No.57:光栄に思ってね!


 注文したものが、運ばれてきた。

 テーブルの上に全部並ぶと、かなりのボリュームだ。


「結構、量があるな」


「ちなみにナンはおかわり自由だからね」


 ナンをカレーにつけて頬張る。

 思ったより辛い。

 俺は慌ててラッシーを飲んだ。


「瑛太君のバイト先って、イタリア料理屋さんだったっけ?」


「そうだよ。駅から5分くらいあるけど、結構混んでて忙しいんだ」


「そうなんだね。今度行くね」


「ああ、待ってるよ。ドリンク一杯だったらサービスできるから」


「ホントに? 嬉しいかも。吉祥寺って雰囲気いいよね。学生の街って感じ。新宿には出たいって思わないもん」


「俺もだ。人が多すぎる」


「そうだよね」


 都会に憧れはあっても、人が多すぎるところには行きたくない。

 どうやら田舎者あるあるのようだ。


 あっという間に時間が経ってしまった。

 テーブルの上の食べ物もなくなった。


 遠慮なく美桜に支払いをお願いした。

 今度は俺が払うから、と約束した。

 でも今度って、いつなんだろう。


 俺たちは外に出た。

 外気はかなり冷え込んでいた。

 美桜はマフラーを巻きながら、肩をすぼめる。


「ここから近いのか?」


「うん、歩いて10分ぐらい」


「暗いし、送ろうか?」

 俺は一応聞いた。


「えっ? う、うん。じゃあ、お願いしてもいい?」

 

 美桜は少し上目遣いに言った。

 俺の心臓が、また少しドクンとなる。

 ただでさえ地顔が綺麗な美桜が、薄くメイクを施している。

 その上目遣いは、反則だ。


 俺たちは歩き始めた。

 大通り沿いは明るく、女性一人でもそれほど危ないことはないだろう。


「いっつもアパートと学校の往復ばかりだからさ。たまにこうして出かけると楽しいな」


「そうか、基本的に電車とか乗らないんだな」


「そうそう。通学は徒歩10分だからね」


「それは羨ましい」


 しばらく歩いて、大通りから1本入る。

 民家やアパートが点在する地区だ。


「ここ」


 白いアパートの前で、美桜は立ち止まった。


「OK。じゃあこれ」


 俺はケーキの箱を手渡す。


「ね、ねえ」


 美桜の声が、少し高くなった。


「あ、あのさ、よかったらコーヒー入れるから、このケーキ一緒に食べていかない?」


「えっ?」


 美桜が伏し目がちにそう言った。

 声からしても、勇気を出して言葉にしたことが伝わってくる。

 

 時間はまだ8時半、そんなに遅い時間じゃない。

 俺は一瞬逡巡する。


「いいのか?」

 気がついたら、俺はそんなセリフを口にしていた。


「えっ? あ、も、もちろんだよ。その……コーヒーしかないけど……」


 若干パニクっている美桜が、少し可愛いと思った。

 男慣れしてないのが、伝わってくる。


「じゃあ寒いし、コーヒーだけ頂いて帰ろうかな」


「う、うん。じゃあ入って」


 2人でアパートに入っていく。

 美桜の部屋は、1階の一番端だった。

 鍵を開けて、美桜が先に入る。

 電気を付けると「どうぞ、入って」と、俺を促した。


 部屋に入ると、小さめのキッチンがあった。

 その奥の部屋にはコタツとベッドがあった。

 キッチンには調味料が、所狭しと置いてある。

 自炊をしっかりやっている証拠だ。


「今コタツ点けるから」


「コタツか。いいな」


「勉強机って部屋が狭くなるじゃない? だからコタツで済ましてる」


「俺はキッチンテーブルで済ましてるよ」


 暖房とコタツのスイッチを入れた後、美桜は湯沸かしポットに水を入れてスイッチをいれた。

 部屋はすぐに暖かくなったので、俺たちは上着を脱いだ。

 美桜に勧められ、俺はコタツに入る。


「コタツなんて、久しぶりだぞ。俺が子供の頃、実家で使ってたけど」


「本当に? わたしの実家は、今でも使ってるよ」

 

 そう言いながら、美桜もコタツに入ってきた。

 向かい側ではなく、俺の左側。

 2人の距離が近くなった。


「ねえ、ケーキ開けてもいい?」

 美桜は持ってきたケーキの箱を見ながら、そう言った。


「もちろん。どうぞ」


 美桜は「なにかなー」とかいいながら、ケーキの箱を空ける。

 中を見て、美桜の目が大きくなった。


「うわー、フルーツタルトとチーズケーキだ」

 美桜の嬉しそうな表情。


「……覚えててくれてたんだね。わたしがフルーツタルト好きだったこと」


「……ああ、まあな」


 俺はちょっと居心地が悪くなった。

 そんなこと……もちろん覚えている。


「瑛太君、いっつもイチゴショートかチーズケーキだったよね」


「まあな。大体ハズレがない」


「ふふっ、懐かしいなぁ」

 美桜は嬉しそうにそう言った。


「さすがに女子の部屋だな。綺麗に片付いてる」

 俺は話題を変える。


「そう? まあちょっと片付けといたんだけどね。あっ……」


 まあ俺が来る可能性も、少しは見越していたってこと。


「ち、ちがうんだよ。べ、別にそういうんじゃ……」


「なに焦ってんだよ。別に気にしてないぞ」

 ちょっと美桜がかわいそうになった。


「ち、ちなみに瑛太君が、この部屋の最初の男性客だよ。光栄に思ってね!」


 顔を赤くしながら少しキレ気味にそう言うと、美桜は「コーヒー入れてくる」と言って、コタツから出ていってしまった。

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