No.97:弥生ちゃん


 数日後のお昼休み。

 学食には、いつものメンバーが集結している。

 ただ……人数が一人増えている。

 明日菜ちゃんが女の子を一人、連れてきていた。


「同じ学部の、弥生やよいちゃんです」

「こんにちは。高崎たかさき弥生やよいっていいます」


 明日菜ちゃんが、弥生ちゃんを俺たちに紹介する。

 茶髪のショートヘア。

 やや小柄で、笑うと目元がへの字になって可愛らしい女の子だ。

 

 弥生ちゃんは、この間誠治が話していたお客さんの娘さんだった。

  

「昨日の休み時間に、弥生ちゃんが『誠治さんから聞いてるよ。大変だね』って、声をかけてくれたんです」

 

 弥生ちゃんは誠治から連絡がきた翌日、早速明日菜ちゃんに声をかけてくれたらしい。

 明日菜ちゃんの表情も言葉遣いも柔らかい。

 二人共、既にかなり仲良くなっていたようだ。

 俺たちも一人ずつ、自己紹介をした。


「誠治さんからご連絡を頂いて、ちょっとびっくりしたんですけど……実はワタシも明日菜ちゃんを見てて『いやー、大変だなぁ』って、他人事みたいに思ってたんですけどね」


 屈託のない笑顔で、弥生ちゃんは話してくれた。

 なんとなくイメージが、快活なエリちゃんに似ている。 


「で、明日菜ちゃんと一緒に話すようになったら、今度は『えっ、何? 高崎さん、南野さんと仲いいの?』って、ワタシに言ってくる男の子が増えたんですよ。それも1日でですよ。まったく現金なもんですよね」


 弥生ちゃんは苦笑する。


「それで『明日菜ちゃんは家がすっごく厳しくて、なかなか遊びには行けないらしいよ』って話を、いま男の子たちに拡散してるところなんです。でもそのあと『じゃあ代わりに高崎さん、遊びに行こうよ』って、誰も言ってくれないんですよ。おかしくないですか?」


 弥生ちゃんは自虐的に、カラカラと笑いながらそう言ってくれた。

 この子、いい子だな。

 

「弥生ちゃん、本当にありがとう。私、なんだかそういうの上手くできなくて……」


「ははっ、なんかそんな感じだよね。まあワタシの方でできることはするから。どこまでできるかは、分かんないけどね」


 弥生ちゃんは明日菜ちゃんの方を向いて明るく笑った。


「弥生ちゃん、申し訳なかった。突然連絡して、面倒くさいこと頼んじまって」


「いいんですよ、誠治さん」


「ご両親に酒でも持って行かないといけねーな」


「あ、じゃあジュースにして下さいよ。あのライチのやつ」


「あー、あの新製品な。了解、今度持ってくわ」


「やったー、ラッキー」


 弥生ちゃんは、俺たちの空気にあっという間に馴染んでいた。

 なにこの社交性というか、コミュ力というか……。

 俺もちょっと見習いたい。


 弥生ちゃんは明日菜ちゃんの隣りに座って、冷やし中華を一緒に食べている。


「いやー、でもこのグループに自分がお近づきになるとは思ってなかったですよ」

 弥生ちゃんは楽しそうに言った。


「やっぱり俺たちって、目立ってるのかな?」

 俺は興味本位で訊いてみた。


「目立つも何も……先輩方このグループ、まわりから何て呼ばれているのかご存知ないんですか?」


「ご存じないな」

 誠治が答える。


「『アイドルサークル』とか『芸能サークル』とか呼ばれてるんですよ。それで『一人グラビア担当もいる』って」


「だ、誰がグラビア担当よ!」


「綾音先輩、やっぱ自覚あるんスね」

 海斗が綾音にツッコむ。


「ですから隙あらばお近づきになりたいっていう男子が、うじゃうじゃいるってことです」


「やっぱりそうなんだね」

 俺は彼女たちの美貌の客観性を再認識した。


「だから……ワタシがここに入ると『ブス目立ち』して困っちゃいます。いや、ワタシだって普通のレベルのはずなんですよ? 自分でも言うのもなんなんですけど。やっぱ相対評価って怖いですよね」


 弥生ちゃんはニコニコ笑いながらそう話す。

 でも……この子、俺個人としては本当に好感度が高い。


「そんなことないって。弥生ちゃん、十分ついて行けてるよ。ちょっとこの3人が異常なだけだから」


「はいはい。松倉君、フォローありがとね」


 海斗のフォローを、サラッと受け流す弥生ちゃんだった。


「弥生ちゃん、よかったら時々顔だしてよ。一緒にお昼でも食べよう」


「はい。でもいつも一緒にお昼食べてる友達もいるんで……時々お邪魔させてもらいますね」


「ああ、いつでも歓迎だよ」


 誠治のお誘いに、最後まで笑顔の弥生ちゃんだった。


        ◆◆◆


 それから数日過ぎた。

 明日菜ちゃんの一件は、とりあえず落ち着いてきているらしい。

 声をかけてくる男子が随分減ったとのことだった。


 話によると、弥生ちゃんが随分盾になってくれているらしい。

 男子たちも「家が厳しいなら仕方ない」という雰囲気になってきているという。

 

「でもタイミングが本当に良かったみたいだ」


 誠治が口を開いた。

 午後の学食は、俺と誠治と綾音の3人だけ。

 1年生3人は授業中だ。


「明日菜ちゃんな、一部で変な陰口を言ってくるヤツらもいたみたいなんだよ」


「変な陰口?」

 俺は訝しげに訊いた。


「ああ。塩対応だの、調子に乗ってるだの。要はやっかみだ」


「うわー、最悪」

 綾音が顔をしかめる。


「弥生ちゃんから教えてもらったんだけどな。相手にしてもらえない男どもが、ごちゃごちゃと言い始めたみたいなんだな。ところがそれに乗っかる女子も出てきたりしてたみたいだ」


「女の子までもか?」

 今度は俺がしかめっ面になる。


「ああ。そもそも周りには附属から上がってきた女の子も当然いるらしいんだけど、その子たちもあんまり味方になってくれてないみたいなんだよ。まあそれも嫉妬というわけだ」


「なんだか醜いわね」


「そういう経験はあるのか? グラビア担当」


「だから誰がよ!」

 誠治の言葉に、綾音は異論を唱える。


「まあ明日菜ちゃんぐらいのレベルになると、大変かもしれないわね。昔はウチも多少はあったけど、そもそもそんなに気にするタイプじゃないしね」


「その図太さを、明日菜ちゃんも見習ってくれるといいかもな」

 俺が綾音の話を拾う。

 

「誰が図太いのよ……まあ、否定もできないけどね」

 綾音は小さくため息をついた。


「ま、とりあえずこれで様子見だな」


 誠治は締めくくると、湯呑からお茶を一口飲んだ。

 大学はこれから前期試験・夏休みに入っていく。

 これで落ち着いてくれるといいが……。

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