No.15:油断してたなぁ……


「ちょ、ちょっと待って! なんでいきなりそんな展開になってんの!?」


 俺の目の前で綾音は立ち上がり、大声でそう言った。


 明青大学のお昼時の学食。

 俺たちのまわりには、他の学生たちも大勢いる。

 当然綾音は、彼らの注目を一身に浴びることになった。


「お、落ち着け、綾音。どうしたんだ? そんなに興奮することじゃないだろ?」


「えっ? あ、うん。そうだよね……」

 少し暗い顔で、綾音はその場に座る。


 俺たちはいつものように3人で学食に集まり、昼食をとっていた。

 俺は昨日の顛末てんまつを、かいつまんで話した。

 そして話し終えた瞬間、いきなり綾音が立ち上がったのだ。 


 それを隣で見ていた誠治が「さあ面白くなってきた」と呟いていたが……。


「瑛太、いちおう確認なんだけど……その美少女、明日菜ちゃんだっけ? 昨日瑛太のアパートにケーキを持ってきたんだよね?」

 綾音は俺に聞いてくる。


「ああ。チーズケーキな」


「何でもいいわよ。それであの大雨が降って、その子はびしょ濡れになっちゃった、と」


「ああ、そうだ」


「それで瑛太は、その子を部屋の中に入れて、シャワーを浴びさせた」


「あってるな」


「なんでよ!」


「なんでって……」


「お、女の子に、そんなことしちゃダメでしょ? 彼女でもないのに!」


「いや、でもだな。あのままだったら、彼女確実に風邪を引いていたぞ」


「そうだけど! そうなんだけど! ケーキだけ受け取って、急いで帰りなさいっていう選択肢はなかったの!?」


「お前、鬼畜か?」


 綾音はなんでこんなに不機嫌なんだ?

 いつもは誰にでもやさしいのに……ちょっと驚きだ。


「ウチだって、瑛太のアパート行ったことないのに……」


「なんだって?」


「はぁ……なんでもないわよ」


 綾音はそう言って、プラスチックの湯呑からお茶を一口飲んだ。


「ウチ、次の授業があるから行くね」


 そういって綾音は自分が食べた昼食のトレーを持って、さっさと行ってしまった。

 次の授業には、まだ時間的に早いはずなんだが……。


「本当にどうしたんだ? いつもの綾音らしくないな」


「やべぇ、コイツ殴りてえ」


「なんだって?」


「なんでもねえよ。まあ頑張れ!」


 誠治もそう言うとトレーを持って立ち上がり、俺の肩をポンっと叩いて行ってしまった。


        ◆◆◆


「はぁーーっ、もう……油断してたなぁ……」


 ウチは次の授業の大教室に早めにきて、大きなため息をついていた。


 

 自分でもチョロいなぁって思う。

 でも人を好きになる瞬間なんて、誰も制御できないよね。

 

 正直、高校のときからウチは結構モテた。

 容姿もそうだし、このムダに重たい胸元も男の子からすると魅力的らしい。


 大学に入ってからも、いろんな男の子から声をかけられた。

 表向きは、男女問わず皆と親しげに接している。

 でも……大半の男の子から、変な下心を感じてしまう。

 

 未成年なのに無理やりお酒を飲まそうとしたり。

 二人っきりになるように誘い出そうとしたり。

 ウチはそれが嫌だった。

 好きな男の子だったら、別だったのかもしれないけど。


 でも瑛太は違った。

 そういえば……ちょうどこの教室だったっけ。


 表向きは社交的に見せていたウチは、心の中では薄いバリアを張っていた。

 この大教室でも、一人で座っていた。

 真面目に講義を聞いていたウチは、ペンケースから消しゴムを取ろうとして、ボールペン落としてしまった。


 席を一つ空けた隣の男の子が、それを拾ってくれた。

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