No.73:同じチョコなんだろうな
翌週、俺たちの試験は始まった。
試験期間は2週間だが、俺は最初の10日間で終わる。
最初の週の試験が終わった土曜日、明日菜ちゃんからLimeが来た。
明日菜:明日差し入れだけ持っていきたいんですけど……ご都合いかがですか?
差し入れはありがたい。
お昼過ぎに来てもらって、一緒にお茶だけ飲んで帰ってもらった。
差し入れはスコーンと、豚のしょうが焼きだった。
茶系のチェックのミニスカートから覗く明日菜ちゃんの綺麗な足を見て、俺はちょっと元気が出た。
おかしい……俺は足フェチじゃなかったはずなんだが。
翌週、なんとか試験をやり終えた。
まだ結果は出ていないが……おそらく追試は免れると思う。
誠治は「2教科ぐらい、マジでヤバい」と言っていたが。
日頃から真面目に授業を受けているかどうかの差だろうな。
夜シャワーを浴びたあと部屋で寛いでいると、Limeのメッセージが。
美桜:こんばんは。来週の14日ってオステリア・ヴィチーノのバイト、瑛太君入ってるかな?
美桜からのLime。
14日ってことは、バレンタインデーだ。
そんな多忙な日は、もちろんシフトが入っている。
美桜にそう返信すると、
美桜:それじゃあ7時から予約入れてみるよ。実は恵子と吉川くんに声をかけてみたら、是非行ってみたいって言ってるの。だから一緒に行くね!
また懐かしい名前だ。
恵子っていうのは星野恵子で、美桜と同じ須田塾女子大。
吉川はその星野の彼氏で、早慶大。
2人とも高2の時に、俺と美桜と同じクラスだった同級生だ。
「こりゃあプチ同窓会だな」
俺は楽しみにしていると返信した。
星野とは殆ど話したことはなかった。
吉川は当時クラスの委員長で、時々話す程度。
その星野と吉川が付き合っているわけだ。
いろいろと予想ができないことが起きている。
いろいろと思いにふけていると、スマホがまた振動した。
綾音:バレンタインのチョコ渡したいから、取りに来て。
俺と誠治と綾音のグループLimeから送られてきた。
立て続けにバレンタイン関連だな。
俺は誠治と時間を合わせて、土曜日の午後に綾音のアパートへ行くことにした。
◆◆◆
「まったく……オレと瑛太と同時に渡したいってことは、同じチョコなんだろうな」
JR中央線、中野駅の改札口。
俺と待ち合わせをした誠治が、ブツブツ言いながら歩き始めた。
「そりゃそうだろ。なんだ誠治、自分だけ本命チョコでも欲しいのか?」
俺は茶化して言った。
「はぁー……綾音も綾音なら、コイツもコイツだな……」
「何だって?」
「何でもねえよ。行くぞ」
誠治は急に足取りを早めた。
「ちょっとそんなに急ぐなって。ケーキがぐしゃぐしゃになるだろ」
俺は誠治の後を追いかける。
俺はここに来る前に、吉祥寺のヴィチーノに寄ってケーキを3個買ってきた。
綾音は追試がないことを確認してから、北海道に帰省するらしい。
そして3月下旬まで東京に戻ってこない。
話を聞くと綾音も免許を取るために、札幌の自動車教習所へ通うそうだ
そうすると、ホワイトデーのお返しができなくなる。
なので先にお返しを渡しておこうというわけだ。
あとで誠治からケーキ代を徴収しないとな。
2分ほど歩いて、俺たちは綾音のアパートに着いた。
「はい、どうぞ」
綾音はサクッと、俺たちに同じチョコレートを渡してくれた。
皆がよく知る、ベルギーブランドの包装紙。
多分それなりに高いヤツだ。
「やっぱりそうだったか……」
「な、何?」
「べっつにー」
誠治と綾音のやり取りが少し気になる。
綾音の顔が、少し赤いことも。
「ホワイトデーのお返しを、先に買ってきたぞ」
俺はケーキの箱を綾音に見せた。
「あーそうなんだ。気を使わなくてよかったのに……3人分、ある?」
「ああ、3個買ってきた」
「わかった。コーヒーでいいよね?」
「手伝うぞ」
「ありがと。じゃあプレートとフォークを出してくれる?」
綾音がコーヒーメーカーをセットしている間、俺と誠治でプレートとフォークをトレイに乗せてテーブルに運んだ。
綾音はコーヒーにこだわりがあるみたいで、豆も専門店から買っている。
だからここで淹れてくれるコーヒーは、下手なカフェで飲むよりもずっと美味いのだ。
綾音がコーヒーを3杯分、マグカップに注ぐ。
俺たちはそれぞれのマグカップを手にして、ローテーブルに移動した。
綾音はチーズケーキ、誠治がフルーツタルト、俺がイチゴショートを選んだ。
「やっぱヴィチーノのケーキ、美味しいよね」
「ああ、まあそれなりの値段するからな」
「私のチョコだって、安くないからね」
「そうだよな。オレ、こんなベルギーの一流チョコもらったの初めてかも」
3人でケーキを堪能する。
ヴィチーノのケーキは大きめで、食べごたえがある。
「綾音も免許取るんだな」
俺はそう言って、ショートケーキを口に運ぶ。
「そう。どうせ取るんだったら、早いほうがいいって親からも言われててさ」
「誠治は大学に入る前に、もう取ってたよな?」
「ああ、俺の場合は親に取らされたんだよ。配達を手伝うためにな。だから俺はあまり取りたくなかったんだ。でも親父も年でさ。ビールケースとか運ぶのもしんどくなってきてるみたいだし」
「なるほど、そういうことか」
確かに誠治は、たまにお店の配達も手伝っていると聞いている。
俺も免許を取りたいが……残念ながら今は経済的な余裕がない。
お金を貯めないと。
「そういえば明日菜ちゃんもエリちゃんも、今月から教習所へ通うらしいぞ」
「え? そうなんだね」
「まああの二人はお金持ちのお嬢さんだからな」
誠治はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ大学が始まったら、ドライブでも企画しようぜ。瑛太はナビ担当だな」
「そうか……5人の中で、俺だけ免許を持たないことになるんだな……」
それはそれで、地味に凹む。
「それ楽しそう。レンタカー借りてもいいしね」
「ああ、4月5月は気候もいいしな。綾音が戻ったら企画しようぜ」
誠治のこういう企画力は、見習わないといけないな……。
俺は残りのショートケーキを食べながら、そんな事を思った。
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