No.95:眼福
「ねえ海斗君。そのバッグの中、見てもいい?」
「どうぞ、綾音先輩。遊び道具が入ってるッス」
海斗のトートバッグの中には、バドミントン、サッカーボール、それにフリスビーが入っていた。
「あ、バドミントンがあるね。ねえねえ、誰かやろうよ」
「はい! エリ、やりたいです」
バーベキューエリアの隣の広場で、綾音とエリちゃんがバドミントンを始めた。
エリちゃんが「行きますよ!」と言いながら、シャトルをバシッと上に上げる。
綾音がそれをきれいなフォームで打ち返した。
この二人、運動神経がいいな。
風もないので、二人のラリーがしばらく続いた。
残りの4人が、そのラリーを見ていた。
いや、実際見ていたのはラリーではなかった。
タイト気味のポロシャツを着ていた綾音。
その胸の動きがすごかった。
右に左に上に下に。
綾音が動くたびに、その胸も縦横無尽に動く。
もう……ゆっさゆっさだった。
「眼福だな」
「眼福ッス」
「す、すごいです……」
「……」
明日菜ちゃんまで感心している。
「瑛太? なぜ反応が薄い?」
「反応薄いッスよ」
「反応薄いです」
「明日菜ちゃんまで?」
皆、何を言わせたいんだ?
まあ……実際、男なら目を奪われる。
俺は綾音の部屋で、お粥を作ったときのことを思い出した。
「こ、今度は私がやります! 瑛太さん、見てて下さいよ!」
明日菜ちゃんが綾音と交代した。
エリちゃんが打ったシャトルを、タイミングよく……
スカッ! 空振りだった。
「あ、あれ?」
明日菜ちゃんは落ちたシャトルを拾って、それを打ち返そうとする。
スカッ! 空振りだった。
「お、おかしいです」
シャトルを拾って打とうとして、また空振り……。
明日菜ちゃん、実は運動音痴だった。
「ううっ……当たらないです……」
涙目の明日菜ちゃんは、誠治と代わった。
さすがは誠治、エリちゃんと力強いラリーがしばらく続いた。
「見せ場がつくれませんでした」
明日菜ちゃんは、しょげている。
「綾音さんばっかり、ずるいです」
「明日菜ちゃん、人には得手不得手があるからね」
俺は一応なぐさめの言葉をかける。
「私も見てほしかったです!」
「だから何を?」
まったく何を張り合っているのやら……。
「なになに? どうしたの?」
綾音が話に入ってくる。
「瑛太さん、綾音さんの胸をガン見してたんですよ」
「ちょ、ちょっと明日菜ちゃん」
「え? あーそういう事。どうせ男3人して、見てたんでしょ?」
「はい。私も見てました」
「明日菜ちゃんまで? まあ別に……今日はこんなタイトなポロシャツだから、しょうがないよね」
事もなげに、綾音はサラッとそう言った。
「あ、綾音さんは、その……男の人のそういう視線とか、気にならないんですか?」
「え? ああ、嫌なときも多いけど、このメンバーだったら絶対に変なことにならないでしょ? だからあんまり気になんないかな」
「おおっ、綾音さん太っ腹ッス」
「太っ腹っていうのは、意味が違うでしょ?」
綾音は屈託なく笑った。
それから俺たちは、フリスビーをしたりサッカーをしたりして楽しんだ。
小学生の頃に戻ったような感覚だった。
夢中で遊んで、夢中で笑った。
こんな時間がいつまでも続いてほしいと思った。
◆◆◆
キャンプ場からの帰りの車内。
俺は行きと同じ、助手席に座っている。
後部座席の綾音は静かだなと思ったら、窓側に頭を預けて眠っていた。
バドミントンだけでなく、フリスビーやサッカーでもはしゃぎまわっていた。
よっぽど疲れたんだろう。
エリちゃんも運動神経がよかった。
運動部にも入っていないのに、サッカーのドリブルとかサマになっていた。
苦戦していたのが明日菜ちゃんだ。
フリスビーを投げても何度か投げる方向の90度右へ飛んでいったり、地面に叩きつけたり。
サッカーボールを蹴る時にリアルで空振りする人を、俺は芸人以外で初めて見たかもしれない。
それでも本人は真剣にやっているので、余計に可笑しくて微笑ましかった。
「誠治、運転ありがとな。眠くないか?」
「ぜーんぜん。そんなに遠くないし、運転は配達で慣れてるよ」
「俺が運転してたら、眠くなりそうだ」
「大丈夫だろ? それより事故にだけは気をつけないとな。自分の運転で仲間がケガとか、そんな悲惨な事にはなりたくねーからな」
それは……考えただけでもぞっとする。
確かに誠治の運転は、穏やかで上手いと思う。
「明日菜ちゃん、可愛いよな。最近どうよ? 何か進展あった?」
「……特にないぞ。まあ相変わらずだ」
そう言いつつ、俺はまだ週末にお好み焼きを一緒に食べていることは皆に話していない。
「そうか……でも、綾音も可愛いよな」
「綾音? ああ、普通に可愛いよな」
一瞬俺の頭に、綾音が熱を出したときのことがよぎった。
「そういうこっちゃねーんだけどな」
誠治は苦笑する。
「そんなこと言ったら、エリちゃんだって可愛いだろ?」
「ん? はは、そうだな。確かにそうだ」
「何なんだよ」
誠治の話が要領を得ない。
「まあでも、いつまでもこんな感じってわけにはいかないかもだぞ」
「……そうか? 俺はこの感じが、ずっと続いてほしいって思うけどな」
「どうだろうな。まあ確かに自然にそうなるときはそうなるか」
「……そうなった時に、考えるしかないだろ?」
「ははっ、ちげえねえ」
それから誠治は話題を変え、アジア料理の話をし始めた。
どうやら俺が持っていったピーナッツソースが気に入ったみたいだ。
最近パッタイにハマっているとか、絶対旅行に行きたいとか。
俺も行きたいけど、資金的に運転免許が先だとか。
話題は尽きなかった。
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