No.56:カレーハウスにて
「東京も思ったより寒いよね」
「まあそうだな。今日少し雪降ってたし」
「そうそう。でもさすがに長野みたいには降らなかったね」
「降ってたら大変だったぞ。俺は来られなかったかもしれない」
「ああ、たしかにそうだね」
そう言うと、美桜は声を出して笑った。
「美桜は何かバイトしてるのか?」
「うん、家庭教師と塾で英語を教えてるよ」
「へぇー、凄いな」
「凄くないよ。両方とも週イチなんだけどね。もっと増やしたいんだけど、なかなか空きがなくって」
時給を聞いてみると、やはり家庭教師はかなり高い。
塾講師は、思ったほどでもなかった。
それに週イチだったら、実入りが少ないだろう。
「もうちょっと探してなければ、飲食のバイトも探そうと思ってる」
「ああ、飲食も悪くないぞ。忙しいけど、まかないも付くし」
「あーそれいいなー。でも太りそう」
「もうちょっと太ったぐらいが、ちょうどいいんじゃないか? 美桜の場合」
「そ、そう? でもたしかに東京へ来てから、体重落ちたかも」
「そうなのか?」
「うん、朝とか面倒くさいから、ほとんど食べないし」
「それはダメだぞ。朝はしっかり食べないと」
「瑛太君は、朝は食べてる?」
「ああ、しっかり食べてるぞ。スコーンとかマフィン……」
「えっ?」
「あ、いや、まあとにかく俺は3食しっかり食べてる。おかげで多分体重が増えた」
「なにそれ」
なんとかごまかした。
考えてみたら、朝は明日菜ちゃんが作ってくれた差し入れを食べて、俺の一日は始まってるんだな。
大通りから1本入った所に、目的地はあった。
『カレーハウス カラチ』
「カラチって、インドじゃなくってパキスタンじゃなかったっけ?」
「そうそう。オーナーがパキスタン人らしいよ」
まあカレーだからってインドである必要はないけど。
俺たちは店に入った。
俺たち以外にカップルが1組、女性4人のグループが1組いた。
俺たちは奥の席へ案内された。
コートを脱いだ美桜は、下に茶系のセーターとベージュのロングスカート。
シックでちょっと大人の装い。
ゆるふわ系の美桜に、よく似合っていた。
それに……胸元には、シルバーの四つ葉のクローバー。
俺はまた、少し心臓を掴まれるような気分になった。
メニューを見ると、値段は確かに手頃だった。
好きなカレーを選んで、ナンとライス、副菜とドリンクが付いたセットがお得だ。
俺はティッカマサラのセット、美桜はバターチキンのセットを頼んだ。
「相変わらず、辛いのはダメなのか?」
「そうだね。ここのバターチキンは、クリーミーで美味しいんだよ」
料理を待っている間、俺たちはいろんな話をした。
高校の時の友達が今どうしているか、とか。
美桜の大学の様子とか。
やはり女子大は、共学とは違う点も多いみたいだ。
「友達にね、高校時代の男友達がいるって話をすると、合コンセットしてって言う子が何人かいるの」
「そうなんだな。誠治は結構やってるみたいだから、また頼んでみようか?」
「ううん、わたしは特に行きたいと思わないから。全部断ってる」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「そういえばさ、2年のとき同じクラスだった恵子、覚えてる? 星野恵子」
「ああ、ショートカットの子だろ?」
「そうそう。あと吉川くんも覚えてる?」
「ああもちろん。委員長で頭良かったよな。確か今、早慶大じゃなかったっけ?」
「そうそう。恵子は今わたしと同じ須田塾なんだけど、吉川くんと付き合ってるんだよ」
「マジか? 高校の時、そんな話あったっけ?」
「ないない。でもこっちでさ、ちょっとした同窓会やったんだよ。わたしにも連絡がきて、行けなかったんだけど」
「え? 俺のところには連絡なかったぞ」
「連絡先がわかんなかったんじゃないかな。そこで連絡先交換して、会うようになったって」
「へぇー、そんなことあるんだな」
「面白いよね」
俺の知らないところで、知らない事が起こっている。
別に不思議でもなんでもないのだが、やっぱりそれだけ世界が広がっているんだろう。
俺だって今、こうして美桜と食事をしている。
それに……日曜日には、明日菜ちゃんとお好み焼きを食べるようになった。
生活が、環境が、日々変わってゆく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます