No.29:2人だけの二次会


 会計を済ませて、俺たちは外に出た。


「二次会行く人、こっちねー」


 高田か山下が、そう叫んでいる。

 やべぇ、本当にどっちかわからん。

 あとで誠治に聞かないと。


 あとはさっさと帰るだけだ。

 誠治にひとこと言って帰ろうとすると……


「瑛太君」


 聞き覚えのある、やさしいトーンで俺を呼ぶ声がした。

 俺の心臓が、なぜか跳ねた。


「美桜」


「久しぶり。元気だった?」


「ああ。美桜、須田塾だったんだな。知らなかった」


「うん。わたしは知ってたよ。瑛太君が明青に行ったってこと」


「そうか」


 俺の初カノ。

 ファーストキスの相手。

 勝手にあがる心拍数を、どうやったら止められるのか。


「ねえ、このあと話せないかな。30分、ううん、15分でいい」


 少し眉根を寄せ、懇願するように美桜は言ってきた。


「ん? ああ……美桜は、時間いいのか?」


「まだ8時前だし、大丈夫だよ」

 

 俺は逡巡したが、ここで断るのも変だろう。

 

「誠治おつかれ。俺、美桜とちょっと話してから帰るわ」

 

 俺は幹事の誠治にそう声をかけた。

 ところが……誠治の表情が、わかりやすく不機嫌になった。


「瑛太……お前、大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だ。ありがとな」

 こいつ、やっぱりいいヤツだな。


 俺は美桜と2人で、どこか入れるところを探した。

 ちょうどチェーン店カフェのサンマルコがあった。


「ここでいいか?」


「うん、十分だよ」


 中に入って、カウンターで注文する。


「ホットでいいか?」

 変わってなければ、美桜もコーヒー派だ。


「うん。あ、自分の分は出すからね」


「いいって、これぐらい」

 財布を出す美桜にそう言った。


「え、そう? じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとね」

 美桜はふわりと笑ってそう言った。


 ああ、この表情……。

 昔と変わらないな。

 化粧をしてるせいもあるかもしれないけど……綺麗になった。


 俺たちは店の奥の角の席に、向かい合わせに座った。


「本当に偶然だね」


「ああ、俺も驚いてる。たまたまドタキャンの埋め合わせで、誠治に呼ばれたんだよ。あ、誠治ってのは、あの幹事のヤツね」


「えー、そうだったんだ。わたしも同じで、今日呼ばれたんだよ。しかも初の合コン!」


「そうなのか?」


「うん、合コンて興味なかったんだけど……正直言うとね、相手が明青大の法学部の男の子って聞いて、ひょっとしたら瑛太君のことがわかるかもしれないって思って……」


「……」


 そうだったんだな。

 なんだろ?

 このモヤッとした感じ。


 俺はそんなことを考えながら、ふと美桜の首元に目をやる。

 そして驚いて、目を見張った。


「美桜、そのネックレス……」


「あ、これ? そう、クリスマスに瑛太君からもらったやつだよ。わたしのラッキーアイテム」


 美桜はそう言って、そのシルバーの四ツ葉のクローバーのペンダントヘッドを大事そうに触れた。


「これね、本当に『幸運を呼ぶ四ツ葉のクローバー』なんだよ。須田塾を受験したときにつけていったんだけどね、絶対受からないと思っていたのに見事合格!」


 美桜は楽しそうに続ける。


「でも国立の二次試験のときに、つけ忘れたのね。そしたら、あえなく不合格。おかしいよね?」


「国立の二次って、信州総合大学か?」


「そうそう」


 それなら須田塾の方が、偏差値は高いだろう。


「もっとも須田塾に合格したから、そっちに行く予定だったからいいんだけどね。それに今日も、瑛太君に会えたよ! もう本当にこれのおかげ!」


 テンション高めの美桜に、俺は苦笑する。

 果たしてこれが、ラッキーだったのかどうか……。

 

「今どの辺に住んでるんだ?」


「鷹の台ってわかるかな? 小平市。国分寺から更に乗り換えだよ。大学まで歩いて10分だけど」


「ちょと奥だな」


「でもアパートの家賃とか、安いんだよ。探せば3万円台とかあるからね」


「マジか?」


「うん。あ、でもその値段で、女性の一人暮らし向けで安全な物件は少ないかも……」


「だろうな」


 それから俺たちは近況を語り合った。

 新宿の人の多さに驚いたこと。

 東京の生活は、お金がかかること。

 一人暮らしは、大変なことも多いこと。

 お互いに共感することばかりだ。


「あのね、瑛太君」

 美桜が居住まいを正す。


「わたしね、ずっと謝りたかった」


「美桜……」


「瑛太君のこと、いっぱい傷つけた。本当にごめんね。今更遅いけど」


「別に、今更だろ? 気にすんなよ」


「わたしね、あの時凄く後悔した。本当はね、瑛太君の優しさに甘えていたと思うんだ。本当は離れたくなかったんだと思う。でも……なんであんなこと言っちゃったんだろうって……」


「美桜……心に思っていない言葉は、口からは出てこないんだ。だからあれが、美桜の本心だったんだよ」


「ち、違う!」


「まあ聞いてくれ。美桜を責めてるわけじゃないんだ。美桜にそう思わせた俺も悪いんだよ。美桜がそんなふうに思っていたなんて、俺全然気づかなかった。だから俺のせいでもあるんだ。だから……そんな風に自分を責めないでくれ」


「瑛太君……」


 美桜は瞳に目一杯水をたたえ始めた。


「美桜?」


「ごめん……ここで泣くのは卑怯ひきょうだよね……」


「……卑怯も何も、美桜は最初から悪くないだろ?」


 美桜の目から、水が流れ落ちた。

 幾筋も、彼女の小さな嗚咽と共に。

 それを向かい側の席で、俺は眺めることしかできなかった。

 店内のお客さんの数が少なかったことは幸いだった。

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