No.59:自分でもよくわからないんだ


「俺さ、自分でもよくわからないんだよ」


「えっ?」


「その……彼女欲しいのかどうなのか、とか。美桜とはさ、また友達から始められてよかったと思ってるんだ。俺のせいでそれができなかったから」


「瑛太君のせいじゃないよ。わたしが」


「まあその話は置いといて……とにかく俺自身が向き合う必要があるんだよ、自分自身に。だから時間をくれないか」


「うん、もちろん。ごめんね……」


「だから美桜は悪くないだろ?」


「もう……」


 なんでこんなに優しいんだろう。

 でも思い出した。

 わたしはこの優しさに惹かれたんだった。

 でもその優しさを、自分から手放した。

 やっぱり悪いのは、わたし。

 自業自得なんだ。


 ケーキを食べながら、2人で他愛もない話をした。

 そんな時間が、とても愛おしかった。


「じゃあそろそろ帰るよ」


 ケーキを食べ終えてしばらくすると、瑛太君はゆっくり立ち上がった。


「うん、ありがとう。引き留めてごめんね」


「いや、ケーキも食べれたし」

 そう言って顔をクシャっとして笑う。

 わたしの心臓がまた掴まれる。

 本当はもう少し、そばにいて欲しい……。


「美桜はお正月、帰るのか?」


「う、うん。新幹線、予約したよ」


「そっか。俺は夏に帰ったから、年末年始はこっちにいる予定。バイトもあるしな」


「そうなんだ。いずれにしても、また連絡するね」


「ああ。ヴィチーノにも来てくれよ」


「あ、そうだった。行く行く。友達と一緒に行くよ」


「了解。待ってるよ」


 そう言って上着を着て、玄関へ向かった。

 靴を履くと「それじゃあ」といって、すぐに出て行ってしまった。

 一人残されたわたしは、彼と一緒に座っていたコタツを見返して、小さくため息をついた。


        ◆◆◆


「ハアーーッ……俺はいったい、どうしたいんだよ?」


 国分寺から乗った、上りのJR中央線の車内。

 俺はひと気の少ない車内で、小さくため息をついた。


 国分寺のカレー屋さんは味も良かったし、美桜と昔の話で盛り上がった。

 高校時代の2人に戻ったような感覚だった。


 外はすっかり暗くなっていたので、彼女のアパートまで送っていった。

 もちろんそこで、俺は帰るつもりだった。


『ケーキ一緒に食べていかない?』


 予期せぬ、お誘いだった。

 伏し目がちな美桜のその表情には、心の中の不安が現れていた。

 勇気を振り絞ってその言葉を発したのが、容易に理解できた。


 結局俺はその言葉を受け入れて、美桜の部屋にお邪魔した。

 一緒にコタツに入って、美桜は俺のすぐ横に座った。

 手を伸ばせば、届く距離。

 綺麗になった美桜に、俺の心臓は落ち着かなかった。


『わたしにも、まだチャンスあるかな……』


「あれは、ずるいだろ……」


 そんな美桜から言われた言葉。

 グラっとこない男はいないだろう。


 でも俺は、やっぱり美桜とはまた友達から始めたい。

 美桜は何を焦っているのか。


 それに……俺はもう一人の高校生の女の子を思い浮かべた。

 嬉しいときには、ひまわりのように笑い。

 悲しいときには、枯れた花のように萎れ。

 喜怒哀楽を全面に浮かべる、天使のような美少女。

 彼女の感情も、おそらく自分では整理できていないんだろうな……。


「いずれにしても、全部まだ時間が必要だ」


 俺は中央線の車内で勝手に結論づけ、思考を遮断した。

 脳がそれ以上働くことを拒絶していた。

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