番外編「焼き鳥女子会~一人ゲストを呼んだだけなのに・・~」

とある休日の午後。


リビングに一人でいると、姉が2階の自分の部屋から降りてきた。


「あれ?お母さんは?」


「もー。お母さんは、「学生時代の同窓会に夕方から行く」って言ってたじゃない。もう出かけたよ」


私はリビングの時計を見るように促す。4時を少し回っていた。


「あ、そういえば今日だっけ。行く前に呼んでくれたら良かったのに」


「何度も呼んだよ。・・・お姉ちゃん、寝てたでしょ」


目線を外し、適当な口笛で聞こえなかった風に振舞っている。図星か。


「あ、じゃあ、夜ご飯はお父さんと三人で外食だ!」


誤魔化す姉に、お父さんからの伝言を伝える。


「それなんだけど、お父さん急な仕事で夜遅くなるって。「お金は渡しておくから、出前を取るなり外で食べるなりしてくれ」だって」


そう言って預かった5千円札を見せる。姉妹二人の一食と考えれば十分だろう。


「ありゃ残念。父さんも大変だぁ。・・・どうしよっか?」


「うん。どうしよう?」


しばし沈黙。


「お父さんはどこに食べに行くつもりだったか、聞いてる?」


「特に決めてなかったみたいだけど、お父さんは「久々に外で飲むのもいいなぁ」みたいには言ってたけど」


「じゃあ、近所の居酒屋さんかな?あそこって、値段の割にかなり美味しいよね・・」


瞬間、嫌な予感が肌に走った。


「・・・二人で行ってみる?」


勘弁!!!!


―――――――――――


確かに姉は二十歳、もうすぐ21。なので、居酒屋さんに行って問題ない。

姉と一緒なら、18の私も行って良いだろう。・・もちろんお酒はダメだけど。

初めてのところとかだと、基本的に内気な所のある私たち姉妹だけで行くにはハードルが高い。でも、家族で何回か行ったこともあるところなので、行けなくはないだろう。・・・多分姉もそのつもりで言ってるんだと思う。


「あ、お金なら大丈夫だよ?ちょっとくらい足りなくても、バイトしてるお姉ちゃんが払うから」


そこじゃない!


いや、お金の問題も無いとは言えないけど、姉も私もそんなに特に食べる方じゃない。姉はまぁ女性の平均よりは食べるかも程度?だけど、私は自覚しているほど少食だ。5000円もあればまず足りるだろう。


問題はこの姉、少々酒癖が悪い・・・と言うか困る?のだ。


世間で聞くような、「お酒を飲むと暴れだす」とか「極端に笑い上戸になる」「いきなり脱ぎ始める」といったことは無い。・・ちょっと期待した人ごめんね。

一番近いのは、「酔うとやたら説教し始める」タイプかな?


酔うと「やたら周囲に質問し始める」のだ。それも普段聞かないようなことも・・


家族での食事でもこれまで2,3回あったけど、その際は父母がいた。質問の数は3人に分散されるし、答えにくい質問でも、3人いればまぁ、ごまかせる。


だけど、今回は姉と二人。


やましい生活を送っている気は・・・そんなにないけど、学校生活とかを家族に聞かれるのは気恥ずかしいでしょ?誤魔化そうと思えばできなくもないけど、そうすると酔ったこの姉、ごねるかいじけるかなることもあるのだ。ここまでがセット。


なので、姉のことは決して嫌いじゃないけれど、それとは別に勘弁してほしいのだ。


「ねえ、さいちゃん、・・だめかな?」


その微妙に困る酒癖の事は、私も軽くは言ったことがあるし、多分、大学でもそれとなく言われていると思う。だけど姉は、そんなに深刻には捉えていないようだ。まぁ客観的に、実際の社会生活に支障をきたす問題とは思えないので、それは仕方ない。


・・・が、今の私にとっては結構な大問題だ。


今更、「お姉さんの酒癖がめんどくさいのでちょっと」なんて言えない。だからと言って、一人だけめんどくさい目に合うであろうと考えると、料理のおいしさも半減だ。


そこで私は閃いた。・・閃いてしまった。

「タイマンでなければ、そこまで困らないのでは」と


「・・・えっと、お姉ちゃん。私も、お姉ちゃんも知ってる友達も呼びたいんだけど、いいかな?」


―――――――――――


「この度は呼んでいただき、ありがとうございます!」


「こちらこそ。突然なのに来てくれてありがとう、渚さん」


そう、私、「武田 彩音(たけだ さいね)」は、姉「武田 彩(たけだ あや)」の酒癖対策のため、同い年の中でも頼りになる友人「陣内 渚(じんない なぎさ)」ちゃんを呼んだのだ。

友人、渚ちゃんの何が頼りになるかと言えば、とにかく超高校生級に頭が回り、年上に対しても度胸がある。同じ18歳なので、万が一、お酒に飲まれて姉側につくこともない。

そして、彩姉とも何故か旧知の仲なので、これほどの適任はいない!


・・・と思っていた時期が、私にもありました。


「さっちゃんも呼んでくれてありがとう。だいじょうぶ?姉妹水入らずだったんでしょ?」


「ううん。家族で何回か行ってる居酒屋なんだけど、お姉ちゃんと二人で行くのは初めてなんだ。女性二人ってちょっと怖かったから、助かるよ~」


「居酒屋!それは庶民ぽくって楽しみ」


・・・誤算①。彼女は大会社のお嬢様なのだ。彼女の性格上悪気はないと思うんだけど、


「・・・悪気が無い分、反応に困るね、さいちゃん・・」


「だね、彩姉・・」


何はともあれ、外食に出発!



ガラガラガラ


「へい、いらっしゃー・・・い!?」


「おい、何だあの子?芸能人か!?」


「べっぴんさんじゃのう」


しまった。これは私が全面的に悪い。

・・・誤算②。彼女、陣内渚は超がつく美少女である。

どのくらいと言うと、普通なら「芸能人なのを驚かれる」ところ、「芸能人ではないのを驚かれる」レベル。


「・・・一緒にいるの、武田さんのところの娘さんたちよね?芸能人の子とどういう関係かしら?」


あああああ・・・知られてた。

姉に対し、若干(?)シスコンめいたところもあると自覚している私だけど、多分それを差し引いても、姉は容姿が良い部類に入る。渚ちゃんが全国レベルのアイドルとするなら、地域レベルのアイドル。つまり、ご近所で私たち姉妹を知っている人がいることもありうる。


・・・と、店内に入って一瞬で悟ってしまった私のことなど気づくはずもなく、


「わー。賑やかで雰囲気のいいお店ですね!」


「でしょ?ささ、早く3人でゆっくり食事できる席を確保しましょ」


「はい!」


妙に息の合った姉と友人は、ハイテンションで席を選び始めた。



―――――――――


「それじゃあとりあえず、急遽始まった女子会にカンパーイ!」


「カンパーイ!」


「・・カンパイ」


席に着いた私たちは、彩姉主体で、ここのお薦め中心にざっくり注文。

プラス、ゲストの渚ちゃんと私で、気になる食べたいのを何品か注文した。

そして頼んだ飲み物が3人分揃ったところで、乾杯したところだ。


「は~、ビール美味しい・・」


「私は飲んだことないのでわかりませんけど」


「「当たり前!」」


姉妹同時に突っ込む。彼女は笑う。ネタなのか天然なのかわかるようでわからないのが彼女らしい。


「・・・しっかし、さっきは驚いたなぁ。女将さん。「彩ちゃん、芸能人の子と一緒って、あなたも芸能人になったの?え、まさかテレビ実は隠れて来てる??」って真顔で言って慌てるんだもん。」


「説明して理解してもらうのが大変だった・・・」


「なんだか・・すみません」


渚ちゃんが申し訳なさそうに謝る。彼女に責任が無いとわかっている私は、


「そんな!気にしなくていいよ!」


とフォローしようとする。が、姉は、


「・・でも、よくある事だし、そこまで悪いとは思ってないでしょう?渚さん」


彼女は悪びれず「テヘッ」とした仕草をした。

小憎たらしいが、それでも愛嬌があって見えて、同性から見ても絵になるのがずるい・・


「はーい、焼き鳥盛り合わせお待ち!」


「あ、きたきた!あれ?多くないです?」


届いた焼き鳥を見ると、注文より1人前ほど多く見える。


「・・ああ、サービスだよ。武田さんとこには常連になってもらってるからね。」


「ありがとうございます!・・それで本当の理由は何でしょう?」


「ちょっとお姉ちゃん!」


失礼な質問に思えるが、注文を持ってきてくれた女将さんは「するどいねぇ」と笑うと、


「なぁに、うちも昔ほど商売繁盛じゃないからね。あんたたち姉妹やそこのべっぴんさんが「えすえぬえす?」とやらで宣伝してくれたり、もっと来てくれたら助かるって話だよ。悪いね、こっちのことで」


「あ、そういう事なら!うちの父もここが無くなっちゃったら困ると思うので、協力させてもらいますよ」


「私も、そんなに力になれないかもですが」


家族そろって気に入ってる私たち姉妹は、二つ返事で答える。が、本日のゲストさんは、


「・・・すみません。私はまだこちらの料理を食べたこと無いので、食べてから判断します」


この答えに一堂唖然。


・・・が、そこは人生経験の差か、女将さんが一番先に我に返ると、


「・・そ、そうだね。お嬢ちゃんはここ初めてだったねぇ。うん、まずはうちの料理を食べてからだ!」


「ありがとうございます」


「さーて、仕事仕事」と戻る、・・逃げる?女将さんを見やり、私は渚ちゃんに小声で言った。


「ちょ、渚ちゃん。あんな風に言わなくても」


「ごめんね、さっちゃん。私もこういったところ悪いかなと思う。でも、安請け合いする方が、私にとってはもっと耐えられないんだ」


「あ、うん・・・」


聞いていた彩姉は、呆れたようにしかし、感心したようにつぶやいた。


「流石だねぇ」


――――――――――――


「では、気を取り直して女子会再開!ここのいち推し、焼き鳥いくぞー!」


「・・・チョイスがどうも女子会と繋がりにくいんだよね」


「では、いただきます」


渚ちゃんが先陣を切って、大きく盛られた焼き鳥の山から一串とり、齧る。

焼き鳥と言う庶民の食べ物を食べながらも、洗練された動きにやや見とれつつ、固唾を飲んで感想を待つ私たち姉妹。

に加え、他の席のお客さん、カウンター越しの厨房からも同様の視線を感じた。

・・・つまり、今このお店にいる全員が、「陣内渚」と言う存在に注目している。こんなところでも、彼女は非凡だ。


「あ、美味しい・・」


その一言に、店中の空気が明らかに柔らかくなった。


「使っているお肉や調味料は、多分そんなに高級なものは使っていない。でも、お肉へのタレの浸みこませ方がとってもいいし、焼きも固すぎず、やわ過ぎず、そのお肉に合ったものになっている気がする」


ただ美味しいだけではなく、評論家のようなコメントまで。「へっ、嬢ちゃんわかってるじゃねぇか」と言う声が遠くから聞こえた気がした。


「これだけの料理ができる店主さんなら、少なくとも他の焼き鳥も美味しいでしょうね」


ん?


「・・えっと、渚ちゃん、「焼き鳥」だけなの、美味しいのは?」


「え?それはそうでしょ?他のはまだ食べてないし」


ポカンとする店内。「・・手厳しぃねぇ、嬢ちゃん」と言う言葉は、間違いなく聞こえた。


――――――――――


「ほとんどの料理が十分美味しかったです!女将さん、また来させてもらいますね」


「そ、そうかい。・・・ありがとね」


一口目から約30分。

テレビで見たら、「アイドル料理評論家!噂の料理屋を忖度なし抜き打ち評価」と言ったテロップが流れてそうな時間だった。あ、「カリスマ」とかも付けたらいいかな?

頼んだ料理一つ一つに感想と評価を言っていた。流石に「まずい」とは言わないけど、「う~ん、ちょっと合わないかなぁ・・」と、残念な表情で表していた。

そして驚いたのが、この料理評価タイムの間、お客さんの誰一人店外に出ず、その料理評価を聞いていたことだ。中には、自分が食べていたものと同じものを評価されたら、「あ、なるほど」と納得している人もいた。

まったく、たいした友人である。・・・だけど、その間来店していた二組のお客さんは、「な、何だ、この店内の雰囲気・・・?」と、怖気づいたのか、入って来れない様子だった。お店の方、ごめんなさい。


・・・・まぁ、お店にとって悪い事ばかりではない?

「あの嬢ちゃんに全部「うまい!」と言わせるまで、俺は絶対ここを潰さねえぞ!」と息巻いている声が耳に届いた。・・・えっと、良かった良かったで・・


「・・・まぁ~~ったく、渚さんは、一個一個細かいんだからぁ。なんなの?生まれた時からそうなの?」


やっと、息詰まる時間が終わったと思った時、これは聞こえた。


・・・しまった~、渚ちゃんに気を取られて、忘れてた~


「? 何です、彩さん?何か文句あります?・・と言うか、酔ってます?」


「べ~っつに~ 酔ってらいよぉ~~」


「・・典型的な酔ったセリフじゃないですか」


渚ちゃんから「こういうこと?」と目くばせが来る。私は素直にこくんとうなづいた。


「全く・・酔ってない。彩さんは酔ってませんね」


完全にあやす口調だ。彩だけに。・・・あれ?私も酔ってる?


「わかればいいのよ~ あ、渚ちゃんに聞きたいことがあるんだけどぉ~」


「はいはい、なんですか?」


「「あの人」とのことで、何か隠してること無い?」


渚ちゃんの動きがピタリと止まった。そして酔っているはずの姉もピタリと止まる。

(こんなの、端でみている私も止まるよ!)


「・・・え~っと、どなたのことを言っているのかわかりませんが、・・私も聞いていいですか?」


「え~、質問返しはだめなんだぞぉ~」


「彩さんも何かありましたよね?なんであの時、「あの方」を呼べたんですか?」


また彩姉がピタリと止まる。・・いや、さっきのは自分から止まったのに対し、「止まらせられた」感じだ。


「・・うん。誰のことを言ってるのかわかんないなぁ~」


「ええ、私もわかりませんねぇ~」


超美少女とご近所美女の対決。・・・それはまるで蛇とマングースの戦いのようで、ここは沖縄?


「うぁっと、・・女将さん、お会計お願い!」


「あー、トイレトイレ~っと」


「え、えっと、そう!お冷良いかなぁ!?」


周りに甚大な被害が!えーい、もう!


「お、お姉ちゃん!渚ちゃん!ここの焼き鳥、ホント美味しいね!」


お店の平和のため、・・ここに一人の道化が誕生した!


「さいちゃん。・・・うん、そうだね」


「さっちゃん。・・・うん、私ももっと食べる!」


「「まだ食べるの!?」」


姉妹ツッコミに楽しそうに笑いながら、一風変わった女子会は過ぎていった。

お会計をして帰る時に、


「女将さん、また来ますね!」


「ああ、ハイ・・お待ちしてるよ」


とやや引きつり声で二人に応え、「そんときはあんたも絶対来てね!絶対だよ!!」と小声だけど必死の形相で、私に念を押す女将さんが印象的でした。


「お嬢ちゃん、次は負けねぇからなー」


―――――――――


「いやー、楽しかった!たまにはこういう女子会もいいよね!」


「よくゆうよぉ・・・お姉ちゃん、周りの迷惑も考えてね。渚ちゃんも」


私の言葉に、友人は恥ずかしそうにだけど素直に答えた。


「う、ごめんなさい。・・でも、楽しかったよ。呼んでくれてありがとう、さっちゃん」


「渚ちゃん・・・」


「・・よし、じゃあ、今後、この3人で定期的に女子会しましょう!名付けて「焼き鳥女子会」!」


「絶妙にダサいから辞めて!」


「「焼き鳥女子会」!いいですね!良ければもっと人を呼んで」


「ん、人?例えば?」


何人か挙げた中に、明らかに有名芸能人っぽい人もいるのを聞いて、私は叫ばずにはいられなかった。



勘弁して――――――!!!!

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