No.52:化学反応……ですか?


 俺は綾音が一人で来た経緯を説明した。


「そうか。しかし凄い偶然だな」


「ああ、本当にそうだな」


 今度は誠治がテーブルに向かった。

 美女3人組と、言葉を交わしている。


「なんだか面白い取り合わせだね」


 奥から詩織さんが声をかけてきた。

 どうやら俺がテーブル席で綾音の注文を聞くまでの間、誠治と一緒にその様子を見ていたようだ。


「はい、本当に偶然で驚いてます」


「なにか化学反応でも起こると面白いね」


「化学反応……ですか?」


 詩織さんはふふっ、と笑うと、厨房から出来上がった料理を客席へ運んで行った。


 テーブルの上を賑わしている料理を楽しみながら、3人の美女の会話は弾んでいるようだ。

 時折大きな笑い声が聞こえるし、スマホをお互い出し合っているのも見えた。

 おそらく連絡先を交換しているんだろうな。

 来年は先輩後輩同士になる可能性が高いわけだから、今のうちに仲良くなっておくことは良いことなんだろう。


 サービスのドリンクを出し終え、夜の9時前になった。

 テーブルの3人は立ち上がり、帰る準備をし始めた。

 俺は会計に回った。


「すごく楽しかったです」

 明日菜ちゃんは興奮気味にそう言った。


「私も。なんか女の子同士で久しぶりにたくさん喋っちゃった」

 綾音も満足げだ。


「明日菜ちゃん、帰りは大丈夫?」

 時間も遅いし、俺は心配になった。


「はい、エリのお母さんの車で家まで送ってもらいます」


「そっか。それなら大丈夫だね」


「ちょっと! 私の心配はしないわけ?」


「綾音は中野駅からすぐだろ?」


「もう……ちょっとヒドくない?」

 綾音はJK2名に同意を促す。


「綾音さんも、中野まで送りましょうか?」

 エリちゃんが聞いた。


「大丈夫大丈夫。瑛太の言う通り、駅からすぐ近くだから」


「なんだよ、結局大丈夫なんだろ?」


「そうだけど、そうじゃないの!」


 レジの前でひとしきり騒いだ美女3人は、最後はお礼を口にしたあと店を出ていった。


        ◆◆◆


 オステリア・ヴィチーノを出た後、私達は3人でおしゃべりしながら吉祥寺駅まで歩きました。

 綾音さんとは駅でお別れしました。

 私達は今、駅前でエリのお母さんが迎えに来てくれるのを待っています。


「最初びっくりしたよ。エリがいきなり綾音さんに『一緒にどうですか?』とか言うから」


「なんとなくね。でも凄くいい人だったよね。サバサバしててさ、これぞ先輩って感じ」


「本当にそう。いろんな話を聞かせてもらったし。楽しかった」


「それに敵情視察も必要でしょ?」


「敵情視察って……」


 綾音さんは、来年は大学の先輩になります。

 瑛太さんのお友達ですし、今から仲良くしていただいた方がいいでしょう。

 でも、もし綾音さんが瑛太さんのことを好きだとしたら……恋敵になってしまいます。

 

 綾音さんは、とっても綺麗な方です。

 スポーティで、性格もさばけていて、とても魅力的です。

 色白で、それに……胸も大っきかったです。

 セーター越しからでも、はっきりと分かってしまいました。

 やはり北海道は牛乳の成分が違うんでしょうか。

 私では太刀打ちできません。


 あんなに素敵な方ですから、瑛太さんが惹かれても不思議ではありません。

 

「まあ確かに明日菜とはタイプの違う人だよね。でも明日菜には明日菜の魅力があるんだから、いいんじゃない?」


「……いいのかな?」


「いいと思うよ。そのままで」


 まだちょっとモヤっとします。

 でもエリが励ましてくれているのが分かりました。

 私はそれを嬉しく思いました。


        ◆◆◆


「ハアーッッ、顔もスタイルも良くて、それに性格までいいってどういうことよ?」


 JR中央線、上りの車内。

 ウチは周りに聞こえないように、深くため息をついた。


 吉祥寺の遠縁のおばさんの家に行った帰りに、オステリア・ヴィチーノに寄った。

 あそこのカルボナーラは絶品だ。

 サクっと食べて帰ろうとしたところ……テーブルの2人に声をかけられた。


 一緒に食事をして、話をした。

 思いのほか、楽しかった。

 2人とも将来の大学の先輩として、話を聞いてくれる。

 とくに明日菜ちゃんは目をキラキラさせながら、ウチにいろんな質問を投げかけてくる。

 そこには善意しかなく、とても素直でやさしい性格が感じ取れる。

 おそらく家庭環境がいいんだろう。


「男って、ああいう子に弱いんだろうな……」


 ウチにはないものを、明日菜ちゃんはたくさん持っている。

 その事実が、ウチを不安にさせる。


「でも結局決めるのは瑛太だしね。ウジウジ考えても始まらないか」


 背筋を伸ばし、腹筋に力を入れる。

 ウチは夜の中央線の車内で、気合を入れ直した。

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