No.72:3人で勉強会


「なあ、オレいっつも思うんだけどさ」


「なんだ誠治」


「オレたち今、憲法とか民法とか必死に覚えてるけどさ。こんなの覚えなくても、スマホで簡単にでてくるよな? 覚えなくてよくね?」


 試験直前の週末。

 俺たち3人は綾音のアパートに集まって、一緒に勉強している。

 すると誠治が身も蓋もないことを言い出した。


「また誠治はすぐ怠けようとして」


「そんなこと言ったら、世の中の大半が学習不要になるな」


 綾音も俺も、誠治にツッコむ。

 まあ確かに暗記しなければいけないことが多い。

 法学部だから仕方ないだろう。

 それに1・2年のうちは一般教養もあって科目数も多い。

 だから試験勉強も大変だ。


「でもまあ、なんで勉強しないといけないんだろうな」

 誠治が中学生みたいなことを言い出した。


「そりゃあ……良い将来のためなんだろうな。良い会社に就職するとか」


「良い会社に就職することが、いい人生とは限らないだろ?」


「誠治、なにか悪いものでも食ったのか?」


「いやそうじゃなくてさ……いい会社、いい仕事、いい人生って、一体なんなんだろうなって思うわけだ」


「何かが誠治に取り憑いてるわ! ここは新井薬師で買った御札おふだを!」


綾音が初詣の時に買っていた紙札かみふだを、ローキャビネットの上から掴み取る。

そして誠治に向かってかざした。


「ぐわぁー、やめろぉー、やめてくれぇー、御札はー! 体が溶けるー」

 誠治が大げさにもだえだした。

 

 あの時JK二人は可愛いランドセル型のお守りを買っていたのに、何で綾音は紙札なのかと思っていたが……。

 こういう風に使うためなのか?


「なんで紙札とか、買ったんだよ?」

 誠治の文句は続く。 


「なんでって……ウチの実家では定番だよ。初詣には紙札を買って、神棚に飾るんだ」

 なるほど、実家の習慣だったわけだ。


「全く……別に取り憑かれたわけじゃねぇ。ただちょっと不安というか、疑問に思っただけだ」


「誠治は実家を継ぐかどうか、まだ決めてないんだよな」

 誠治の実家は、三鷹で酒屋を営んでいる。


「ああ、そういうのもあってな。オヤジは『これからは大変だから』って言うんだけど、いろいろとアイディアによっては、面白いことが出来るんじゃないかってな」


「例えば?」


「まあいろいろだ。地元のレストランと提携する。通販で全国でも珍しいものを取り扱う。あるいは店舗が結構広いから、改装してバーにしても面白いと思ってる。そこでお客さんに飲んでもらったお酒を買ってもらうようなスタイルも、いいんじゃないか。余力があれば、それを全部やったっていい」


「なるほど」

 案外誠治はアイディアマンかもしれない。

 それに合コンの幹事とか見ても、実行力はありそうだ。

 まあ合コンは関係ないか。


「つまり普通のサラリーマンには、魅力を感じないってわけね」

 御札をキャビネットの上に戻したあと、綾音は口を挟む。

 

「うーん、そういう側面もあるかもしれないな」


「なるほどな……そこは理解できるかもしれない」


「だろ?」


 俺は電車の中で、誠治とよく話をする。

 電車に揺られている乗客たち。

 その表情に、感情が見られない。

 もしかしたら表面的にそう見えるだけであって、皆充実した人生を送っているのかもしれない。

 でもだとしたら……中央線が頻繁に遅れる理由はなんだ?

 世の中には案外闇があって、俺たちがまだ知らないだけなのかもしれない。


「綾音の実家って、どうなんだ? たしか綾音、お兄さんがいたよな?」


「うん。ウチは6つ上の兄がいて地元の建設会社で働いてる。まあ将来は父親の会社を継ぐことになると思う。ウチは父親に『卒業したら北海道に戻ってこい』って言われてるけど、どうするかはまだ考えてないよ。別に東京で就職してもいいし、地元に戻って父親の会社で働いてもいいしね」


「そうなんだな」


「瑛太は?」


「俺の父親も兄もサラリーマンで、長野で働いてるよ。だから俺もどこで働こうが構わない状況だ」


「そっか。東京で就職するの?」


「いや、わからん……それがいいのかどうかさえ、判断がつかないよ」


「そうだよね……」


 俺と綾音は地方出身者だから、お互い卒業後はどうするかということも考えていかないといけない。


「そういえばさぁ……瑛太、例の元カノさんとは会ったりしてるの?」


「えっ?」


「会ってないって言ってたよな。瑛太?」

 誠治が話に割り込んできた。

 そのまま俺の顔をじっと見ている。


「ん? ああ、Limeはたまに来るけどな」


「ふーん……そうなんだね」


 綾音はそのまま自分のノートの上に、ゆっくりと視線を落とした。

 その横で誠治が俺に向かって、こっそりウインクしてきやがった。

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