No.10:うそだろ?


 俺はずいぶんと浮かれていた。

 授業が終わり、早足で駅に向かい中央線に乗り込む。

 この分だと、4時半頃にはアパートに着く。

 準備する時間も十分だ。


 10月の初めだというのに、まだまだ暑い。

 今日の最高気温も32度。

 地球が沸騰している。


 キャンパスを出たときには、天気はしっかり晴れていた。

 ところが西荻窪に着いたとき、少し雲行きが怪しい感じがした。


「降らないといいけどな」


 俺は家路を急ぐ。

 もしかしたら、明日菜ちゃんが部屋に上がるかもしれない。

 そう考えたら、少しでも綺麗にしておきたかった。


 アパートに着いたのが、4時半ちょうど。

 よかった、散らかってない。

 

 一応飲み物を用意しないとな。

 冷蔵庫にはりんごジュースしかないけど。

 あたたかい飲み物のほうがいいか?


 そんなことを考えながら、ふと窓から外に目をやる。

 あれ?どんより曇ってるぞ。

 さっきまであんなに晴れていたのにな……。


 そう思った瞬間。


 ドゴォォォォーーン!!!


 稲光と同時に、すさまじい雷鳴。

 そして雨が降り出した。


 その雨の勢いが、えげつない。

 30秒後には、バケツを引っくり返したような雨。

 ゲリラ豪雨だ。

 窓から50メートル先が、雨でよく見えない。


 俺は急いでスマホを手に取る。


 瑛太:もの凄い雨だから、来なくても大丈夫だよ。


 メッセージを送ったが、既読がつかない。

 

 ちょっと待て。

 歩いて来るって言ってたよな?

 もう家を出ている可能性が高いのか?


 俺は焦った。

 傘をさしているにしたって、これじゃあかなり濡れてしまうだろう。

 横風だって強い。

 それに雷も心配だ。


 俺は傘を2本手に取って、ドアを開けた。

 雨が凄すぎて、まわりの音がよく聞こえないほどだ。

 できれば迎えに行ってやりたい。

 でも、そこで気がついた。


「明日菜ちゃんの家って、どこなんだ?」


 彼女がどこからどういうルートで来るのかわからない。

 俺が探しに行ったら、入れ違いになってしまう可能性もある。


「結局待つしかないのかよ……」


 俺は傘を持ったまま、ドアの外で立ち尽くした。


        ◆◆◆


 俺はスマホ片手に、ドアの外で待ち続けた。

 雨はさらに強くなっていた。

 雨音が大きすぎて、周りの音が殆ど聞こえないぐらい。

 俺がいままで体験したことがないようなゲリラ豪雨だ。

 

 Limeは相変わらず既読がつかない。


 10分ほど経っただろうか。

 どしゃぶりの雨の中、アパート前面道路の左手から黒髪の女の子が走ってきた。

 胸元に大事そうに何かを抱えて……傘もささずに。


「うそだろ?」


 俺は傘を持ったまま、アパートの階段をダッシュで駆け下りる。

 明日菜ちゃんじゃないかもしれない。

 でもそんなことは関係なかった。


 彼女は階段から降りてくる俺を見上げた。

 びしょ濡れの明日菜ちゃんだった。

 

 この雨のなか、傘なしで来たのか?

 ほとんど自殺行為だぞ。


 その濡れ方がハンパない。

 罰ゲームでプールの中に落とされたのか? というレベル。

 白のブラウスは体に張り付いて、キャミもブラも透けてしまっている。


「明日菜ちゃん!」


 俺は自分がさしている傘を、彼女の方に傾けた。


「ご、ごめんなさい! 天気予報、見てなくて……」

 明日菜ちゃんは、もう半泣きだった。


「こ、これ、よかったら食べて下さい。それじゃあ!」


 明日菜ちゃんは大事そうに持っていた袋を俺に押し付けて、そのまま帰ろうとする。


「ちょっと待って! そのまま帰ったら風邪引くよ。雷だって危ない。とにかく上がって」


「で、でも、ご迷惑では……」


「迷惑なわけないよ。とにかく早く」


 俺は躊躇する明日菜ちゃんを、半ば強引に部屋へ引き入れた。

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