No.16:お互い地方出身者
「これって北海道ボンバーズのボールペンだよね? もしかして北海道出身?」
講義中なのに、彼はそれをウチに手渡しながらそう言った。
澄んだ奥二重の目をクシャッと崩して、優しい声で。
その瞳、その声、そのあたたかい雰囲気が、他の男の子とは違うって感じたのは、多分ウチがチョロいからかもしれない。
「え? う、うん。そうだけど」
それでもウチは少し警戒していた。
ちなみに北海道ボンバーズは、ウチが大ファンの地元で唯一のプロ野球チームだ。
「今年ドラフト5位で入った、東條って知ってる?」
「えーっと……確か長野畜産大付属の?」
「そうそう! あいつね、俺の中学の同級生」
「えーそうなんだー」
大教室の後ろで、初めて瑛太と話した。
お互い地方出身者。
ウチは瑛太に、同じ匂いを感じた。
授業が終わると、瑛太は「それじゃあね」って言って出て行こうとした。
もうウチには全く興味がないみたいに。
ひょっとしたら、Limeとか聞かれるかもしれない……そんな警戒と期待は、あっさり覆された。
ウチは慌ててその背中を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「えーっと、その……そうだ、その東條君の話、もうちょっと聞きたいな」
「え? う、うん……でも実はそんなに親しくもなかったんだよ」
瑛太は正直だった。
たったこれだけのことでも、キュンとしてしまう。
他の男の子たちは、ここからどんどん話を広げてくるのに。
「ねえ、学食行く?」
お昼だし、いっしょにご飯でも食べられたらいいな。
「俺は友達と学食で待ち合わせしてるんだけど……一緒に来る?」
瑛太はちょっと逡巡して、そう言ってくれた。
「うん、行きたい! ありがと」
それが瑛太と誠治と3人でつるむようになったきっかけだった。
誠治は女子たちの間では、ちょっと人気があった。
身長も高く、イケメンで優しい。
ただその優しさがあざとくて、鼻につく。
「俺って優しいよね?」っていうのを、全面に出してくる。
かなりのナルシストだ。
おまけにどうやら、女癖もよくないらしい。
逆に瑛太のやさしさは、とても心地よい。
ウチが学食に入って来るのがわかると、さりげなく自分が動いて席を空けてくれたりとか。
重い荷物を持っていたら、スッと手を貸してくれたりとか。
夏場に汗だくで学食に入っていったウチを見て、「俺、喉乾いた。綾音も何か飲む?」ってジュースを奢ってくれたり。
やさしさが押し付けがましくないんだ。
瑛太のそんなところに、ウチはすっかりやられてしまっていた。
彼女がいる気配もない。
瑛太のそんなやさしさを知ってるのは、ウチだけだ。
理由もない優越感に、ウチは勝手に浸っていた。
だからこんな事になってしまったんだ。
「はぁーー……でもなぁ……」
瑛太との仲を、もう少し詰めたい。
できれば恋人同士になりたい。
でもそれ以上に……気まずい関係にはなりたくない。
今の関係だって、すごく気に入っている。
瑛太と誠治の3人でいる時は、バリアも何もなく自然体の自分でいられる。
おそらく瑛太もそうだろう。
このバランスを壊してしまうのは……ウチは想像したくなかった。
「とりあえず、少しずつだよね……」
少しずつ関係を深めていこう。
友達から、少しだけ進歩した友達へ。
そのなかで、徐々に意識してもらうのがいい。
策を巡らすウチの頭の上に、豆電球が光った。
そうだ、ちょうどいいアイテムがあるじゃない。
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