかのタイミングで、何かが変わる。

 それは多分そうあるべきだし、悪いことじゃないはずだ。


 注文したものが、テーブルの上に運ばれてきた。

 ミックスサンドはパンがトーストされていて、美味しそうだ。

 エリちゃんのクリームソーダは、カクテルのブルーハワイのような色合いをしていた。


 エリちゃんはそのクリームソーダを一口飲んで、ちょっと重たげなその口を開いた。


「でもいいんですか?」

 

「ん? 何が?」


「誠治さんは、このまま気持ちを押し込めたまま……黙って見ているだけでいいんですか?」


「……エリちゃん、何を言って」


「ごめんなさい、誠治さん……エリ、なんだか黙って見ていられなくなっちゃって……」


「エリちゃん?」


「自分の好きな人が、他の女性を見てるのを傍観するのって……エリにはやっぱり辛いです」


「……」


「だから誠治さんだって……辛いはずですよね?」


 オレは一言も言葉を出せなかった。

 口から出すべき言葉を、見つけられなかった。

 昭和純喫茶のテーブルに向かい合ったオレ達は、一気に重たい空気の中に迷い込んだ。

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