No.51:プチ修羅場か?


 水曜日の夜7時前。

 俺はバイト先で、少しだけソワソワしていた。

 正確には俺と誠治の2人だが。


「それにしても、今日は客が少ないな」


「ああ。何かスポーツのイベントあったか?」


「ないと思うぞ」


 確かにいつも火曜日と水曜日はお客の入りが悪い。

 それにしても、今日は特に空いている。

 まあ今夜に限っては、それでよかったのだが。


 ドアベルが鳴り、女性客が2人入ってきた。

 予約のお客様だ。


「こんばんは」


「こんばんは、エリちゃん、明日菜ちゃん。外寒くなかった?」


「はい、もうすっごく寒くて」


 誠治が2人を出迎えた。

 2人が今日来ることは、事前に聞いていた。

 先日ランチで来たときにとても気に入ったので、是非夜も行ってみたいと2人で話していたそうだ。

 平日の夜のほうが落ち着けるよ、と教えてあげたら、早速今日の夜予約を入れてきた。


「こんばんは、瑛太さん」


「明日菜ちゃん、こんばんは。いらっしゃい」


 俺はお冷をテーブルの上に置きながら、言葉を交わす。

 モスグリーンのセーターが、明日菜ちゃんの清楚さをよけいに際立たせていた。

 美少女は何を着ても似合うんだな。


「案外空いていて、よかったです」


「いや本当にそうなんだ。今日はたまたまだと思うんだけどね」


 そう言って俺はオーダーを聞いた。

 明日菜ちゃんは、俺のおすすめのシーフードグラタンを注文した。

 それ以外にも、パスタとサラダとピザを注文。

 二人でシェアするにはちょうどいいだろう。


 厨房にオーダーを通した。

 今日は本当に客数が少ない。

 俺も誠治も、自然と入り口のドアが気になってくる。


 カランコロンとドアベルの音。

 俺が先に反応して、客を出迎えた。


「いらっしゃいま……」


「おっ、ちゃんと働いてんじゃん」


 なんと入ってきたのは、綾音だった。

 アーミージャンパーにスリムジーンズというラフなスタイル。

 それでも綾音のプロポーションの良さを目立たせるには、十分だ。


「どうした? ひとりか?」


「うん、吉祥寺の親戚の所にちょっと寄ってきたとこ。ちょっと小腹がすいたから、パスタでも食べていこうかと思って」


「わかった。ご案内するよ」


 しかしまあ……なんという偶然だ。

 明日菜ちゃんたちと、バッティングするとは。


「混んでるんだったら、カウンターとかでもいいよ」


「いや、今日は空いてるから」


 俺は綾音を席へ案内する。

 ホールへ入ると、こちらを向いていた明日菜ちゃんと目があった。

 彼女は驚いて、大きく目を広げた。


 明日菜ちゃんたちのテーブルの前で、綾音も立ち止まる。


「こ、こんばんは」

 先に挨拶をしたのは、明日菜ちゃんだ。


「こ、こんばんは。この間は、なんかゴメンね……」

 コンビニでパニクったことを言っているんだろう。


「いえ、全然、そんな……」


 訝しげな表情のエリちゃんに、明日菜ちゃんは綾音の事を説明する。

 エリちゃんも話は聞いていたようで、あーっと納得の表情だ。


「あなたがエリちゃんなんだね。誠治から話は聞いてるよ」


「こんばんは。松倉エリっていいます」


 エリちゃんは、松倉っていう姓だったんだな。

 忘れてた。


「あの、綾音さん。もしよかったら、一緒にどうですか?」


 そう声をかけたのは、エリちゃんだった。

 明日菜ちゃんは驚きの表情で、エリちゃんの顔を見ている。


「えっ? で、でも……」


「私も明日菜も来年から明青大に行く予定なんですね。特に私は、法学部になるかもしれないんです。それでやっぱり同性の先輩からのお話が聞けたら、嬉しかったりするんですけど……ダメですか?」


 綾音はそれでも逡巡している。


「私もできたらお話を伺いたいです。せっかくの機会ですし」

 明日菜ちゃんも、笑顔でそう言った。


「そっか……じゃあご一緒してもいいかな?」


「はい」「ありがとうございます」


 そして3人での晩餐が始まるようだ。


「あ、瑛太。ウチ、カルボナーラね」

 そう言って綾音は、明日菜ちゃんの隣に座った。


「かしこまりました」


 俺はうやうやしくそう言って、厨房の方へ向かった。


「お、おいっ! あれはどういうことだ? プチ修羅場か?」

 奥から見ていた誠治の驚き方が、尋常じゃなかった。


「修羅場? お、おい誠治、綾音といつの間にそういう仲になったんだ?」

 今度は俺が驚く番だった。


「は? ちげーわ! お前今度マジでぶん殴るからな!」

 

 どうやら違ったらしい。

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