No.108:非現実的なこと


 夜の花火大会までは、まだ時間がある。

 早めの夕食をとるには、ちょうどいいぐらいの時間だ。


 俺たちは温泉施設から20分ぐらい車を走らせ、長野市街地に向かった。

 地元の定食屋で、食事をすることにした。


 エリちゃんがスマホで探してくれたお店は、まさに「ザ・定食屋」というたたずまいだ。

 俺たち8人は小上がりの座卓に座る。


 注文を終えて待っている間、俺は美桜と星野の話を切り出した。

 

「連れてきなよ! 瑛太の元カノ、絶対見たい!」

「美桜さんですよね。私もお会いしたいです」


 綾音と明日菜ちゃんが反応した。

 他の面々の許可も得て、一応美桜をバーベキューに誘うことにした。

 昼食を待っている間に、美桜にLimeを送る。


 瑛太:バーベキューの件だけど、皆に是非連れてこいって言われてる。時間があったら、来るか?


 返事を待ってる間に、注文していた料理が運ばれてきた。

 焼肉定食、クリームコロッケ定食、オムライスなど、結構なボリュームだ。

 しかも値段も手頃。

 やはり東京で外食するよりも安い。


 食事を終えて寛いでいると、そろそろ花火大会への移動の時間だ。

 俺たちは兄に教えてもらった穴場スポットへ移動する。


 花火大会の会場で見てもいいが、駐車場からかなり歩かないといけないらしい。

 そこで少し離れるが、山を登っていく途中に展望スペースがある。

 そこから街を見下ろしながら花火を見るといい、と教えてくれた。

 その展望スペースは、まだGoogleマップにも載っていない。

 地元の人たちしか知らないスポットのようだ。


 俺たちはその展望台へ向かう。

 山道を少し走ると、小さな看板が出てきた。

 中に入ると、案外駐車場は広い。

 既に先客の車が、何台も停まっていた。

 街灯が2つあるが、なんだか薄暗い。


 俺たちは車を降りて、展望スペースへ向かう。

 先客達は、ほぼ全てカップルだった。

 その中を俺たち8人は、ぞろぞろと移動する。

 足元が暗いので、先導する俺と誠治がスマホのライト機能で足元を照らす。


 少し奥へ入ると、なんとか8人が座れるスペースを見つけた。

 そこにレジャーシートを敷いて全員座る。

 長野の市街地を一望できる、夜景スポットだ。

 そりゃあ、カップルが多いはずだな。


「花火、楽しみー。今年は見に行ってないからなぁ」

 小春ちゃんが無邪気にそう言った。


「東京の花火と比較されると辛いかな。時間も随分短いし」

 俺は一応、言い訳をしておいた。


 しばらくすると花火が上がり始めた。

 うわー、キャー、という女性陣の声が響いた。

 街の灯りの上に花火が彩る。

 幻想的な風景だ。


 しばらくすると花火が一旦止まって、一発ずつの花火に変わる。

 鎮魂の花火だ。


 亡くなった方の遺族やお世話になった人がお金を出して花火を打ち上げ、その霊を供養する。

 本来の「お盆の花火」にルーツでもある。


「なんだかいいわね、こういうの」

 綾音がポツリと呟いた。


「亡くなった方への思いを花火に託して、その霊をお迎えする……その霊だって、喜んでるかもしれないよな」

 誠治もそう続けた。


 しばらくすると、また連発花火が上がり始めた。

 そして最後にちょっとした盛り上がりを見せると、あっという間に終わってしまった。

 多分全部で1時間もかからなかっただろう。


「とまあ、こんな感じだ」

 俺は肩をすくめてそう言った。


 俺たちは立ち上がり、帰り支度を始める。

 皆満足してくれたようだ。

 

「うわっ、綺麗! 見て見て!」

 

 小春ちゃん立ったまま、上を見上げていた。

 俺たちもつられて上を見ると……そこには満天の星があった。


「うわー」

「凄いッス」

「綺麗」


 皆口々に声を上げる。

 今日は月が出ていなかった。

 黒幕の上に、おびただしい数の星が散りばめられている。


「プラネタリウムみたいです」


「……忘れてたけど、俺にはこれが当たり前だったな。東京へ行ってから、星なんか意識して見たことなかったけど」

 俺は明日菜ちゃんに、そう答えた。


「今にも落ちてきそうですよね」

「流れ星とか見られないかな」

「あ、ちょうどペルセウス座流星群が見られる時期じゃないですか?」


 女性陣が盛り上がっているなか、スーっと一筋の星が流れる。


「あ! 流れ星」

「どこどこ?」

「あそこです」


 俺たちはそれからしばらくそこで天体観測を続けていた。

 残念ながら、それ以降は流れ星は見られなかった。


        ◆◆◆


「ふぅー……」


 私は瑛太さんのご実家のキッチンで、ひとり座って麦茶を頂いていました。

 今は夜中の1時半です。


 私たちは花火を見て星の観察をしたあと、そのまま戻ってきました。

 女の子たちは全員疲れていて、シャワーを浴びて早めに就寝しました。

 ところが……目が覚めてしまいました。


 意外な人が睡眠を妨害してきました。

 弥生ちゃんです。

 それも……いびきとか歯ぎしりではありません。


 なんであんなに大声で、寝言が言えるんでしょうか。


 それももの凄く大きな声で、はっきりと寝言を言うんです。

 しかも全て意味不明です。


『喰らえ! 担々麺!』とか『火星まで! 大人1枚!』とか。

 いったいどんな夢をみてるんでしょうか……。


 そんなことを考えていたら、全然眠れなくなってしまいました。

 喉も渇いてきたので、キッチンで麦茶を頂いてます。


 すると大広間の方から足音が聞こえてきました。


「あれ? 明日菜ちゃん」


 薄手のスエット上下の綾音さんです。

 本当に出るところが出ていて……女性の私でも、羨ましいです。


「綾音さんも、ひょっとして起こされちゃいましたか?」


「そうなのよ! やっぱり明日菜ちゃんも?」


「はい」


「もう、弥生ちゃん……『タケノコは、大き過ぎますっ!』って、いったいどんな夢見てるのよ」


 綾音さんも辟易とした様子です。


「綾音さん、麦茶飲まれますか?」


「え? うん、頂こうかな」


 私はグラスに麦茶を注いで、綾音さんに手渡しました。


「ありがと」


 椅子に座った綾音さんは、麦茶を口にして「ふぅー」っとため息をつきました。


「でもさ、今日はよく遊んだよね」


「はい、すっごく楽しかったです」


「川は綺麗だし食べ物は美味しいし、花火もよかったし」


「はい。星も綺麗でしたよね」


「なんかさ」

 綾音さんは少し言い淀みます。


「瑛太がこういうところで育ったっていうの、納得だよね」


「えっ?」


 どういう事でしょうか。


「美味しいもの食べて、綺麗な川で遊んで、綺麗な星空を見て、温かい家庭で育って……それであの瑛太が出来上がった、っていうかさ」


「あー」


 なるほど、それは納得できます。

 懐が深くて、優しくて。

 大地のように温かくて、いつも見守ってくれるような……。

 綾音さんも、そんなことを感じていたんでしょうか。


「そうですね。その通りかもしれません」


「なんかいいよね。ウチ、自分の子供をこういうところで育ててみたいな」


「北海道もいいんじゃないですか?」


「あーいいんだけどね。ちょっと寒すぎるかも」


「そうなんですか?」


 私たちはそんな話をしていました。

 多分きっと……同じ想い人をお互いの心に秘めながら。

 これからもずっとこんな話を、綾音さんとできたらいいな。

 そんな非現実的なことを、そのときの私は考えていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る