No.19:誰と行ったんですか?
翌日の夕方。
「お好み焼きの準備をしておけばよかったね。忘れてたよ」
俺はキッチン横の椅子に座って、ニコニコ顔の明日菜ちゃんにそう言った。
「あっ、でも今日は家で夕食を食べるって言ってありますから。それに……」
視線をすこし下げて、ちょっと恥ずかしげな表情をする。
「また今度お邪魔する口実は、とっておきたいです……」
上目遣いでそう言った。
可愛い……。
それに今日の彼女の格好が、俺のHPをえぐりにかかってくる。
ライトブラウンの半袖ニット。
体にピタッとする薄手のセーターだ。
その上に白のパーカーを着ていたが、部屋の中では脱いでいる。
こうした体にフィットした服を着ると、スタイルの良さが際立つ。
ウエストは本当に細いし、くっきりと形のわかる大きめの胸元が、さっきから気になって仕方ない。
そして下は紺色チェックのプリーツミニスカート。
その下から覗かせる、真っ白な生足は今日も眩しい。
おまけに今日は、うっすらとメイクまでしている。
ティーン雑誌の中から抜け出してきたような美少女だ。
俺はロールケーキを2切れスライスして、プレートに一つずつのせた。
ロールケーキはふわふわで、潰さないように切るのに苦労した。
俺は自分用のコーヒーと、明日菜ちゃんには紅茶をいれた。
紅茶は実家から送ってきた、見た目が怪しげな包装紙に包まれていた茶葉をティーポットに入れてお湯を注いだ。
実家の近所の人が、インドに行った時のお土産にくれたらしい。
英語でアッサムティーと書いてあった。
「おいしそうだね。それじゃあいただこうか」
「はい!」
二人いただきます、と言ったあと、俺はロールケーキを口に運ぶ。
「うまい!」
「本当ですか? よかったです」
俺は思わず声が出てしまった。
スポンジもふわふわで、柔らかい。
メレンゲのたて方とか、焼く時の温度とか色々と苦労したはずだ。
しかも中のクリームが、甘さも硬さもちょうどいい。
「これ、俺のバイト先でも売れるよ」
「それはちょっと褒めすぎです」
明日菜ちゃんは、少し照れながらそう言った。
「昨日もさ、チーズケーキを食べたんだよ。でも俺の舌が明日菜ちゃんのチーズケーキを覚えていて、一口食べたら『美味しくないな』って思っちゃって」
「えっ、昨日もケーキだったんですか? 二日続いちゃいましたね」
「ああ。昨日、スイーツ天国に行ってきたんだよ」
「えーっ? いいなぁ……あ、でも瑛太さん、誰と行ったんですか?」
明日菜ちゃんの視線が、訝しげに変わる。
「ん? 友達とだよ」
「女の子……きっと、いましたよね?」
「ああ」
「ひょっとして、ふっ、二人で、ですか?」
なんで俺、浮気を疑われる彼氏みたいになってんの?
「よ、よく分かったね。綾音っていう友達と行ったんだ。無料チケットをお父さんから貰ったらしくてさ」
「綾音さんって、この間瑛太さんが言ってたお友達ですよね。たしか中野の広いマンションに住んでるって」
「よく覚えてるなぁ」
「はい。誠治さんと3人でよく遊んでるって、あのとき瑛太さん言ってましたから。なんだか羨ましいなぁって、その時思ったんです」
「そっか」
「私もスイーツ天国、瑛太さんと行きたいです……」
明日菜ちゃんは、少しシュンとした表情で呟いた。
俺は返答に困ってしまった。
「天国じゃなくて、こんなアパートだけど……俺、いま明日菜ちゃんとスイーツ食べてるよ?」
「えっ?……あ、はい。ふふっ、そうでしたね。それも二人だけでした」
明日菜ちゃんは、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
耳の先がピンク色だ。
とりあえず機嫌を直してくれてよかった。
ロールケーキを食べながら喋っていたら、夕食前の時間になってしまった。
外はもう暗くなってしまったので、俺はまた明日菜ちゃんを家まで送ることにした。
「今度はお好み焼きですね」
夜の道は歩きながら、明日菜ちゃんは楽しそうに聞いてきた。
「ん? ああ、そうだね」
「忘れないで下さいね。それに、その時私も何か持って来ますから」
お好み焼きを、随分楽しみにしているようだった。
話をしているうちに、彼女の家に着いた。
確かに建物自体は古いかもしれないが、3階建ての大きな家だ。
1階の玄関横がガレージになっている。
洒落た木製のガレージシャッターで中は見えないけど、2台分入るんじゃないか?
そういえばお父さんが、貿易会社の社長さんだって言ってたな。
「送っていただいて、ありがとうございました。またLimeしますね」
「ああ、それじゃあまたね」
俺は彼女が家に入るのを確認してから、背中を向けた。
少し走って、カロリーを消費したほうがいいかな……。
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