No.17:スイーツ天国


「どうしたんだ? このチケット」


 目の前に置かれた2枚のチケットを見て、俺は綾音に聞いた。


「これ、お父さんが送ってきたんだ。取引先から貰ったって。よかったら一緒に行こうよ。瑛太、甘いもの好きでしょ?」


 そのチケットは、「スイーツ天国」の無料券だった。

 スイーツ天国は、一言でいえばケーキバイキングのお店。

 手頃な価格でケーキだけでなくパスタやカレーもあるので、男性でも十分満足できる。


 ただピンク色主体の店舗や女性向きの内装から、男だけではなかなか入りにくい。

 俺は以前から興味はあったが、一度も入ったことがなかった。


 甘い物好きの俺にとっては、とても魅力的なお誘いだ。

 ただ……。


「チケットが2枚ということは、俺と綾音の2人だけってこと?」


「うん、そうだよ」

 綾音は、こともなげに言う。


「え、なに? もしかして女の子として意識してくれちゃってんの? デートみたい、だとか?」

 綾音がニヤニヤしながら、からかい気味に言ってきた。


「そりゃするだろ。綾音可愛いし、スタイルいいし」


「ファッッ」


「性格だって皆にやさしいし。だから俺と2人だけで行くとなると、嫉妬に狂う男たちが出てくるぞ。それでもいいのか?」


「へ? う、うん、ウチは平気だけど……そんなふうに思ってくれてたんだ……」


「なんだって?」

 綾音の顔が紅潮している。


「ううん、なんでもないよ。じゃあ時間決めないとね」


 せっかくなので、明日の夜に行くことになった。

 やった、これで1食浮かせることができるぞ。


        ◆◆◆

 

 翌日の夜。

 俺と綾音は、新宿のスイーツ天国に来ていた。


「しかし絵に書いたように、女性客ばかりだな」

 俺は最初に取ってきたカレーを食べながらそう言った。


「まあそうだよね。男性だけじゃ来づらいし」

 綾音は明太子のクリームパスタを頬張っている。


 時間が早いせいもあり、スイーツ天国はそれほど混んでいなかった。

 店内は大半が女性客だ。

 カップルは俺たち以外に2組いる。

 いや、俺達はカップルではないが。


「美味しいし、いいんだけど……よく考えたら、ほとんど糖分と炭水化物だよね」

 綾音が身も蓋もないことを言う。


「あんまり大きな声で言わない方がいいぞ。他の女性客が気分を害するだろうからな」


「やっぱりさ、こういうところで『んー、おいしー』とか言う女の子の方が、可愛いのかな?」


「そんなこと言わなくたって、綾音は可愛いだろ」


「……もうヤダ……」


「どうした?」

 

「なんでもない!」

 なぜか綾音がキレ気味だ。


 俺たちは食後のデザートを取りに行った。

 俺はプレートにシフォンケーキとアイスクリームを乗せ、その横にベイクドチーズケーキを置いた。

 もう片手にコーヒーを持って、テーブルに戻る。


 シフォンケーキとアイスのコンビネーションは、俺の中ではベストマッチだ。

 しかもここのアイスは、アメリカの有名なアイスメーカーのヤツだ。

 俺はしばし堪能する。


 コーヒーで口の中をリフレッシュした後、チーズケーキに取り掛かる。

 フォークで取って、口に入れた瞬間……


「あれ?」

 俺は声を上げていた。


「どうしたの?」


「ん? あ、いや、なんでもない」

 俺はそう取り繕う。


 チーズケーキなんて、そんなに当たり外れがあるもんじゃない。

 しかし俺が口に入れた瞬間思ったのは、「美味しくないな」という感想だった。


 なんでだ?

 

 ……そうか、あれだ。

 あのチーズケーキが絶品だったからだ。

 明日菜ちゃんが持ってきてくれたチーズケーキ。

 ラムを少しきかせて、深みのある味……


 俺の向かいで、一緒にケーキを食べていた明日菜ちゃんを思い出す。

 すっぴんとは思えない白い肌。

 二重まぶたの愛らしい目元。

 恥ずかしがって頬を紅潮させて、下を向いてしまった彼女。

 それから……


「瑛太?」


「ん?」


「どうしたの? ぼーっとして」


「い、いや、何でもない」

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