No.66 第1章最終話:待っててもらえませんか?


「実は昨日、会ったんだよ。国分寺のカレーハウスで、食事をしただけだよ」


「そうだったんですね……ごめんなさい」


「え? どうしてあやまるの?」


「聞かなくてもよかったことですよね……私、全然変われてないや……」


「明日菜ちゃん?」


 それっきり明日菜ちゃんは、黙ってしまった。

 沈黙のまま、街灯の下を2人歩いていく。

 通り過ぎる車のエンジン音が、やけに大きく聞こえた。


「瑛太さん」


 明日菜ちゃんが俺の左腕を軽く掴んだ。

 俺は思わず立ち止まる。

 どうしたんだ?


「あの、うまく言えないんですけど……」

 少しうつむき加減で言葉を濁す。



「待っててもらえませんか」


「えっ?」



 漠然としていた。

 待つ、って……何を?


「私、今のままじゃダメなんです」


「明日菜ちゃん?」


「瑛太さんの周りには、素敵な女の人がたくさんいます。でも私は子供で……」


 明日菜ちゃんは少しうつむいたまま、言葉を紡いでいく。


「わかってるんです。こんなんじゃあダメだって。元カノさんに嫉妬して、いろいろ聞いちゃって。それだけじゃなくって……もう、とにかくいろいろとダメなんです」


 俺は黙って聞くことにした。

 多分彼女自身、また頭の中が整理できていないんだろう。


「でも……私、瑛太さんの隣に立てるような女性になりたいんです」


 明日菜ちゃんは顔をあげて、はっきりそう言った。


「少し時間がかかるかもしれません。でも……待っててもらえませんか?」


 俺を見上げる明日菜ちゃんの視線。

 それは何かを思いつめたような、真剣な眼差しだった。


「明日菜ちゃんは、そのままでいいんだよ」


 気がつくと、俺はそんなことを口にしていた。


「えっ?」


「明日菜ちゃんは、そのままでいい。純粋で、真っ直ぐで、可愛くて、一生懸命で。変わらなくていいんだよ」


「で、でもっ」


「焦らなくていい。皆自然に大人になって変わっていくんだと思うな。無理して変わらなくていい。明日菜ちゃんらしさが、なくなっちゃうよ」


「私……らしさ?」


「そう。それに……多分変わらないといけないのは、俺の方かもしれないんだ」


「……どうしてですか?」


「俺自身、まだ子供なのかもしれないんだよ。俺、今が凄く楽しいんだ。明日菜ちゃんとお好み焼きを一緒に食べたり、こうして仲間とパーティーを開いたり、それに……美桜とも友達になれた」


 俺はひと言ずつ、噛み締めながら言葉にする。


「だからこの日常を壊したくないんだ。でも人ってさ、常に同じではいられないかもしれないだろ? 環境がかわったり成長したり……でもそれは自然なことで、無理して変わろうとしない方がいいと思うんだ」


「瑛太さん……」


 俺を見上げる瞳が揺れている。


「だから明日菜ちゃん」


 俺はもう一度、彼女の顔を見据える。


「これからもよろしくね。またお好み焼き、食べにおいでよ」


 明日菜ちゃんの目に、水が少しだけ溜まった。

 でもそれが溢れ出すことはなかった。


「もう……瑛太さんはやっぱり優しくて、ちょっとズルいです」


 そう言うと、明日菜ちゃんは少しだけ晴れやかな顔になった。


「はい、それじゃあ遠慮なくお邪魔します。差し入れも、持っていきますね」


「ああ、差し入れは大歓迎だよ」


「何が一番よかったですか?」


「うーん、全部助かってるよ。スコーンも食パンも。あ、あと唐揚げも」


 2人はまた、夜道を歩き始めた。

 大通りを2回曲がると、もう明日菜ちゃんの家が見えてきた。

 2階の電気がついている。

 小春ちゃんが、また覗いているのかな……。

 俺はそんなことを考えていた。



*第二章は一週間後、7月31日土曜日の17時より再開します。

 よろしければ、ここまでの評価やレビューを入れていただけると嬉しいです。

 コメントも大歓迎です。

 今後の励みになります。

 よろしくお願いします。

 

 また再開までの期間、他作品でお楽しみいただければ嬉しく思います。

 https://kakuyomu.jp/users/Takaponta/works


 それでは第二章再開まで、今しばらくお待ち下さい。

 ありがとうございました。

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