第15話 eスポーツ大会

「瀬崎君。君、ゲームとか結構詳しいよね?ちょっとこれ、出向してもらっていいかな?」


「えっと、とりあえず何のことでしょう・・??」


 いつも通りの仕事をしていると、いきなり部長が来てこう、のたまわれた。

うん、何のことだかわかりません。


「ああ、いきなりだったね。今度、eスポーツの大会が企画されていることは聞いているだろう?」


「eスポーツですか?・・・すいません。うちの会社でそんなのが企画されているだなんて、認識不足でした」


頭を下げる。部長は一瞬、訝し気な表情になるが、すぐに気づいたように告げる。


「あ、これは直接うちじゃなくて、JINNAIの企画だった。君が知らないのも無理はない。ごめんね」


「いえ、そんな。・・JINNAIの企画がうちにですか?珍しいですね?」


「株式会社JINNAI」は、勤めている「プレイ・アス」の親会社にあたる。が、一般的業務は全くと言って良いほど独立しており、役員はともかく、一般社員が関わることはほとんど無いのだ。


「うん、まあね。でも年に数回、無い訳じゃない。今回はeスポーツという事で、なるべくゲームに詳しい人物に手伝って欲しいと言う訳だ」


「まぁ、大会当日の手伝いにしても、詳しいに越したことはないでしょうね。それで大会はいつなんですか?」


それを聞いて部長は、何故か「あれ?」とつぶやいた。


「部長、どうかなされましたか?」


「あ、いや、大会予定日は書かれているんだけど、最初の出向日はその一月前になっているんだ」


「???どういうことですか?」


「どういう事だろうねぇ?」


互いに沈黙する。不自然な沈黙・・あ、これ、ヤバい奴だ。


と思った次の瞬間、部長は、俺の肩にポンッと手を置き、


「・・まぁ、瀬崎君。君ならある程度の事、何とかできるだろう?任せた!」


力技キターーー!!



―――――――――――――



 部長程の上司から直に言われたなら、よほどの事情でない限り断れるはずも無い。俺は指定された日時に、指定された事業所の受付に向かった。


「「プレイ・アス」より、eスポーツ大会の手伝いとして出向で参りました、瀬崎と言います。お取次のほど、宜しくお願いします。」


「「プレイ・アス」の瀬崎様ですね。少々お待ちください」


受付の女性が、手元の書類で確認する。・・と、ふと、女性が小首を傾げた。


「どうかなされましたか?」


「あ、失礼いたしました。瀬崎様ですね。確認が取れました。・・案内の者を呼びますので、もう少々お待ちください」


「あ、はい」


受付の女性が、「疑問符はあるものの業務だから・・」といった感じで内線をかける。うん、この方、真面目な方なんだろうなぁ。


「・・受付ですが、お取込みのところすみません。「プレイ・アス」の瀬崎様が来られたのですが・・え!?すぐに降りる?わかりました、お待ちいただきます」


内線を切ると、女性はなんとも信じられないと言った表情で業務を遂行した。


「・・案内の者がすぐに参るそうなので、しばらくお待ちください」


えっと、・・なんだか、すみません。




「お待たせしました!瀬崎さん、はじめまして!今回の大会企画責任者の島津と申します。宜しくお願いします」


「はじめまして、「プレイ・アス」の瀬崎です。宜しくお願いいたします」


互いに名刺交換を終えると、


「早速ですが、瀬崎さん。私、ちょっと席を外しているもので、一緒に来ていただいていいですか?」


「あ、はい。ご一緒いたします」


企画責任者だもん。忙しいだろうに、わざわざ来てくれたんだなぁ。

・・・などと感慨を受けていたのは、ほんのわずかな時間でした・・・


「助かります。あ、こちらの資料をどうぞ」


持っていた資料を渡される。枚数にして20枚弱。まるでプレゼンに使われるようなちゃんとした感じの資料だ。せっかちな方なのかな?


「では急ぎましょう!あ、資料は歩きながら読んでいただいて構いませんので」


せっかちにも程がありません?・・・と思った時には、島津さんは速足で歩き始めていた。

慌てて後についていく。


「会議室は5階になります。エレベーターを使いますね」


うん、会議室?他の出向の方たちもそこに来てるのかな?


「あ、きた!乗ります!待ってください!!」


突然の声に、エレベーターの扉を閉じようとしていた女性社員の方が驚いて、扉を開けてくれる。そして、島津さんと釣られる様に飛び込んできた俺を唖然として見やる。


「ごめん。5階までお願い」


反射と言った感じで5階のボタンを押す。その女性社員は、まだ何が起こっているのかわからないといった表情で3階で降りた。さもありなん。

5階に到着。扉が開くのも、もどかしい態で飛び出す。


「会議室はもうすぐです。今、資料のまだ5ページ目位なので、わからない所は遠慮なく質問してください」


「はい?」


いやまぁ、仕事だしそうするけど、なんでわざわざ言うの?


「到着しました。すーはー。・・・少々お待ちください」


息を整えると、島津さんは、会議室をものものしくノックする。・・ものものしく?

中からスーツをきちんと着た男性社員が顔を出し、島津さんを確認すると、扉を半開きしてノブを手で支える。


「・・では、瀬崎さん。行きますよ」


「え?・・はい」


会議室に伴って入る。そこでは、


「会議を中断して申し訳ありません。「プレイ・アス」より出向頂いた瀬崎さんが、これより企画会議に参加いたします。宜しくお願いします。」


・・・文字通り、「企画会議」が行われていた。




「・・それでは会議を再開します。瀬崎さんは、あちらの席へお願いします」


「あ、はい・・・」


何が起こっているのか正直わかっていないが、ここで問い返す事でないのは流石にわかる。言われた席に着いた。


「では、・・少し繰り返しになりますが、一月後に迫った当社をあげてのeスポーツ大会のコンセプトですが、」


会議の進行役であろう島津さんの言葉に極力耳を傾けながら、資料の該当箇所を確認しつつ、あからさまにならないよう周囲の状況も見る。ああ、忙しい。

周囲を見る限り、自分も人を見る目があるとは言えないが、どうも重役クラスと思われる人がチラチラいる。(・・何故そう思ったかというと、うちの上司や某専務と何となく雰囲気が似ているからだ)

つまり今起こっていることは、「重要な企画会議」と思われ、


「・・話の途中すまないが、島津君。私には、やはりどうもコンセプトがスッキリ見えないのだよ」


「プロの技を魅せる、いわばマニア向けの大会にするのか?一般の方たちにも参加してもらう、門戸の広い大会にするのか?それともまた別のものにするのか?それによって、今後の動きが大きく変わってくると思うのだが」


「・・常務のおっしゃる通りです。いずれをやるにせよメリット・デメリットがあります。何度も聞いた方もいらっしゃるでしょうが、それを十分に踏まえた上で、どういった方向性でやるか決めたいと思います」


常務と呼ばれる方がいらっしゃる。あー、これは間違いなく重大な会議のようですね。

・・などと、思わず現実逃避に入ったものの、


(え?ナニコレ?重要な局面?修羅場??何を見せられてるの??)


動揺をなんとか表に出さないよう懸命に努める。・・にも拘らず、


「さて、・・・瀬崎さん。この件について、何か意見はありませんか?」


キラーパス来たーーー!!?



―――――――――――――

(島津視点)


「・・・瀬崎さん。何か意見はありませんか?」


突然の振りに、彼、瀬崎さんは明らかに動揺している。

・・それも仕方がない。おそらく、いや様子を見るに間違いなく、この方は「何も聞かされていない」。

なのにいきなり、関連企業とは言え、「他社の企画会議で意見を言え」は無茶振り過ぎる。

・・・「業務指示」とは言え、私もこんな事はしたくない。せめて、精一杯のフォローはしよう。


さて、その瀬崎さんの答えだが、


「・・・申し訳ありません。いずれの案も納得のいくメリット・デメリットがあり、どれが今度行われる大会にふさわしいのか、判断でき兼ねます。」


・・・いきなり振られた回答としては、十分だ。ひとまず安心する。・・と、


「・・・ですが、いちゲーマーの、私個人の要望としては、「プロの方と闘ってみたい」というのがあります」


何言い出すんだ、この人!!?


「プロの方と闘ってみたい、ですか?」


「はい」


瀬崎さんは、ついさっきと比較しても、信じられないくらい落ち着いた雰囲気で続ける。


「eスポーツのプロや大会で優勝するような人が、凄いと言うのはわかります。ですが、「実際どのくらい強いのか」は、私含め一般の人は、なかなかわからないのではないでしょうか」


「確かに」「言われてみればそうかも・・」


賛同のざわめきが、そこかしこで起こる。


「なので、プロや上位の方々と一般の方が、ハンデをつけるなどして実際に対戦できれば、凄い事が再認識できるのではないでしょうか?」


「・・それでもしも、プロの方たちが負けたらどうするのです?」


常務とは別の社員から質問される。彼は冷静にそちらを見ると、


「ハンデの具合や一般の方にも上手い人はいるでしょうし、そういう事もあるかも知れませんね。そうなったら、勝った方々の凄さが強調されるだけです」


「・・負けた方には少々悪い気はします。が、勝負は水ものと言うのはプロクラスの方々ならみなさん、肝に銘じていらっしゃると思うので」


会議室が静まり返る。


「これならば、一般の方々も参加できます。一風変わっているのでマニアの方も楽しめるのかなと思います。この案のメリットはこれですかね」


「・・・デメリットは何かね?」


難しい表情で常務が尋ねる。


「デメリットは、先ほど言われたプロの方々が軒並み負けてしまった場合の空気とかもありますが、・・・一番の懸念は、そもそも大会として1ヶ月後にできるかですね。・・申し訳ありませんが、実際の運営案が漠然としていますので・・・」


うぉい!!?


私は2重の意味で肝が冷えた。机上の空論的な案に、常務が不快を示すかあるいは、


「ふむ。・・・つまり、その漠然とした運営案が具体化出来れば、問題ないと言う理解で良いのかな?」


うああ、燃えちゃってる方だったー!


「それは、・・・はい。そうなります」


「よし、わかった!」


常務は席から立ち上がり、会議参加者を見回して言った。


「私は彼、瀬崎さんの案に賛同しようと思う。」


「島津君始め、実際の大会運営に関わる人たちにとっては大変になるかも知れない。が、これをこなせれば、我が社初の大規模eスポーツ大会にふさわしい面白いものになると、私は思う。他の者はどうかね?」


「・・・意見、質問のある方は挙手をお願いします」


私は会議の進行として務める。

なかなか誰も手を上げなかったが、企画担当の一人。つまり私の担当部下の一人が挙手する。もちろん、発言を促す。


「・・・期限があまり無いので、状況によっては、短期間で行いやすい既存のものに変える可能性はあります。が、極力、本案でいきたいと私も思います!」


「自分も!」「やるか!!」


決まったな。


「では、本大会のコンセプトは、瀬崎さんの案を採用することとします」



――――――――――――――


「では、本大会のコンセプトは、瀬崎さんの案を採用することとします」


えっと・・・どういうことでしょ?

意見を聞かれたので、自分の考えを言わせてもらったらこの展開。目を白黒していると、


「・・・では、基本コンセプトが決まったところで、別の会議があるので私は失礼するよ。島津君、細かい詰めを頼む」


「わかりました、常務。お忙しい所をありがとうございます」


常務が退室するのを、会議室にいる社員が席を立ち、頭を下げて見送る。慌てて自分もそれに習って、頭を下げる。


「・・では、具体的な運営案についてまとめていきます。瀬崎さん、現段階で想定している案を発言してもらえますか?」


「あ、はい。そうですね・・・可能不可能は想定しない案で、申し訳ないですが・・・」


俺は、脳内で考えられる限りの案を、たどたどしいながらもなんとか述べていく。我ながら情けない。


当然ながら、大半が「面白いかもですが、本大会での実現は見送らせていただきます」と流される。


「では、残り期間で可能と思われる案を詰めていきましょう。」


こうして、一月後に迫った大会に向けて、あれよあれよと運営企画が決定していく。

そのスピード感に驚いたが、察するにいわゆるeスポーツ大会を行えるだけの準備は整えていたよう。

でも進めている内に、「プロの方を呼んでレベルの高い大会にしよう!」、「え?一般の方向けの大会じゃないの?」、「嫌々、もっと、別があるでしょう?」と、そもそもの大会コンセプトの共有ができていなかったので、今回の会議が行われた模様。

「まずコンセプトありき。そんなバカな」と思われるかも知れないが、経験上わからなくもない。

会社は多かれ少なかれ、スピードを求められる。「こういったことをやってみよう」と良案が出れば、理路整然とした反論や明らかに不可能な理由が無い限り、まず動いてみると言うのも間違ってはいないのだ。

無論、その際のビジョンはあるだろうが、大抵それは指示を出す一部の人たちだけだ。具体的に進めていく内に、微妙な齟齬が出てくることもある。

歴史が長く、社会的共通認識が高いものなら齟齬は少ないかも知れない。が、今回の「eスポーツ」は、はっきり言ってこれから歴史を作っていくようなもの。

大会イメージに大きなブレがでたんだろうなぁ。うんうん。


「・・・では、そのような方向で以後進めていきます。各担当責任者は、本会議に出席されていない現場の方たちへも、速やかに伝達をお願いします。」


「わかりました」「了解しました」


「・・瀬崎さんも、ご協力宜しくお願いします」


「え?・・はい、宜しくお願いします」


「では、今回の会議はこれまでとします。お疲れ様です」


「「「お疲れ様です!!」」」


やることが決まった社員の方たちは、めいめい会議室を出ていく。


(・・うん、あれ?ちょっとまって?)


忙しそうに個別の意見を聞き、指示を出している島津さんのタイミングを見計らい、問うた。


「・・お忙しい所すみません、島津さん。私は何をすればよいでしょう?」


「ああ、すみません。瀬崎さん。もう少ししたら大体の指示が終わるので、しばらくお待ちください。」


「あ、はい、わかりました」


言われた通り、席に戻って所在なさげに待つ。資料を見ながら、会議室を見回しながら、そして、あることに気づく。


(あれ?俺以外の出向社員は?)


しばらくすると、指示を出し終えたのだろう島津さんから声をかけられる。


「瀬崎さん、お待たせしました。一緒に来て頂いてよろしいですか?」


「・・はい、わかりました」


島津さんの後についていく。道すがら、色々尋ねようとすると、


「・・・先程は、突然振ってしまい、失礼しました」


島津さんから、いきなり謝罪の言葉。えっと、


「そんな、島津さん。謝って頂く事ではないですよ。まぁ、少々驚きはしましたが、似たような場面はこれまでも何回かあったので」


「似たような場面ですか?」


島津さんが、若干怪訝そうな顔で聞いてくる。


「ええ。やれ、上司が前ぶりもなく「今後の売り場どうする?」とか、店長がふいに「今後の店の方針どうしたらいいと思う?」とか聞かれたり、」


「・・果ては、お話しする機会など当然ない社長から「ちょっと新しい事業考えてるんだけど、瀬崎君はどう思う?」とお酒の席で突然質問されたこともあったりしましたので、まぁ・・・」


島津さんに、驚き半分呆れ半分と言った表情をされる。


「何と言うか・・・それで、その社長さんの質問には答えたのですか?」


俺は、なるべく困った顔にならないよう努めながら答える。


「ビックリしましたが、ただ「わかりません」だけではせっかくのお酒の席が白けてしまうと思ったので、無い知識を絞ってそれらしく答えましたよ。もちろん、社長からしたら今更のことばかりでしょうし、言ってる途中から申し訳なくなりましたが・・」


島津さんはやや真剣な表情で聞いてくれている。しまった、愚痴になっちゃったか。


「お酒の席だったので、多少の無礼は大目に見てもらっただろうと、こう言っては何ですが開き直ってます。・・・すみません、なんだか愚痴みたいになってしまって」


謝罪に対し、「いえいえ」と言った態度で返してくれる。


「そう言った経験があったのでしたら、無茶振りみたいなことをした私としても、ちょっと救われます」


そして、周囲に聞こえないよう声を潜めながら、驚くことを島津さんは教えてくれる。


「・・ここだけの話、瀬崎さんの意見を聞くのは上からの指示だったので」


「え?ひょっとして、先程の常務の方からですか?」


こちらも周囲に聞こえないよう、小声で尋ねる。


「えっと。・・・常務からではあるんですが、どうやら常務も上から言われたみたいで元が誰かは」


なんだ、そりゃ?


「ですが、まあ、」


声を通常に戻して、島津さんは言う。


「「当初の内容」とはまた異なりますが、瀬崎さんには「通常の企画運営」面でも協力してもらいますね」


なんだか思いっきり、聞き捨てならない単語が出てきた。


「・・・すみません。なんだか「通常ではない企画運営」内容があるように聞こえたのですが?」


「はい。その内容を説明する前に、お会いして欲しい方々がいます」


島津さんは目で、その場所を示す。応接室?


ノックをして、「失礼します」とその部屋に入る。自分も続く。


そこで待っていたのは、

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