No.14:雨降って地固まる、です


「ドライヤーをお借りしました。全部着られます」

 明日菜ちゃんは、ニッコリと笑った。


「ただ……ブラウスが綿なので、どうしてもシワくちゃで……あの、このスウェットだけお借りできませんか?」


 明日菜ちゃんは、くしゃくしゃにシワが寄った白いブラウスを手に持って聞いてきた。


「貸して。アイロンかけるよ」


「えっ? で、でも……」


「大丈夫。俺、結構アイロンかけるの上手いから」


 そう言って半ば強引にブラウスを手にとった。


 少し湿っていてちょうどいい。

 あて布をして、少しスチームを出しながらアイロンをかけていく。


「お上手ですね。私よりずっと上手です」


「案外適当だよ……よし、これでいいかな。はい、ちょっと着てみて」


「はい、ありがとうございます!」


 ブラウスを手にとった明日菜ちゃんは、再び脱衣所へ入っていった。

 しばらくして、着替えを終えた明日菜ちゃんが出てきた。


 そこには妖精が立っていた。


 ミニの下にのぞかせる、綺麗な生足。

 ブラウスは思ったよりタイト目で、胸元のリボンが可愛い。 

 スウェットの時はわからなかったが、ウエストが細いせいもあって形の良い胸の主張が目立つ。

 それに加えて、この整った顔立ち……


「へ、変ですか?」


 俺の視線を感じたんだろう。

 明日菜ちゃんは手を後ろに組んで、前にかがんだまま体をすこし捩じる。

 恥ずかしいのか、膝を内股にしたままモジモジしている。


「あ、いや、ごめん……なんだか直視できない……」


「えっ?」


「かえっていろいろ食べたあとでよかったよ。その格好のままだったら、俺、味がわからなかったかも」 


「もぅ……瑛太さん、ズルいです……」

 明日菜ちゃんの顔が、またピンク色に染まった。


「そろそろ良い時間だよ。夕食の時間だし、ご両親も心配してるんじゃないかな?」

 俺はとりあえず話題を変えたかった。


「え? あ、本当ですね。じゃあ……帰りますね」

 明日菜ちゃんの表情が、少し暗くなった。


「外はもう暗くなってるから、できたら送っていきたいんだけど」


「え? でも、ご迷惑では……」


「全然だよ。ひとりで返すほうが、逆に心配だし。自宅までじゃなくて、近くのコンビニまででもいいしね」

 自宅を知られたくないかもしれないしな。


「えーっと……じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」


「OK。じゃあ行こうか」


 俺たちは、外に出る準備をした。


        ◆◆◆


 よかった!

 嬉しいです!

 瑛太さん、彼女いないって言ってました!

 文字通り、雨降って地固まる、です。


 チーズケーキ、美味しいって言ってくれました。

 瑛太さんのミネストローネも、とっても美味しかった。

 それに……私のこと、可愛いって言ってくれました。

 ノーメイクだったのに……。

 案外瑛太さん、天然タラシなのかもしれません。


 今、瑛太さんにお家まで送ってもらってます。

 私はもう幸せ気分で、スキップでもしたいくらいです。


「大学の学部は、もう決めてるの?」

 歩きながら瑛太さんは聞いてきました。


「まだなんですけど、政経がいいかなって思ってます」


「おー、凄いな。明日菜ちゃん、頭いいんだね」


 ちなみに政治経済学部は、明青大の文系で一番偏差値が高い学部です。


「でも瑛太さんが法学部だから、法学部も興味あります」


「なにそれ? ダメだよ、ちゃんと自分で決めないと」


 私の本音は瑛太さんの笑いとともに、あっさり却下されちゃいました。


「父親が貿易会社をやっているんですね。母親も経理を少し手伝っていて、将来的に私もなにかできればと思っているんですけど……そうすると、経済とか商学部とかの方がいいのかな、とか思ったりもしてます」 


「そうなんだね。因みに兄弟姉妹はいるの?」


「はい、妹がひとり。中3なんですけど、明青付属中学なんです。だから来年は私と同じようにエスカレーターですね」


「なるほど、そういうことか」


「実はうちの両親が、2人とも明青のOBとOGなんですよ」


「え? そうなの?」


「はい。だから私も妹も、中学から明青コースなんです」


 たわいもない話をしながら歩いていたら、あっというまに家に着いてしまいました。

 スマホの時間を確認すると、20分以上は歩いたはずなのに。

 体感的には5分くらいでした。


「立派なお宅だね」


「建物自体は古いんですよ。中はリノベーションしてますけど。でも3階建てですから、家族4人には十分ですね」


「そっか。それじゃあまたね」


「はい、今日は楽しかったです。また連絡してもいいですか?」


「ああ、もちろん」


「お好み焼き、食べにいきますね?」


「え? ああ、そうだったね」


「もう……忘れちゃったんですか?」


「覚えてる覚えてる。大丈夫だよ」


「じゃあ失礼します。送っていただいて、ありがとうございました」


 私は門扉をあけて中に入りました。

 家のドアを締める時、瑛太さんに小さく手を振りました。

 瑛太さんも、あの笑顔で手を振り返してくれました。

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