第4話 虚無との対峙
「おい、サトシ・・・どうして、さっきは・・・」
「&%&$#&%&といる」
サトシは、AZの言葉を遮ったが、彼の言葉は聞き取れなかった。
「何?なんて?」
「!”#”$といる」
「しっかりしろ!」
「ハァハァ・・・すまん・・・」
「なんて言ってたんだ?」
「ハァ・・・あの女といる」
「あの女って?」
「カオリといる・・・ビネガーはカオリと同棲している」
「なんだって!?」
解散の時、確認した。
「あの女とは当然わかれたんだよな」
ビネガーはうつ向いたまま答えた。
「ああ、もう縁を切った・・・」
「本当だな?」
AZが念を押す。
「本当だ。もう連絡を取ってないし、向こうからも来ない」
それから、AZからビネガーへの連絡も出来なくなった。
「俺たちに嘘をついてたのか!あのバカ野郎!お前も早く俺に連絡しろ!」
サトシだけは、ビネガーとずっと連絡を取り合っていたのだ。
「#$$%&ごめん。だけど、、、でも、おれ、おれ、、、なんか、、、ビネガーが”$#$$」
「もういいから、あいつの居場所を教えろ!」
「俺のマンションの隣のアパートに住んでる」
「ああ、めんどくせぇ!また戻るのかよ!」
AZは、駆け足で、来た道を戻っていった。
解散の時、ビネガーを励ました。
「そう落ち込むなビネガー。大丈夫だ。また皆で音楽できる日が来るさ」
ビネガーは、顔を上げなかった。
また、サトシのマンション近くに来た時、あたりはもう薄暗いなっていた。
隣の小さなアパートの前に立つAZ。
「何しに来たの!」
振り返ったAZの後ろには、見覚えのある女性、、、ついに現れた、、、カオリである。
「ビネガーをいじめに来たの!?」
くっきりした瞳で、AZを睨みつけるカオリ。
カオリは、藍子に迷惑行為を繰り返し、苦しめた張本人。すべての原因、元凶は間違いなくビネガーであるが、同様に罪深い人物であることに違いない。
本来なら睨みつけるべき相手を、AZは目を大きく見開き、拍子抜けしたような表情で見ていた。なぜそんな反応をしてしまったのか、AZ本人が一番不思議だった。
「もうビネガーにかかわらないでくれない?」
(なんでお前にそんなことをいわれなきゃならないんだ!)
「ビネガーは私がいればいいの。もうあんたたちになんか興味ないの」
(お前が決めるな!)
「ビネガーもウザがってるよ」
(そんなわけないだろ!バカ女!)
AZの反論の言葉は、頭を横切るだけで、口には出ない。
「ホントあんたキモイんだけど!」
言いたい放題言われ、何も反論できない。AZは温厚だが、消してものおじするようなタイプでない。言うときは言う男だ。しかし、唇が、声帯が動かない。その部分だけ、麻痺してしまっているような感覚。
「そんなデブな見た目でよく人前に出られるわね!」
罵詈雑言、誹謗中傷の嵐のなかで、AZは黙ったまま、ただカオリを見つめるのみ。
(なんだ?)
「お前は、何なんだ?」
AZにやっと言葉が戻った。
言葉が”出た”ことによって、今まで”出なかった”理由が分かった。脳が選定した言葉と、感情が同期していなかったのだ。普通は感情が脳を駆り立て、脳の論理回路が、感情とマッチした言葉を選定する。しかし、先ほどまでのAZは、感情より先に、脳が正解と考える言葉を先に選定し、感情を置き去りにしていた。なぜか、脳が選定したのは怒りの言葉。それは、至極真っ当な結論。そうなるべき結論。カオリの言葉に、AZが怒りを感じることなど、明白、必然。
しかし、(彼の自らの脳ですら予想できなかったが)彼は、怒りどころか、カオリに対して、何の感情も抱かなかったのだ。彼女の自分勝手で、倫理のかけらのない暴言は、何一つAZに届かなかった。
なぜか。
それも、道理は同じ。カオリの言葉には、感情が感じられないのだ。だから、AZは、彼女の言葉に何の感情も抱かなかったのだ。
矛盾。この子はなぜ、何の感情のない言葉をこれほど感情的に口にすることができるのだろうか。
AZの結論は一つだった。
(この子は、無だ・・・)
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