No.69:オオカミさん


 1時間もすると、鍋もお節も空っぽになってしまった。

 お節の重箱も「余ったら綾音さん、食べちゃって下さいね」とエリちゃんは言っていたが、残ったのは大きな伊勢海老の頭部分だけだった。


 俺たちはまったりとしながら、いろんな話をした。

 JK2人は4月から明青大の予定だが、最終的に学部が決まるのは来月らしい。

 明日菜ちゃんは政経、エリちゃんは商学部を第一希望で出しているとのことだ。


「法学部は人気ないの?」

 誠治が残念そうに訊いた。


「私もエリも、第2希望が法学部ですよ」


「法学部と商学部って、どっちが偏差値高かったっけ?」


「そこはほとんど、差は無いですね」

 綾音の質問に、エリちゃんが答えた。


 いずれにしても、もうすぐこの2人は後輩になるわけだ。

 なんだか不思議な気分だ。


 話はつきなかったが、もうすぐ8時になる。

 あまり遅くなってもいけない。

 俺たちは失礼することにした。


 全員で後片付けをして、綾音にお礼を言った。

 マンションを出て、中野駅まで徒歩2分。

 しかも明るい道を通るので、女性一人でも安心だ。

 綾音は本当に良い所に住んでいる。


 JR中央線の下り列車に乗り込む。

 正月なので、車内はそれほど混んでない。

 中野から荻窪までは、ほんの5-6分。

 あっという間だ。


「誠治お疲れ。エリちゃんもまたね」


「おう、お疲れ。明日菜ちゃん、オオカミに気をつけるんだよ」


「はい、気をつけます。エリもまたね」


「うん、じゃあね。瑛太さん、お疲れさまでした」


 俺と明日菜ちゃんは、列車から降りる。

 俺の最寄り駅は西荻窪だが、明日菜ちゃんの最寄り駅は一つ手前の荻窪。

 ここから明日菜ちゃんの家まで、徒歩10分ぐらいだ。

 もう暗いので、俺は明日菜ちゃんを家まで送っていくことにした。


「明日菜ちゃん、『はい、気をつけます』じゃないでしょ?」


「ふふっ……いずれにしても、瑛太さんはオオカミさんじゃないですよね」

 明日菜ちゃんは悪戯っぽく笑った。


 俺たちは改札を抜け、歩き出した。

 駅前はそれなりに人がいたが、少し歩くと人通りは少なくなる。


「もうお腹いっぱいです」


「どれも美味しかったしね」


「はい。それに初詣にも行けましたし、今日は楽しかったです」


 明日菜ちゃんはご満悦だ。

 

「ところでエリちゃんのお宅って、お仕事は何をされてるの?」

 俺はなんとなく聞いてみた。


「エリのお父さんはお医者さんですよ。武蔵野市内の松倉医院っていう内科と小児科のお医者さんです。私も風邪を引いたときとか、たまに見てもらってます」


「そうなんだね」


 やっぱりというか、お金持ちっぽい。

 まあ医者が全てお金持ちってこともないかもしれないけど。


「エリちゃんは男兄弟がいるの?」


「中3の弟がいます。一応跡継ぎになるみたいなんですけど、ちっとも勉強しないってエリはボヤいてました」


「あはは。まあ本人が将来医者になりたいかどうか、というのもあるだろうしね」


 その点俺はオヤジがサラリーマンだし、気が楽だな。


「そういえば明日菜ちゃんのところは、女の子2人だよね。お父さんの会社はどうするのかな」


「うーん、わかんないですね。私か小春がお父さんの会社を引き継ぐなんて、全然想像できないです」


「そりゃそっか」

 

 まあ考えても、仕方ないだろうし。

 喋りながら歩いていたら、明日菜ちゃんの家が見えてきた。

 

「もう着いちゃいました……また日曜日、お好み焼き食べに行っていいですか?」


「ああ、もちろん」


 ほとんど毎週日曜日のお昼時間、明日菜ちゃんは俺のアパートにお好み焼きを食べに来ている。

 そして俺はその事を誠治にも綾音にも話していない。

 なんとなくその方がいいと思ったからだ。


「よかったです。差し入れ持っていきますからね」

 

「ありがと。楽しみにしてるよ」


「はいっ」


 明日菜ちゃんが屈託のない笑顔でそう言った。

 おやすみなさい、と言って家に入っていった明日菜ちゃんを見届けて、俺はアパートに戻る。

 一人で歩く20分の道のりは、思ったより寒くて長かった。

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