No.90:見たいって言ってたじゃん



「瑛太悪い。お袋からLimeでな。親父がビールケース持って腰やっちまったらしい」


「えっ? そうなのか? 大丈夫か」


「ああ。年だし、ちょくちょくあるんだよ。それで配達を手伝わないといけないから、俺先に帰るわ」


「そうか、わかった。お大事にな」


「おう、ありがと。じゃあ、あとはよろしくな」


「ああ」


「襲うなよ」


「襲わんわ!」


「いや、同意ならいいのか?」


「だから襲わないって」


 誠治は最後にひとしきり騒いで帰っていった。

 もうなんなの……そんなこと言われたら、余計に意識しちゃうじゃない……。

 

「できたぞ、綾音。食べるか?」


 キッチンから瑛太の声がした。


「え? う、うん。いただこうかな……」


 瑛太はトレイをローテーブルの方へ運んできてくれた。

 ウチはベッドから起きて、ローテーブルの前に座る。


「無理すんなよ」


「うん、大丈夫」


 トレイの上には、お粥と……豆腐ステーキかな?

 それとスポーツドリンクのボトル。


「おいしそ」


「適当に作っただけだぞ。お粥は熱いから、気をつけてな」


「ありがと。いただくね」


 私はスプーンでお粥をすくって、口に運ぶ。

 ああ……なんか、優しい味だな。

 お箸で豆腐ステーキをいただく。


「あ、お豆腐おいしい」


「そうか、よかった。味付けは適当だけどな」


 適当でここまで作れるの?

 自炊し慣れてるんだな……。

 ウチもちょっとは、料理勉強しないと。


「えっと……あのな、綾音」


 瑛太の目が泳いでいる。

 どうしたんだろ?


「その……パジャマのボタン、とめてくれないか? 目のやり場に困る」 


「へっ?」


 ウチは自分の胸元に目を落とす。

 パジャマの一番上のボタンがあいていて、胸の谷間がしっかり見えている。

 なんならブラも少し見えちゃってる。


 私は2秒ぐらい、逡巡する。


「やだよ。熱いもん」


 そういってウチはパジャマの胸元を指でつまんで、パタパタと上下に引っ張った。


「お、おい」


 うわ、瑛太うろたえてる。

 ちょっと可愛い……。


「それに前、見たいって言ってたじゃん」


「は? 何の話だ?」


「ほら、ヴィチーノのユニフォームで胸のボタンが弾けちゃったときの話」


「ああ、あれは……ていうか綾音だって、顔を真っ赤にして言うことじゃないだろ」


「べ、別に赤くないし! 熱があるだけだし!」


 いや、自分でも確実に赤くなってるのがわかる……。

 多分実際、体温自体が上がっていると思う。


 ウチはそのままお粥と豆腐ステーキをいただいた。

 思ったより、お腹がすいていたみたいだ。

 スポーツドリングも、冷たくて美味しい。


 ウチが食べている間、瑛太は話し相手になってくれていた。

 瑛太の視線が、時折ウチの胸元に落ちるのがわかる。

 昔からウチは胸が大きかったから、こういう視線には敏感だ。

 それでも……瑛太の視線は、全然イヤじゃなかった。

 感じるのは羞恥心だけ……はっ! ウチって実はMっ気が強いのかな?


 自分でも驚くぐらい、あっという間に完食してしまった。

 最後にスポーツドリンクを少し飲む。


「ごちそうさまでした」

 私は手を合わせて、頭を下げた。


「お粗末さま。じゃあベッドに戻るか? 少し眠るといいぞ」


「え? う、うん」


 瑛太は立ち上がると、トレイを持ってキッチンの方へ向かった。

 そしてウチが食べ終えた食器を洗ってくれている。

 ウチはふたたび、ベッドの中に潜り込んだ。


 瑛太がお粥と豆腐ステーキを作ってくれた。

 不思議な感覚だった。

 でも……間違いなく、ウチは嬉しかった。

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