No.112:そばにいてもいいですか?
「わー、これも美味しそうです」
「中まで火が通ってるはずだけどね。まあ食べてみて」
俺は座って、チキンにナイフを入れて確認した。
大丈夫、生焼けにはなっていなかった。
「んー、美味しいです!」
「そう? それはよかった」
俺もチキンときのこを一緒に口に運ぶ。
ホワイトソースの優しい味とチキンがよくマッチしている。
「瑛太さん、ちゃんと自炊されてるんですね」
「いや、いつもはもっと簡単なヤツで済ましてるよ。え、何? これ、俺がちゃんと自炊してるかっていうテストだったの?」
「ちがいますよー」
明日菜ちゃんは笑っている。
「うちのお父さんとか、全然できないんですよ。だから凄いなーって」
「まあ必要がなければやらないんじゃないかな。俺の場合、必要だからね」
いろいろ話をしているうちに、料理がなくなった。
「ごちそうさまでした。ケーキを用意しても、いいですか?」
「ああ、もちろん」
明日菜ちゃんは自分の食器を流しへ運んで、冷蔵庫からケーキの箱を取り出した。
そして棚からプレートやナイフも運んでくれる。
ふと考えると……彼女は既にこのキッチンで、どこに何があるのかを把握していることに気づいた。
そりゃあほとんど毎週来てるわけだから、不思議じゃないんだけど……。
俺はアイスティーとアイスコーヒーを用意して、テーブルの上に運んだ。
明日菜ちゃんが、ケーキの箱を開ける。
「おおっ」
俺の口からそんな言葉が漏れ出した。
立派なホールケーキじゃないか。
「本当はイチゴを使いたかったんですけどね。今の時期は手に入らなくて、代わりにフルーツの缶詰を使っちゃいました」
ケーキの上のトッピングは、黄桃だ。
おそらく缶詰だろう。
明日菜ちゃんはケーキを切り分けてくれた。
俺はプレートの上のケーキを切り分けて、口へ運ぶ。
「美味しいね」
「よかったです。まあ手抜きケーキですけどね。本当はスポンジから焼かないと手作りとは言えませんけど」
「いや、これでも十分美味しいよ」
俺はしばし、ケーキを堪能する。
フルーツは黄桃とキウイフルーツと……パイナップルかな?
「長野、楽しかったです。また行きたいですね」
「そう? 何にもないところだったろ?」
「そんなことないですよ。自然は豊かだし食べ物も美味しかったです」
「それ、何にもないところの典型的な表現だから」
それでも川遊びと花火の時に見た星空は、明日菜ちゃんの琴線に触れたようだった。
「バーベキューも楽しかったですし……それに、美桜さんも綺麗な方ですね」
「そうかな? 美桜は『皆可愛い子ばっかり』って言ってたけどな」
「瑛太さんは、ああいう感じの女性がお好きなんですね。綺麗でちょっと大人っぽくて、すこし儚げというか……」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
「私ももう少し、大人っぽくなりたいです……」
明日菜ちゃんは少しシュンとした表情で、ケーキを啄んでいる。
この子は……いつだって感情がストレートだ。
正直で曇りがない。
だから周りの男の子たちから、『塩対応』とか言われてしまうんだろう。
イヤなものはイヤ。
多分はっきりと顔や態度に出てしまうんだろうな。
「明日菜ちゃんは、そのままでいいと思う。純粋で天真爛漫なところが、魅力的なんじゃないかな」
「瑛太さん……本当に、そう思ってくれてますか?」
「明日菜ちゃん?」
「こんな子供みたいな子、鬱陶しくないですか?」
明日菜ちゃんが不安げな表情を浮かべる。
よくわからない。
何がそんなに不安なんだろう。
「明日菜ちゃん、大丈夫。そんな風に思ってないよ。それに皆、自然に大人になっていくんじゃないかな。だから俺は明日菜ちゃんに、そのままでいてほしい」
「瑛太さん」
少しだけ明日菜ちゃんの表情がほころぶ。
「瑛太さんの……そばにいてもいいですか?」
「……ああ、もちろん」
「鬱陶しくなったら、言って下さいね」
「思わないよ、そんな事」
明日菜ちゃんの表情が、少しやわらかくなった。
それから俺たちは、いつものようにいろんな話を続けた。
新しく出来たパンケーキ屋さんの話や、学園祭の話。
でも……明日菜ちゃんは何が不安だったのかな。
結局俺は、最後までわからなかった。
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