No.89:見舞い


 5月の終わりになると、最高気温が25度を超える日も出てくるようになった。

 そんな天気の中でも、油断をすると体調を崩したりすることもあるようだ。

 

 今日、綾音が大学を休んだ。

 俺たち6人のグループLimeで、「熱が出たので、休むね」とメッセージを送ってきた。


 俺も経験があるが、一人暮らしで体調を崩したときほど心細いものはない。

 綾音は女の子だし、尚更だろう。

 俺たちは見舞いがてら、何か差し入れを買っていこうという話になった。


 本当は女性陣にも来てもらいたかった。

 ところが明日菜ちゃんは、例の家でのバイトをやらないといけない日だったらしい。

 エリちゃんも、どうしてもはずせない家の用事があるとのことだ。

 海斗は西武新宿線。

 結局、俺と誠治の二人で行くことになった。


 学校の帰り、俺たち二人はJR中野駅で降りる。

 コンビニに寄って、スポーツドリンク、プリン、ゼリー、ヨーグルトを買った。


「食べ物とか、買わなくてもいいか?」


「多分大丈夫だ。綾音が何か食べられるようだったら、俺が何か作るよ」


「おお、さすが自炊経験者だな」


 まあ米ぐらいあるだろう。

 だったらお粥でも作ればいいだけだ。


 綾音のマンションのエントランスで、インターホンを押す。

 綾音の力のない声が聞こえて、ロックが解除された。


 エレベーターで部屋へ向かうと、紺色のパジャマを着た綾音がドアを開けてくれた。

 

「ありがと。入って」 


 綾音はそう言うと部屋の中へ入って、ベッドの中に潜り込んだ。

 やはりかなり辛そうだ。


「これ差し入れ。冷蔵庫の中に入れとくぞ」


「ありがと」


 誠治はコンビニで買ってきたものを、冷蔵庫の中に入れ始めた。


「綾音、熱はまだあるのか?」


「うん、38度ぐらいあったんだけど、さっき薬のんだら大分下がってきた」


「お腹すいてるか?」


「え? う、うん……熱が下がったから、ちょっと食欲でてきたかも」


「お粥で良ければ作るぞ」


「えっ? で、でも……」


「遠慮するな。食べれるか?」


「う、うん」


「わかった。ちょっと冷蔵庫見させてくれ」


 俺はキッチンへ向かった。

 冷凍室に、ラップで小分けしたご飯を発見。

 すぐにレンジに入れて解凍する。


 冷蔵室には……あまり食べ物は入ってなかったが、豆腐のパックを発見。

 これを使わせてもらおう。


 豆腐をキッチンペーパーで包んで、レンジの中へ。

 1分ほどレンジにかけて、水抜きをする。


 それから解凍したご飯を耐熱容器に入れて、水と一緒にもう一度レンジの中へ。

 これで「簡易お粥」を作る。


 豆腐を薄くスライスして小麦粉をまぶす。

 温めたフライパンに油を引いて、豆腐を焼く。

 最後にみりん、しょうゆ、塩、こしょうで味付けをすれば完成だ。

 パックに入っていた刻みネギを上から落とす。

 

 合計で10分ほどかかっただろうか。

 俺はお粥と豆腐ステーキと箸をトレイに乗せる。

 飲み物は……さっき買ったスポーツドリンクでいいか。


        ◆◆◆


 瑛太がキッチンで、お粥か何かを作ってくれている。


「大丈夫かよ、綾音?」

 誠治が心配そうに訊いてくれる。


「うん。薬飲んだら、ちょっと楽になったかも」


「そっか。じゃあ俺は帰るからな」


「へっ?」


「邪魔者は消えるぞ」


「ちょ、ちょっと、やめてよ。それこそまた熱が上がっちゃうよ」

 

 キッチンの瑛太に聞こえないように、ウチと誠治は小声でやりとりする。


「綾音がヘタレてどうすんだ。まあ頑張れ」


 誠治は悪い笑いを浮かべると、スマホを手にとって立ち上がった。

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