No.79:健気だと思わないかね?


 実家での一週間は、あっという間に過ぎ去った。

 美桜たちと食事に行った以外にも、どこから嗅ぎつけたのか俺の帰省を知って連絡をくれた友達と会ったりもした。

 実家では上げ膳据え膳で、絶対に体重が増えているだろうな……。


 明日菜ちゃんからは「仮免が取れました!」と連絡があった。

 うまく行けば、3月中に免許が取れるらしい。


 俺は土曜日の長距離バスで、東京へ戻った。

 翌日の日曜日は、残念ながら明日菜ちゃんとのお好み焼きは中止。

 ヴィチーノから、昼と夜のシフト両方にどうしても入ってほしいと言われてしまった。

 グループの予約が入っていることと、実は土曜日から綾音がシフトに入っているらしい。

 その教育係も必要とのことだった。


 翌日のランチタイム。

 目の前にはユニフォーム姿の綾音がいた。


「瑛太、久しぶり。長野どうだった?」


「まあまあだな。綾音も免許取ったのか?」


「うん、なんとかね」


 そんな会話を交わしながらも、俺は気もそぞろだった。

 ユニフォーム姿の綾音は輝いていた。

 髪の毛を纏めてうなじを見せ、耳の横から流れるライトブラウンの後れ毛は……なんというか、色っぽかった。

 元々の美人顔が、更に強調されてしまう。


「どうよどうよ。綾音のユニフォーム姿、イカすだろ?」


「なんで誠治が自慢げなんだ?」


「昨日もさ、男性客の目が釘付けだったぞ。主にその胸にだが」


「誠治、本当に好きだよね……」


「でも綾音、似合ってるぞ。これから男性客が増えるだろうな」


「そ、そう? ありがと……」

 綾音は頬を少し染めて、可愛らしく俯いた。


「ああ、オレも似合ってると思うぜ」


「変態!」


「この差は何?」


 ワイワイと言っている間に、開店の時間となった。

 実は……俺も綾音のユニフォーム姿を直視出来なかった。

 その豊満な胸の部分が、パッツンパッツンなのだ。

 

 ヴィチーノのユニフォームはシングルコックシャツなのだが、綾音の場合胸の部分でボタンとボタンの間が浮き上がってしまっている。

 中にTシャツを着ているようだが、もし着てなかったら下着が確実に見えてしまうだろう。

 一つ上のサイズの方が……いや、それだと他の部分がブカブカになるのか。

 なんとも目のやり場に困る。


 ランチのお客さんが、次から次へと入ってくる。

 俺と誠治は通常業務をこなしながら、綾音にいろいろと教え込む。

 教えながら、なんとなく気づいたことがある。

 綾音は……ちょっと要領が悪いと言うか、明らかにバイト慣れしていない。


 注文を間違える、ドリンクの食中食後・ドレッシングの種類などの聞き忘れ、違うテーブルに料理を運ぶ等、一通りのミスを披露してくれた。食器類やトレイの持ち方もおぼつかない。おまけに力が無いので、いっぺんに多くの料理や食器が運べない。


 俺も最初、あんな風だったかな? と思ったが、もう少しは出来たはずだ。

 でもよく考えれば、それはやはり経験から来ていることに気がついた。

 俺は高校の時、夏休みと冬休みの期間に母親が働いている道の駅併設のレストランで、ホールのバイトをしていた経験がある。

 そのおかげでホールでの基本的な動き、動線、目の配り方等が、自然に身についていたようだ。


「誠治。綾音ってこれまでバイトの経験あるのか?」 

 俺は綾音が客の注文を聞いているときに、こっそり誠治に訊いた。


「ない。これまでバイトしたことなんて、全くなかったそうだ。まあ……箸より重たいものを持ったことがないタイプなんじゃないか」


「なるほど……それなら納得だ」


 でもだとしたら、なんで今更なのか。

 まあお金はあるに越したことはないけどな。

 社会経験にもなるし。


「でもよく採用されたな。ここは基本的に全くの未経験って雇わないと思ってたけど」


 俺も誠治も高校のときにホール経験があったし、誠治に至っては実家の酒屋を手伝っている。

 実際接客をそつなくこなせるのは、誠治の方だ。


「ああ、俺からオーナーにこっそり頼んだんだよ。オレと瑛太がしっかりフォローしますからって。それにあのルックスだろ? 実際、面接したら即採用だったわ」


 なんというか……美人とイケメンは得って話か。

 世の中いろいろと不公平だ。 


「まあ働く意義というのは、お金のためだけじゃないこともある、という事だよ。健気けなげだと思わないかね? 仲代くん」


「誰?」


 誠治は口調を変えてそう言うと、俺の肩をポンと叩いた。

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