No.18:彼女いない歴、どれくらい?


「そう? だったらいいけど。ところでさぁ……」


 なんだか綾音が言いよどんでいる。


「瑛太って……彼女いない歴、どれくらい?」


「なんだよ急に」


「い、いいじゃん。そういう話、あんまりしないから」


「だいぶ前に、そんなような話、しただろ?」


「ウソ! 聞いてないよ」


「あれ、綾音いなかったか? ああ、あの時は誠治だけだったか」

 俺は記憶をたどって、誠治が俺のアパートに来た時にそんな話をしたことを思い出した。


「えーと……1年半くらいか」


「へぇー、ウチと同じぐらいじゃん」


「そうなのか?」


「うん。なんで別れちゃったの?」


「振られた」


「え? そ、そうなんだ」


「高2の秋からその子と付き合い始めたんだけどな。いっぱいデートしていろんなところ遊びに行って。俺、その彼女のことすっごい好きだったんだけど、3年の春に友達に戻れないかって言われて……」


「うわー……キツイね」


「そうなんだ。俺その時、友達に戻るっていうのがすっごくツラくてな。だから距離をとったんだよ。彼女はLimeとかで連絡をしてくるんだけど、いろいろと逃げ回ってた」


「そうなんだ」


「だからちょっと後悔してる。友達でいられなかったのかなぁとか、もう少しやり方があったんじゃないかなとか」

 

「それは仕方ないよ。でもその彼女、なんで友達に戻りたかったんだろ?」


「うーん、そこが俺もいまだに謎なんだよ。まあ受験も一つの理由かもしれないしな」


「あー……そういうことも、あるかもしれないね。ねえ、その子はまだ長野にいるの?」


「いや、わからない。東京の大学に受かったって話も聞いたけど、地元の国立も受けるって聞いてたから……最終的に、今どこにいるのかはわからないな。まあ地元の友だちに聞けばわかるけど」


「興味ないの?」


「いや、あえて興味を持たないようにしていたんだよ。ツラかったからな」


「あーそういう……瑛太、相当好きだったんだね。その子のこと」


「もういいだろ、俺のことは」

 俺は苦笑するしかない。


「そういう綾音は、なんで別れたんだ?」

 反撃させてもらおう。


「ああ、彼の浮気」


「そうなのか? 綾音を彼女にして、さらに浮気をしていたと」


「そう。うーん……やっぱりさ、男の子って最後は体を求めてくるじゃん? でもウチはその彼とはなんだか抵抗あってさ。ていうか、ウチだって未だそういう経験ないんだけど……って、そ、それは置いといて」

 綾音は少しあわあわした。


「そしたらその彼、他の高校の子とも付き合いだしてね。その子とエッチなことしてたみたい」

 

「そんなの、よく分かったな」


「その女の子とイチャつきながら歩いているところを、友達が目撃したんだ。それで問い詰めたら、簡単にゲロったよ」


「ふーん……それは大変だったな」


「まあいい勉強だったって、思うしかないよね」


「お互いうまくいかないな」


「本当にそうだね」

  

 俺たちは苦いコーヒーで、そんなお互いの苦い話を飲み込んだ。


        ◆◆◆


「それじゃあ、また明日ね」


「おう、また明日な。今日はごちそうさま」


 JR中央線の中野駅で、綾音は電車を降りていった。

 時間はまだ9時前だし、綾音のマンションは駅から近い。

 よっぽどのことがない限り、俺達は綾音を自宅まで送っていくことはない。


 西荻窪まであと10分弱。

 阿佐ヶ谷を過ぎたところで、スマホが震えた。

 Limeのメッセージだ。


 明日菜:こんばんは。今日ロールケーキを作ったんです。上手くできたので、また持って行きたいのですが……明日の夕方は、ご都合いかがですか?


 ケーキが続くな……運動しないと、糖尿病にでもなりそうだ。

 俺は心のなかで呟く。


 あれから明日菜ちゃんとは、たびたびLimeをするようになった。

 彼女から食べ物の写真を送ってくるのが大半なのだが。

 やっぱり料理やお菓子作りが好きみたいだ。


 瑛太:ありがとう。でもいいのかな? どこかで待ち合わせにしようか?


 明日もバイトは入っていない。

 ただ……二人っきりでアパートで会うというのは、どうなのだろうか。

 綾音もこのあいだ、いろいろ言ってたしな。

 それに明日菜ちゃんだって、どう思っているのか……。


 明日菜:できればお部屋に持っていきたいです。ご迷惑でしょうか?


 いや、迷惑じゃないけど……。

 

 瑛太:わかった。じゃあまた明日の5時でいいかな?


 そう返すと、また「よろしくお願いします」と頭を下げるクマのスタンプが帰ってきた。

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