No.55:もう一つのお誘い


 その日の夜、バイト先から戻るとLimeのメッセージが入っていた。

 美桜からだった。

 美桜とはあいからわずLimeのやり取りはしている。

 ただあの日以来、直接会ってはいない。


 美桜:こんばんは。以前言っていた国分寺のカレー屋さんか、お好み焼き屋さんに行ってみない? せっかくのクリスマスだし。瑛太君の予定を教えて下さい。


 食事のお誘いだった。

 これは、クリスマスの食事のお誘いなのか?

 まあ友達として会うわけだし、問題はない。

 そういえば、ちょうど21日が空いていたな。


 瑛太:お誘いありがとう。21日だったら空いてるよ。それ以降はバイトとか忙しいから難しい。


 美桜:わかった。じゃあ21日の夜にしよう。今回はわたしがおごるからね。


 ご馳走してくれるらしい。

 美桜は何のバイトをやってるんだろう。

 その時にでも聞いてみよう。


        ◆◆◆


「21日は、誠治は店の手伝いをするのか?」


 翌日のお昼、学食で俺は向かい側に座っている誠治に聞いた。

 綾音の授業は午後からで、また大学には来ていない。


「そう。店番と在庫の整理。まあ力仕事だな」 


 誠治の家は、三鷹で昔から続く小さな酒屋さんを営んでいる。

 誠治の父親で、2代目。

 昔はお得意さんも多く商売は順調だったが、最近は大型量販店が増えて売上は毎年低下しているらしい。

 たしかに昔ながらの酒屋さんじゃあ、この先ジリ貧だろう。 

 

 誠治は一人っ子で、親からは「継がないほうがいいぞ」と言われているらしい。

 誠治が言うには、昔からの個人のお得意さんや飲食店も顧客として抱えているので、やり方に寄っては生き残る可能性もある。

 それにネットを使って珍しいお酒の販売方法とか、飲食店とのタイアップとか、アイディア次第では新しい展開が見込めるかもしれない。

 なので誠治は、継ぐかどうかはもう少し考えていきたい、と言っていた。


「そうか。大変だな」


「瑛太は、なにか予定あんの?」


 俺は言おうかどうか、迷ったが……


「実は、美桜から食事に誘われた」


「美桜? って、例の元カノだよな」


「ああ、そうだ」


 誠治は顔をしかめる。


「おいおい、この時期に食事のお誘いか? 絶対に意味ありげじゃん」


「そうでもないだろ?」


「いや、そうでもありすぎるぞ。どうする? 復縁求めてきたら」


「ないない」


 俺は笑ってごまかした。

 でももし……本当にそういう流れになったら、俺はどうするんだろう。

 いややっぱり、ないだろうな。


「瑛太、とりあえず綾音には内緒にしといた方がいいぞ」


「綾音に? なんでだ?」


「なんででもだ!」


 昼休みのあいだ中、誠治の表情はずっと不機嫌なままだった。


        ◆◆◆


 21日の夜は、かなり寒くなった。

 日中は少し雪が降ったが、今は止んでいる。


 俺はJR国分寺駅の改札の前で待っていた。

 中央線で三鷹より西へ来るのは初めてだった。

 平日の夕方6時半。

 人通りはかなり多い。


「お待たせ」


 しばらくすると、美桜はやってきた。

 ふわっとしたブラウンのウェーブヘア。

 紺色のロングコートにマフラーを巻いている。

 タレ味気味の、その綺麗な二重まぶたから笑顔を向けられて、俺は少しドキッとした。


「いや、時間より早いだろ」


「そういう瑛太君こそでしょ」

 美桜はまた笑った。


「ところで、それなに?」

 美桜は俺が持っていたケーキボックスを指差して聞いてきた。


「これは手土産。俺のバイト先で出してるケーキ。帰りに持って帰ってくれ」


 俺はここへ来る前、ヴィチーノに寄ってケーキを2つ買った。


「うわー、ありがとう。楽しみ!」


「まあ美味いと思う。味わって食べてくれ」


「うん、そうする。じっくり味わっていただくね」

 

 美桜は首を少し斜めにして、にこやかに笑った。

 俺の心臓が、また少しだけ強く音を鳴らした。

 俺は昔、この笑顔が大好きだったことを思い出した。


「まずはケーキの前に、晩飯だ。連れてってくれ」

 俺はそう言ってごまかした。


「うん、じゃあ行こう。カレーでいい?」


「ああ、任せるよ」


 俺たちは歩きだした。

 カレー屋さんは、5分ほど歩いた所にあるらしい。

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