No.113:明青祭準備


 9月に入ると授業も始まり、また通常のキャンパスライフが戻ってきた。

 授業に出て、昼休みには学食に集まって、夕方はバイト。

 そんな生活が続いた。

 一年生の面々も、大学生活にはすっかり慣れたようだ。


 10月に行われる明青祭に、誠治が代表で模擬店の出店申し込みをした。

 日程は10月最終週の土曜と日曜の二日間だ。


 この学園祭の模擬店だが、参加するにしても実はかなり面倒くさい。

 まず何を売る店なのか。

 他の模擬店とカブるといろいろと調整が生じる。

 なので第一希望から第三希望まで記入して申し込まないといけない。


 次にメンバーは誰か。

 食品調理をする場合は、実行委員会による衛生面の講習が行われる。

 調理担当をする学生は、全員必ず受けないといけないのだ。


 ラッキーなことに、俺達の出店希望は第一希望が通った。

 焼きそばの店である。


 10月に入ると、俺たち7人は学園祭の準備で忙しくなった。

 午後の授業が終了して、俺達は学食でミーティングを開いた。


「まず焼きそばだが、ありきたりだとつまらないと思うんだ。だから普通のソース焼きそばと、アジア風ミーゴレンの2種類を出そうと思う」


 リーダーの誠治が、ミーティングを仕切る。

 単なる学園祭の模擬店ごときでと油断していたが、とんでもなかった。

 やることはめちゃめちゃ多い。


「機材はリース会社から借りて、うちの軽トラで運ぶ。男性陣には機材の運搬と設置を手伝ってもらうぞ。女性陣には材料の買い出しを担当してほしい。特に明日菜ちゃんとエリちゃんは家の車をなんとか使わせてもらってほしいんだ。とにかく買うものが大量にあるからね」


 エリちゃんと明日菜ちゃんが頷く。


「当日の細かい手順はまた追って説明するとして、基本的に俺と瑛太と海斗のうち、二人が焼き方を担当、もう一人は雑務要員だ。材料が不足した時に買い出しとかもあるかもしれない」


 この焼き方、めちゃめちゃ重労働だな……。


「それで女性一人が梱包の補佐と会計。あとの三人は客引きに回ってもらう。このあたりは臨機応変に交代しながら休憩を取ってもらいたい。」


「ミーゴレンとは考えたな」

 俺は口を挟んだ。


 ミーゴレンとは、マレーシアやインドネシアのスパイシー焼きそばのことだ。

 でも作り方とかわかるのか?


「ああ、それほど難しくない。ネットで調べれば作り方とかも出てくるけど、実はカマール・マカンのオーナーにレシピを訊いたんだよ。サンバルっていう唐辛子のソースがあるんだけど、それが味の決め手らしい。売っている所も教えてもらったから、それを使えば随分本格的な味になるはずだ」


 カマール・マカンは、俺達が通うマレーシア料理の店だ。

 さすがは誠治、行動力があるな。


「それでだ……一つ女性陣に相談があるんだ」

 誠治がちょっと言い淀む。


「模擬店の鍵となるのが、集客力だ。もちろんこの女性陣に客引きをしてもらえれば最強だとは思うけど……見た目のインパクトというのも、大事だと思う」


「な、何? 水着でも着ろっていうの?」


「おお綾音、それはナイスアイディア……だけど、さすがに非現実的だろ? 実は機材リースの店には、いろんな集客アイテムがあるんだ。例えば水色の法被はっぴとかな。そこで見つけたんだけど……女性陣に『ミニ浴衣』を着てもらうっていうのはどうだろう」


「ミニ浴衣?」


 俺の疑問文に、誠治はスマホの画像で答えてくれた。

 そこにはピンクの浴衣を来た若い女性が写っている。

 ところが……浴衣が膝上で切られていて、ミニスカートのようになっている。

 浴衣というより、コスプレに近い。


 女性陣にも見てもらうよう、誠治のスマホを綾音に手渡す。


「誠治、Lime見てもいい?」


「やめて下さいお願いします」


 綾音の周りに、女性陣が集まる。

 綾音は画像をズームしたりとか、いろいろと見ているようだ。

 女性陣からは「あー」とか「ふーん」とか「ええっ?」というような声が聞こえる。

 ちなみに最後の声は弥生ちゃんだ。


「どう思う?」

 誠治は女性陣の意見を求める。


「まあこれぐらいだったら、いいんじゃないの? 目立ちそうだし、ちょっと可愛いかも」


「はい。この程度だったら、下にTシャツと見せパン履けば全然大丈夫ですよね」


「エリも、別にいいですよ」


「ちょ、ちょっと! ワタシもこれ、着るんですかね……」

 唯一、弥生ちゃんが尻込みする。


「弥生ちゃん、恥ずかしかったら、下にレギンスとか履いたらどうかな?」

 誠治が助け舟を出す。


「……これで下にレギンスなんか履いたら、もっとダサいですよ……。わかりました。頑張って太い足を出しましょう! その代わり苦情が来ても知りませんよ!」 

 ちょっとヤケ気味に、弥生ちゃんは承諾してくれた。


「苦情は絶対に来ないから、大丈夫だよ」

 俺は一応、フォローに回る。


「ねえ瑛太……客引き要員だったらさ、美桜ちゃんにも来てもらったら?」


「えっ?」


 綾音の口から、意外な人物の名前が出てきた。

 他の1年生達も「えっ?」という表情だ。


「だって綺麗どころが多いに越したことはないでしょ? 美桜ちゃんに来てもらったら、確実に集客強化につながるわよ。それで儲かったお金で、打ち上げとか一緒にやってもいいんじゃない?」


 綾音のこの意見には、少し微妙な空気が流れた。

 さすがの誠治も、黙ったままだ。


「私も、それがいいと思います」


 沈黙を破ったのは、明日菜ちゃんだった。


「美桜さんとてもいい方ですし、一緒に参加していただければ楽しいと思います。それに……あれだけ綺麗な方ですから、お客さんもいっぱい来ますよ」


 この一言で、ほぼ流れが決まったようだ。


「わかった。美桜の都合もあるだろうから、ちょっと訊いてみるよ」

 

 俺はそう答えるのが精一杯だった。

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