No.96:ちょっと面倒くさいこと
7月に入ると梅雨も終わり、今年も東京の夏が始まった。
とにかく毎日暑い。
35度近くになる日も出てきている。
エアコンの使い過ぎで、電気代が心配だ。
「最近、ちょっと面倒くさいことがありまして……」
日曜日のお昼時間、明日菜ちゃんは今日もスコーンをたくさん焼いて持ってきてくれた。
しかし明日菜ちゃんはお好み焼きを食べながらも、その表情には元気がない。
「なにかあったの?」
「えっと……まあお話するほどのことでもないんですけど」
実は最近、明日菜ちゃんにちょっかいをかけてくる男子が増えてきて困っているらしい。
同じ学部のみならず、違う学部や違う学年からもいろいろと声がかかるとのことだ。
皆で一緒に食事に行こう、遊びに行こう、飲みに行こう等々。
明日菜ちゃんは基本的に、そういうのは全部断っているらしい。
ただ同じ学部の同性の友達とは、たまにカフェに行ったりしている。
それはそれで良かったのだが……この間一緒にカフェに行ったら、そこで男の子たちが待ち受けていたという。
その友達が男の子たちにどうしてもと頼まれた……ということなのだが。
「高校の時も、少しそういうことがあったんですけどね。でもエリが盾になってくれて……上手いことあしらってくれてたんですけど」
「そうだったんだね。今はエリちゃん、違う学部だもんなぁ」
「そうなんですよ。それに……学食でいつも私たち6人、固まってるじゃないですか。『あれ、何のサークルなの? 入りたいんだけど』とか、よく訊かれるんです」
「そっか……誠治の言った通りになったな」
たしかに明日菜ちゃん、綾音、エリちゃんの3人は、学食にいるだけで目立っている。
実は俺も同じ学部の友達に『サークルなの?』と聞かれたことがあった。
もし公式サークルにしていたら、本当にとんでもない数の男連中が集まって来ただろう。
「だから大学では学食で6人で固まっている時が、一番安心できるんですね。まあそんなことではダメなんでしょうけど」
「わかった。ちょっと皆にもそれとなく相談してみるよ」
「すみません。そんなに大ごとにしたくないんですけど……ほら、以前スカウトの人に追っかけられた話をしましたよね。あんな事がまた起こったらって」
「そりゃそうだよね。でももし本当に危ない目にあいそうだったら、絶対に言ってほしい。何か起こったときには、手遅れだからね」
「はい。でもそこまでストーカー被害とかまでは、いかないと思いますから。あんまり心配しないで下さいね」
そう言って明日菜ちゃんは、残りのお好み焼きを食べ始めた。
あまり食が進んでないように見えた。
◆◆◆
その日の夜は、ヴィチーノのシフトが入っていた。
誠治も綾音も、同じ時間帯だ。
ちょうどいい。俺は二人に声をかけて、相談に乗ってもらうことにした。
吉祥寺駅近くのサンマルコカフェに3人で集合する。
「そうだったの? もう、しつこい男とか本当にウザいからね。ウチがいたら、はっきり言ってやるんだけど!」
綾音がアイスコーヒー片手に怒っている。
やはり妹分にまとわりつく輩は許せないようだ。
「まああれだけ目立ってるからな……風よけというか緩衝材というか、誰か上手くさばいてくれるような友達がいればいいんだけどな」
「ああ、実はエリちゃんが高校のときはその役をやってくれてたみたいなんだよ。でも今は学部も違うだろ?」
「なるほどな……オレ、政経の1年に知り合いの女の子がいるから、ちょっと様子を訊いてみるわ」
「え? だれだれ? 誠治の手つけちゃった子?」
「お前な……マジでオレへの認識を改めろよ。お客さんの娘さんだ」
「お客さんて……酒屋のお客さん?」
「ああそうだ。昔からのお得意さんでな。春休みに親父の代わりに配達にいったら、『誠治くん、明青大だったわよね? うちの娘も4月からそうなのよ』って言われてな。たまたま本人がいたから、連絡先を交換しといた」
「そういうこともあるんだな」
「まあでも、あまり期待しないでくれよ。あとは政経の建物って法学部の手前だから、移動する時に一緒に行ってやるとか? それでも限度があるわな」
「なんかさ、明日菜ちゃんああいう子だから、上手くあしらえないんだろうね。真面目というかなんというかさ。その点、エリちゃんは上手そうだけど……」
たしかに明日菜ちゃんの性格からすると、のらりくらりとかわすとか、できないだろうと思う。
ただそれが全く出来ないと、これから明日菜ちゃん自身も困るだろう。
少しずつ社会勉強は必要かもしれない。
いずれにしても、注意しながらもう少し様子を見てみよう。
そんなところで、俺たちの話は落ち着いた。
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