No.74:バレンタインデー
バレンタインデーの直前から、バイトが忙しくなった。
詩織さんの話では、既に予約がかなり入っているらしい。
確認させてもらったが、14日の7時から徳永の名前で3人予約が入っていた。
詩織さんには、この予約が友達であることを伝えておいた。
明日菜ちゃんからもLimeが来た。
明日菜:お仕事お疲れさまです。バレンタインデー当日はお忙しいと思いますので、週末の日曜日にチョコレート持ってきますね。楽しみにしてて下さい♡。
多分明日菜ちゃんのことだから、手作りなんだろうな……。
心待ちにしている自分がいた。
そして2月14日。
時間通りに美桜達はやってきた。
「こんばんは、瑛太君」
「仲代、久しぶり」
「仲代くん、こんばんは」
店の入口から入ってきた3人を、俺が対応した。
おっとりしていて人当たりが良く、クラス委員長としてクラスをまとめていた。
一方で、頭の回転がとにかく早かった覚えがある。
クリっとした目元の小動物系といった感じた。
この二人が東京へ出てきて、付き合っている……。
めぐり合わせとは、本当に面白い。
「いらっしゃい。お待ちしてました。二人共久しぶり」
「仲代、なんかカッコいいね。ユニフォームとエプロンのせいかな?」
「仲代くん、美桜からいろいろ聞いてるよ。早く復縁すればいいのに」
「ちょ、ちょっと恵子」
「はは、とりあえずご案内します」
俺は3人を予約席へ案内する。
詩織さんには、このテーブルは俺が担当させてもらうように頼んでおいた。
そうすればテーブルへ行った時に、少し話もできるだろう。
メニューとお冷を人数分運ぶ。
メニューを見ながら、吉川が話しかけてきた。
「仲代、西荻窪に住んでるんだってね。僕は中野に住んでるんだよ」
「え、そうなのか? わりと近いな」
「そうだね。中野から大学まで地下鉄東西線で1本だから、便利なんだ」
ただし中野駅からは10分以上歩くし、アパートも古くて狭いらしい。
まあそれは仕方ないだろう。
綾音みたいなケースが稀なだけだ。
俺のオススメに従って、彼らはオーダーを入れた。
パスタが2種類にシーフードグラタン、サラダとピザが1枚だ。
ワンドリンクはサービスするからと伝えると、 3人とも喜んでくれた。
厨房に戻って、オーダーを伝える。
すると様子を見ていた誠治が寄ってきた。
「お、美桜ちゃんだっけか? 元カノさんと……あとの二人はカップルなのか?」
誠治には、美桜と高校の時の友達二人が来ることは伝えてある。
「そうだ。彼女が須田塾で、彼氏の方は早慶大だよ」
「おー、秀才同士のカップルだな」
「へぇー、あの子が瑛太君の元カノさんなんだね」
立ち聞きしていた詩織さんが、話に加わってきた。
「綺麗な子だねぇ。復縁すればいいのに」
「詩織さんまで……ただの友達ですよ」
「ただの、ねぇ……」
誠治が混ぜっ返す
「なんだか楽しそうだね。また何か化学反応が起これば面白いのに」
「詩織さん、完全に他人事ですよね」
「そりゃそうだよ。他人の化学反応を見るのは一番おもしろいからね」
「趣味悪いですよ」
「ははは、でももうすぐここのバイトも終わりだからね。寂しい限りだよ」
「ああ……そういえばそうでしたね」
4月から大手商社への就職が決まっている詩織さんは、今月いっぱいで店を辞める。
来月は卒業旅行へ行くらしい。
「まああと少しだけど……最後までよろしくね」
「こちらこそです」「よろしくっす」
俺たちはまた厨房から調理を運び始めた。
俺は美桜たちのテーブルに料理を運んだ時に、少しだけ言葉を交わした。
星野と吉川は、たまに吉祥寺でデートをするらしい。
あとはお互いのアパートに行き来するぐらいで、新宿とか都心にはあまり出ないらしい。
「仲代、今度さ、4人で食事でもしないか?」
「うんうん、そうしようよ。仲代くん、どこかいいところ知らない? あ、でもここでもいいよね」
吉川と星野が盛り上がっている。
「ああ、是非そうしよう。俺はあまり外食をしないから、他にいいところとかわからないぞ。でもここで良ければ、俺がオフの日に参加できるし」
「じゃあ瑛太君も含めて、私がLimeグループ作るよ。それで予定を決めよう」
美桜がまとめてくれるようだ。
「ああ、徳永さん助かるよ。僕も恵ちゃんも、仲代のLime知らないから」
「美桜、ありがとう」
長野の高校の同級生4人が、吉祥寺のイタリアンレストランに集合している。
そして次回の食事の計画を立てている。
俺はなにか感慨深いものを感じた。
彼らの食事も、殆ど終わりに近づいた。
デザートの注文も特になかった。
勧めようかとも思ったが、ここのデザート類は安くない。
だから敢えてお勧めしなかった。
お冷を入れに、テーブルへ向かった時。
「ねえ、瑛太君」
美桜が小声で俺を呼んだ。
「あ、あのね、チョコ渡したいんだけど……今じゃマズイよね?」
向かい側の星野が「ヒューゥ」と冷やかしてくる。
「え? ああ……」
そうだった。
今日がバレンタインデーだったこと、忘れてた。
「じゃあ俺がお会計するから、そのときにレジでもらってもいいか?」
「うん、じゃあ後でね」
俺は一旦厨房に戻った。
他のテーブルの片付けをしていると、美桜たちが帰る準備をしているのが見えた。
俺はレジに回る。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。美味しかった。また来たいよ」
「ドリンクもサービスしてもらっちゃて、ありがとー」
「こちらこそご来店、ありがとう。またいつでも来てよ」
好評だったようだ。
俺は会計をして、お釣りを返した。
「じゃあこれ。味わって食べてね」
美桜が紺色の包装紙にピンク色のリボンがかかった箱を、俺に差し出した。
「ありがとう。よく味わっていただくよ」
「美桜の手作りだからねー。まあわかってると思うけど」
横から星野が茶々を入れる。
吉川は横で笑っていた。
去年のバレンタインデー。
俺は誰からもチョコをもらえなかった。
それが今年は、二年ぶりに美桜からもらうことになるなんてな。
「じゃあまた連絡するね。瑛太君、ありがとう」
「ああ。美桜も星野も吉川も、気をつけて帰ってな」
3人はお礼の言葉を口にしながら、店のドアから出て行った。
俺はそのドアが閉まるのを、少し不思議な気持ちで眺めていた。
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