No.65:帰り道


 2時間半はあっという間に経ってしまった。

 部屋を片付け料金を精算した俺たちは、建物の外に出た。


 誠治と綾音とエリちゃんは吉祥寺の駅方向。

 俺と明日菜ちゃんは逆方向だ。


 全員でお疲れと、声を掛け合う。


「明日菜ちゃん、まっすぐ家まで送ってもらうんだよ。へ、変なところに寄ったりしたらダメよ」


「寄らないから」「よ、寄りません……」


 綾音の声に、俺も明日菜ちゃんも同じ返事を返す。

 後ろでニヤけている誠治とエリちゃんが、かなり鬱陶しい。


 それじゃあ、と言ってそれぞれの方向へ歩き出した。


「そういえば、結局1曲も歌いませんでしたね」


「ああ、そういえばそうだったね。時間がなかったから」


「エリの歌、聞かせてあげたかったです」


「え? 上手いの?」


「はい。もうプロ並みですよ」


 エリちゃんは最近だと、あのHiasobiの「朝に駆ける」とかを完璧に歌うらしい。

 そのあと、誰も歌えなくなるそうだ。


「どこで息継ぎしてるの? って感じで歌うんですよ」


「たしかにあの歌、リアルで歌うのって相当難しそうだよね」


 そんな話をしながら、夜道を2人で歩いていく。

 紺色のコートにマフラー姿の明日菜ちゃんは、少し寒そうだ。


「でも本当に楽しかったです」


「ああ、俺もだよ」


「私、あんな感じで男の子と、いえ、男の人達とクリスマスパーティーとか、したことがなかったから余計に楽しかったです」


「そうだったんだね、それはよかった。また来年もやろうよ」


「えっ? はい! 約束ですよ!」

 

 そう言って明日菜ちゃんは、また右手で小指を立てて出してきた。

 俺はそのまま左手の小指を立てる。

 手袋の上から、明日菜ちゃんは自分の小指を絡ませた。


「手袋、温かいですか?」


「ああ、めちゃくちゃ温かいよ」


「中綿がそんなに厚くなさそうですけど……保温性が高い素材なんでしょうね」


 明日菜ちゃんが俺の左手を手にとって、手袋をチェックしている。

 しばらく俺の手を触り倒したあと、何かに気がついたようにパッと手を離した。


「す、すいません……」


 そう言って、うつ向いたまま歩いて行く。

 しばらく二人の間に、沈黙が続いた。


「来年のクリスマスの前に、夏休みがあるだろ」

 俺は話題を変えた。


「あ、そうでした! 長野のご実家に伺うんでしたね。それも楽しみです」


「そうそう、それも企画しないとね」


「瑛太さんのご実家って、遠いんですか?」


「どうだろ……東京から長野まで、新幹線で1時間半だよ」


「え? そんなに近いんですか?」


「そう。意外だろ? そこからクルマでまた30分ぐらいかかるけど」


「あっという間ですね」


「あっという間、っていう程でもないけどね」


「ふふっ、でも楽しみになってきました」


 美少女に、笑顔が戻った。


「去年の今頃は、ひょっとして2人でクリスマスだったんですか?」

 明日菜ちゃんは、ちょっと茶化しながら聞いてきた。


「ん? ああ、まあ、そういうこともあったかな」


「当然そうですよね。あーいいなぁ、彼氏と2人でクリスマス。憧れます」


「明日菜ちゃんと2人でクリスマスを過ごしたいっていう男の子、学校にたくさんいるんじゃない?」


「そーゆーのは、いいんです!」

 一刀両断だった。


「最近元カノさんとは、会われたりしないんですか?」

 明日菜ちゃんの追及が続く。


「えっ……」

 俺はたじろぐ。


「会われたんですね」

 少し不安げな視線を、俺に向ける。


 俺は逡巡する。

 でも……その時点で、会ったと言っているようなもんだよな。

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