No.84:バイト終わりに
4月16日、時刻は夜の9時半過ぎ。
ヴィチーノでバイトを終えた俺たち3人は、裏口から外に出た。
「綾音、少しは慣れたか?」
「少しはね。あーでも、本当に今日は疲れた」
「団体客が入ってたからな。オレも今日はしんどかったわ」
いつもなら3人共このまま帰宅するのだが、今日は違った。
3人で吉祥寺駅方向へ少し移動して、大通りから1本中へ入る。
『マレーシア料理 カマール・マカン』
看板にそう書いてあるお店に入り、適当に注文する。
最初に出てきたソフトドリンクで、俺たちは乾杯した。
「綾音、誕生日おめでとう」
「おめでとさん」
「ありがと」
今日4月16日は、綾音の二十歳の誕生日。
俺たちは「プレゼント何がいい?」と聞いたところ、「ごはん奢って」というのが綾音の希望だった。
なので今日はヴィチーノでまかないを食べず、遅めの夕食を一緒にとることにした。
この店は誠治のお気に入りで、俺も何度か連れられて来たことがある。
俺も誠治もアジア料理が好きで、この店は安くて美味い。
それに夜遅い時間まで営業している。
綾音もスパイシー料理が好きなので、ちょうどよかった。
「ビールのほうが、よかったか?」
「冗談でしょ。誠治に何されるかわかんないし」
「だから俺はそういうことはしないって。多分」
「多分なんだな」
酔った綾音って、どんな風なんだろう。
多分めちゃめちゃ色っぽかったりするんだろうな……。
俺は少し妄想する。
「やっぱりバイトって、大変だね。二人に迷惑かけて、申し訳ないよ」
綾音が珍しく殊勝なことを口にする。
「気にすることはないぞ。人生初めてのバイトなんだろ? よくやってるよ」
俺はそう
確かに最初はミス連発だったが、少しずつ慣れてきている。
金持ちのお嬢さんなので少し心配していたが、一生懸命働いている。
それにお客さんからの評判も良く、綾音が対応した男性客は目がハートになっているケースが多い。
美人は得だな。
「でもさ、あのユニフォームなんとかならないかな」
綾音は胸の部分がパッツンパッツンのユニフォームが不満のようだ。
「ああ、あれな。多分オーナーは、新しいユニフォーム用意する気ないぞ」
誠治が綾音の不満を拾う。
「なんでよ。あれ動きにくくて、仕方ないんだけど」
「さあ。売上が落ちるからじゃないか?」
「どんな理由よ、もう……まあ見られるぐらいならいいけどさ。減るもんじゃないし」
「いいのかよ」
「でも困るんだよね。この間もさ、胸のボタン弾け飛んで大変だったんだ」
「まじでか」
これには俺も反応した。
「そうそう。ちょうど着替え用のシャツがロッカーに入ってたからよかったんだけど……なになに? 瑛太、見たかった?」
「そりゃ見たくない男はいないだろ?」
「へっ? そ、そうなの?……」
綾音が下を向いて、モジモジする。
その横で、誠治が小さく嘆息する。
「でも最近人数も増えて、なんだか賑やかになったな」
俺は強制的に話題転換を図る。
「確かにな。皆いいヤツらばっかだし」
「そうそう。3人共さぁ、なんか可愛くて」
これは俺も意外だったのだが、綾音はあの1年生トリオをとても可愛がっているのだ。
とくに明日菜ちゃんやエリちゃんに対して、選択科目をアドバイスしたり構内施設を一緒に回ったりして、とても甲斐甲斐しい。
そしてその二人も綾音に対して少し甘えるところを見せたりして、とても微笑ましいのだ。
金持ち令嬢である綾音の、新しい一面を垣間見た気がした。
とはいっても3人共全員、金持ち令嬢ではあるが。
喋っているあいだに、3人分の食べ物が出てきた。
ナシゴレン、ミーゴレン、ナシチャンプール、シェア用の焼き鳥サテアヤムだ。
俺たちは早速食べ始める。
あまり遅い時間に綾音を帰すのはよくないだろうし。
「あ、おいしい。辛さもちょうどいいね」
「そうか。気に入ってもらえてよかった。オレと瑛太は、ちょくちょく来てる」
「そうだな。値段も手頃だし」
「でもオレ、いつかは旅行してみたいんだよなー、東南アジア。タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアとか、あのあたり」
「ああ、俺も行ってみたい。金さえあればな」
以前からアジア好きの誠治の影響か、俺も最近はアジア方面、特にアジア料理に興味が出てきた。
あまり外食はしないが、最近スーパーでも手軽にアジア料理用のスパイスが売られている。
ガパオライスの素とかナシゴレンの素とか、それ以外にもスパイス系調味料が俺のキッチンに少しずつ増えつつあるのだ。
誠治の言う通り、俺も機会があれば是非旅行に行ってみたい。
食べ歩きだけでも、楽しそうだ。
「あー食べ物は美味しそうだけどさ。行くとなると危なくない?」
「それは場所によるみたいだ。まあ東京より安全なところはきっと少ないだろうな」
俺はネットで集めた情報から、薄っぺらく答えた。
「とはいっても、まずは明青フリーウォークサークルの最初のイベントをやらないとな」
「その名前、決定なんだね」
「まあ代表が言うんだから、それでいいぞ」
「え? 俺が代表なの?」
「他に誰がいるのよ」
「そうか……まあやるけど」
5月か6月あたりに、なにかやりたいなぁ……誠治のそんな呟きが聞こえた。
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