No.77:実家にて


 俺は車を降りて、玄関のスライドドアをガラガラと開ける。


「ただいま」


「はーい、おかえり」


 奥から母親、仲代さちが出迎えてくれた。


「バスで帰ってきたの? 疲れたでしょ」


「そうでもない。まあ金もないし」


「お腹すいてる?」


「ちょっと」


「じゃあ、お蕎麦茹でるわね」


 玄関から母親と一緒に、奥のリビングへ入っていく。


「おーー瑛太、久しぶりだな」


「父さん、ただいま」


 テーブルで雑誌を読んでいた俺の父親、仲代聡太そうたが顔を上げた。

 50歳を超え、地方銀行の長野市内の支店長を務めているらしい。

 毎日帰りが遅いと、母親がぼやいていた。


「大学はどうだ?」


「先月試験が終わったよ。単位も落としてないから大丈夫だ」


「そうか。なんとか4年で卒業してくれよ」


「それは大丈夫」


 アパートの家賃をサポートしてもらっているので、さすがに留年は許されない。

 近況報告をしていると、母親が蕎麦が入ったどんぶりを二つ運んできた。

 どうやら兄も食べるらしい。


 母親はここから車で15分くらい離れた道の駅で、パートとして働いている。

 そこで売っている戸隠とがくし蕎麦そばが、とても美味いのだ。

 母親はいつもその蕎麦を買ってきて、家で作ってくれていた。

 俺は今だに東京で、実家の蕎麦よりも美味い蕎麦を食べたことがない。

 まあただ単に、東京で高級な蕎麦屋に行ったことがないというだけのことだが……。


「ところでさ、8月の夏休みに友達を連れてきたいんだけど、いいかな? 結構な大人数になる」


 テーブルに4人揃ったところで、蕎麦を食べながら家族会議だ。


「いいわよ。どうせ2階空いてるし」


「お、女子大生も来たりするのか?」

 兄が色めき立つ。


「ああ、まあ……。多分、俺を含めて5-6人かな」


「へぇー、女の子もいるのね。美桜ちゃん以来じゃない?」


 母親が痛いところを突いてくる。

 美桜は家に、2-3回遊びに来たことがある。

「すっごい可愛い子じゃないの!」と、なぜか母親が興奮していたのを覚えている。


「その美桜なんだけど、東京の大学に進学してた。たまに会ったりしてる」

 別に隠すことでもないからな。


「おーー、復縁とかあるのか? 青春してんな」

 

「ないよ。ただの友達だ」


 何で兄まで皆と同じようなリアクションなんだ?

 俺は付け合せの野沢菜をポリポリとかじる。

 久しぶりに食べると、塩気が強く感じた。


「そうそう父さん、ちょっと相談なんだけど……」


 俺は車の免許のことについて話した。

 別に早く取る必要はないが、在学中には免許を取りたい。

 まとまった資金が必要なので、その時は多少でいいから援助してほしい。

 俺は父親に、そう頼んでみた。


「おーー、いいぞ。早く取りなさい。いずれ必要なものだから、早く取った方がいい。それぐらいだったら、父さん出してやるから」


 気前のいい返事をもらった。

 よし、これで目処は立った。

 あとはタイミングだな。

 バイトもあるし……ちょっと具体的に考えないと。


 久しぶりの家族団欒は続いた。

 兄はどうやら彼女はいないらしい。

 しかしバレンタインデーはチョコを7個もらったらしく、『俺モテる』アピールがウザかった。


 夜はすき焼きだからね、という母親の声を聞きながら、俺は荷物を持って2階に上がった。

 自分の部屋は、まだそのままにしてくれている。


 この家は4人家族には、無駄に広い。

 俺の祖父が昔この地域の議員をやっていたらしく、その時に建てられた家だ。

 もちろん老朽化に伴ってリノベーションもしているので、築年数にしては内装は新しく感じる。


 宴会ができるような大広間があるし、お客さんを泊められるように2階には寝室が4部屋とトイレにシャワーも備えてある。

 そのうち2部屋を俺と兄とで一つずつ使っているわけだが、それでも2部屋は空いている。

 母親が、掃除が大変とボヤくわけである。


 2階の自分の部屋で寛いでいると、スマホが振動した。

 誠治と綾音とのグループLime。


 綾音:あのさ、ヴィチーノでバイトできないかなって思ってるんだけど……どうかな?


 綾音がヴィチーノでバイト?

 金銭的に特に苦労していないはずだと思っていたが……。

 どういう風の吹き回しだ?


 誠治:いーんじゃね? 詩織さんも辞めちゃったし、オレちょっと訊いてみるわ。

 綾音:ありがと。

 瑛太:どういう心境の変化だ?

 綾音:いや、特に……私も何かバイトしたくなったっていうか、そんな感じ?

 誠治:綾音、戻ってきたら瑛太ブン殴っていいぞ。

 瑛太:なんでだよ?


 よく分からんが……でもまあ、いつもの3人でバイトできるというのは想像してみると楽しいかもしれない。

 最初の教育係は、当然俺と誠治になるんだろうな……それはそれで大変かも。

 俺はそんな事を考えていた。

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