No.58:これはあざと過ぎる
瑛太君が覚えていてくれた。
わたしがフルーツタルトを好きだってこと。
たったそれだけのことなのに、わたしはすごく嬉しかった。
胸がキュッと締めつけられる思いだった。
ずっと瑛太君を食事に誘いたかった。
街がクリスマス色に染まっていったことも、それを助長したのかもしれない。
瑛太君はバイトが忙しいと聞いていたので、今日つかまってよかった。
せっかくだから、ご馳走させてもらうことにした。
そうしておけば、今度はご馳走してくれるかも。
そんな打算が働かなかったといえば、嘘になる。
カレー屋さんで、いっぱい話をした。
高校時代の話で盛り上がった。
目元をクシャッとして笑う、あの笑顔。
あの頃にタイムスリップしたような感覚だったのは、わたしだけだったのかな……。
まだ早い時間だったけど、アパートまで送ってもらった。
瑛太君はケーキまで買って持ってきてくれた。
彼のことだから、ケーキは一つだけってことはないと思った。
「ケーキ一緒に食べていかない?」
アパートの前で、気がつけばそう声をかけていた。
もっと瑛太君と一緒にいたかった。
部屋を掃除しといて、よかった。
もしかしたら、こんな展開もあるかも……。
出かける前、わたしはそんなことを考えていた。
キッチンでコーヒーを2つ入れ、プレートとフォークと一緒にトレイに乗せる。
変わってなければ、瑛太君もわたしもコーヒーはブラックのはずだ。
「はい。インスタントだけど」
「おっ、悪いな」
コタツの上に置いたトレイから、瑛太君はコーヒーとプレートを取る。
そして箱からケーキを出して、プレートの上に乗せてくれた。
「じゃあ、いただくね」
「ああ。気に入ってもらえるといいんだけど」
わたしはフルーツタルトをフォークで切り分け、口に運んだ。
「あ、美味しい!」
「だろ? ウチのフルーツタルトとチーズケーキは、女性客に人気なんだよ」
確かにこれなら、女性客は喜ぶと思う。
女性客……瑛太君の周りには、きっと素敵な女性がたくさんいるんだろうな。
共学だし、瑛太君優しいから……。
「瑛太君、クリスマスは本当にバイトなの?」
「残念ながらそうだ。彼女いない組は、24と25の両方シフトに入れられてる。誠治も同じだ」
「へぇー、誠治君、モテそうなのにね」
「モテるよ、実際。でも、いまのところ一人に絞りきれてないだけのような気がするな」
「そうなの?」
「いや、わからん。あいつはそういう話をあまりしないんだ」
「そうなんだね。でもさ……瑛太君もモテるんじゃない?」
「俺がか? どこにそんな要素がある?」
「そんなこと言ってー。優しいしさ、こうやって女の子にケーキ配り歩いてたりして」
「モノで釣らないと、振り向いてもらえないのか? 何、俺、ディスられてる?」
「ちがうちがう」
わたしは吹き出した。
「そっか……じゃあわたしにも、まだチャンスあるかな……」
「えっ?」
言ったあとで、しまった、と思った。
軽いノリで言ってしまった。
ダメだ、これはあざと過ぎる……。
「ご、ごめん、今のなし。忘れて」
「ん? ああ……」
やっちゃった……。
急に雰囲気がおかしくなった。
『心に思っていない言葉は、口からは出てこないんだ』
この間、瑛太君が言ってた通りだと思った。
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