No.76:帰省


 先日の後期試験、俺と綾音は追試を免れた。

 誠治は1教科、追試になったらしい。

 まあ追試で単位が拾えれば、ラッキーだ。


 俺は2月中盤から1ヶ月、バイト中心の生活になった。

 とりあえずは自動車教習所の費用。

 それに春になれば、また皆で遊びに行く予定も増えるだろう。

 明日菜ちゃんもエリちゃんも、大学生になるわけだからな。


 俺は連日ヴィチーノで、ランチと夜の両方にシフトを組んでもらった。

 明日菜ちゃんや綾音、美桜とはたまにLimeで連絡を取っていた。

 誠治とは、よくシフトがカブる。

 それでも、明日菜ちゃんとの日曜日のお好み焼きタイムは続いていた。

 知らず知らずのうちにその時間は、俺の癒やしタイムになりつつあった。


 3月に入ると、東京は少し寒さが和らいだ。

 部屋で寛いでいると、スマホが振動した。


 美桜:こんばんは。今長野に帰ってます。瑛太君はまだ東京? 帰ってくる予定はあるのかな? 来週恵子と吉川くんも帰って来るらしいので、都合が合えば一緒に食事でもどうかと思って。


 やっぱり皆同じぐらいの時期に帰省するんだな。

 ちょうど俺も、来週帰省しようと思っていたところだ。


 瑛太:俺も来週帰ります。また改めて予定を決めさせてもらえると助かる。

 美桜:了解です。また詳細を知らせてね。


 帰省して、昔の仲間と食事をする。

 それに美桜も一緒だ。

 久しぶりのイベントを、俺は楽しみにしていた。


        ◆◆◆

 

 翌週の土曜日、俺は新宿バスタに来ていた。

 10時半発の長野行き高速バスに乗るためだ。


 東京駅まで出て新幹線に乗れば、1時間半で着く。

 バスに乗ると、4時間半。

 3倍の時間がかかる。


 しかし新幹線片道分の代金で、バス往復代金にお釣りがくる。

 暇があって金が無い大学生が選ぶ方は、明白だった。


 予定では15時ちょうどにJR長野駅に到着する。

 親に連絡をしたところ、兄が迎えにきてくれるらしい。


 4時間半のバス旅は長い。

 俺はスマホを見る以外は、バスの中で寝て過ごした。

 バイトが集中していたので、思ったより体が疲れていたようだ。


 15時から5分遅れて、バスは長野駅東口に到着した。

 俺はバスを降りて、運転手さんが出してくれたキャリーケースを受け取った。

 やはり東京より、空気が冷たい。

 俺は大きく伸びをする。

 そのまま周りを見渡すと、近くに見覚えのある軽自動車がハザードランプをつけて止まっていた。


 俺が近寄ると、助手席側の窓が開いた。


「おう、おかえり瑛太」

「ただいま」


 短い言葉を交わして、俺は車に乗り込む。

 運転手は俺の5歳年上の兄、仲代孝太郎こうたろう

 車はスムーズに走り出した。


「バスだと、どれぐらい時間がかかるんだ?」


「4時間半だよ」


「それはキツイな」


「そうでもない。寝てたからな」


 長野駅から俺の実家までは、車で30分ぐらいかかる。

 

「今年の冬は、そんなに寒くなかったのか? 全然雪が残ってないような気がするけど」


「ああ、今年は暖冬だな。農作物に影響がでないといいけど」


 兄の孝太郎は地元の国立信州総合大学を出て、地元の農協で働いている。

 4月から社会人3年目だ。

 高校・大学とラグビー部で、もうそれはかなりの脳筋系だ。

 高校の時にボーリングの玉を『ウインドミル投法』で投げられないか、真剣に考えていたことがあった。


「兄さん、仕事はどう?」


「結構忙しいぞ。農作物の売上が順調でな。いま品種改良した新商品を、いくつか東京方面にも売り込んでる」


 兄は農産物の販売の仕事をしている。

 農家から仕入れた農産物を、関東・中京・関西圏に出荷する。

 新しい品種ができれば、それを売り込みに大手スーパーなどに売り込みに行かないといけないらしい。


「東京はどうだ?」


「ん? まあまあかな」


「楽しんでるか?」


「ああ。ここのところはバイトで忙しかったけど、まあまあ楽しんでるよ」


 車でしばらく走ると、だんだん建物の数が少なくなっていく。

 代わりに田畑や山の緑、残雪が目につくようなエリアに入る。

 しばらくして大通りから1本入ると、見慣れた一軒家が見えてきた。


 敷地内に入り、玄関前のスペースで車は止まった。

 見慣れた軽自動車が、もう二台止まっている。

 ということは、父さんも母さんもいるんだな……。

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