No.22:敵前逃亡か?


 俺はホットプレートの蓋を開けた。

 白い湯気がモワッと上がり、ジュウジュウといい音がして食欲をそそる。


「おおっ、美味そうだな」


「だろ? 飛車角の生餃子はウマいんだよ」


「ウチ、お腹すいたー」


 俺は白飯と、シーザーサラダだけを用意した。

 後はひたすら、餃子を喰らうだけだ。


 3人でいただきますを言い終わると、ホットプレート上の餃子を次から次へと取りにかかる。


「あーウマい!」

「白飯が進むな」

「ほんと、美味しい。ウチも今度やってみよ」


 90個の餃子がどんどん数を減らしていく。

 残り30個ぐらいとなったところで、ようやくペースが落ちた。


「でも明日菜ちゃん、だっけ? 本当に可愛かった……」


「ん? まあそうだな」


「彼女が働き始めてから、きっとあのコンビニ、男性客がめっちゃ増えたと思うぜ」


「もうさ、顔もスタイルも完璧だったよ……アイドルグループのセンターかって感じで」


「たしかにそうかもな。俺も話してて緊張するときがあるよ」


「そんな子が、あそこでシャワー浴びたんだよね?」

 綾音が奥の浴室を指差した。


「まあそうだけど……だからあれは不可抗力だったんだって」


「そうじゃなくってさ……本当に何もなかったの?」


「ないない。相手は高校生だぞ」


「そんなこと言ってさー。だってあんなに可愛いんだよ。ウチが男だったら、絶対襲ってるよ」


「男じゃなくても、さっき襲いそうな勢いだったけどな」


「え? そ、そうだったっけ?」

 綾音は目を泳がせる。


「まあでも、本当に何もないんだよ。それに来年になったら、彼女もエリちゃんって子も俺たちの後輩になるわけだろ? その時に変な感じにはなりたくないからな」


「後輩ねぇ……」

 誠治は何か含んだ物言いだ。


「誠治、なにか言いたそうだな?」


「いーや、べっつにー」

 誠治はすました顔でそう言った。


 ペースは落ちたが、90個の餃子は全てなくなった。

 10代の食欲は、やっぱり凄い。

 最後に俺は、食後のコーヒーをいれた。


        ◆◆◆


「はぁーー……あれじゃあ、勝ち目ないよ」


 瑛太がトイレに行っている間、ウチはため息をついた。


「なんだなんだ、敵前逃亡か? 綾音らしくねーな」


「だってあの子見たでしょ? もう妖精みたいな子だったじゃない」


「綾音だって勝負できるものあるだろ? その胸にぶら下げてるデカイものはなんだ? 飾りか? 飾りなのか?」


「もーそういうのいいから。それに胸とか……瑛太、あんまり興味なさそうだし」


「そんなことはないぞ。胸に興味ない10代男子は存在しない!」


 誠治は変な断言をした。

 ちなみに誠治は、ウチの気持ちを知っている。

 どうやらウチはわかりやすいらしい。

 でもわかってほしい人に伝わらなかったら、意味がないんだけど……。


「どうせ誠治だって、あの子の味方なんでしょ?」


「いーや。俺はどっちの味方でもない。逆に言うと、綾音の味方もできないぞ」


「そうなの?」


「オレは瑛太の味方、ってだけ。アイツ高校のときの彼女のことが、いまだにトラウマなんだよ。だから瑛太には、いい恋をしてほしいんだ」


「そうなんだ……」


「ああ。瑛太、めっちゃいいヤツじゃん? オレ、あんないいヤツに今まで出会ったことなかったんだ。優しいし面倒見いいし、利他的りたてきだろ? オレとは正反対なんだよ」


「なんだ、わかってんじゃん」


「少しは否定しろよ。まあだから、なんだ……綾音もがんばれって」


「うーん……でもさ、告って失敗して、変なふうになるのがウチは一番嫌なんだよね」


「あー、まあそれはわかる。でも瑛太はそんな感じじゃないだろ? ちゃんと友達でいられると思うぞ。ていうか、友達でいられなくなるのは綾音の方なんじゃないのか?」


「……」


「図星か。まあわからんでもないけどな」


「……だからさ、ちょっと時間をかけてじっくり行きたいなぁって思ってる。時間かければさぁ、いけそうかダメそうか見極められるときがあると思うんだ」


「さっきも言ってたけど、明日菜ちゃんは来年俺たちの後輩になるわけだろ? でも後輩になる前に、瑛太の恋人になってる可能性だってあるんだぜ」


「えーっ、そんなのイヤ!」


「イヤって言ったって、そうなるときはなるんだよ。だから綾音もじっくりというより、タイミングを見たらどうだ? 後悔するよりは、その方がいいだろ?」


「そ、そっか……そうかもしれないね」


 ウチが小さくため息をつくのと同時に、トイレのドアが開いて瑛太が戻ってきた。

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