第14話 幻のメニュー

―――――――――

(皆瀬視点)


今日はこれから、バラエティ番組のロケがある。

なんでも、企画担当さんがものすごく印象深かった「幻のメニュー」を再現して、レポーターの私も食べられるらしい。楽しみ!!

ただし、作ってくれる方の顔出しや声出しはNG。それ以外の、本人が特定されそうな情報も一切NGらしい。

・・・詮索はいけない事だけど、何かやらかしてしまった人なのかもと一抹の不安を持ちつつ、現場へ向かう。



「皆瀬さん、おはようございます」


「あ、マネージャー。おはようございます」


 今回のロケ現場となるカフェでマネージャーが待っていた。どうやら本日のロケのため、貸切った模様。


「早速ですが打ち合わせをしたいので、本日料理を作ってくれる方を紹介しますね」


「・・わかりました」


いよいよだ。私は軽く生唾を飲んでマネージャーについていく。

下ごしらえをしているのだろうか。厨房らしきところに一人の男性がいた。


・・え?


「紹介しますね、こちらは」


「瀬崎、さん・・?」


予想外の人物に、私はポカンとなった。

声に反応して、男性もこちらを見る。


「え?・・・皆瀬さん?」


あちらも予想外だったのだろう、ポカンとした表情になる。


「え?え??」


それを見ていたマネージャーもポカンとなり、


3者3様のポカンとした空間が生まれた・・・


―――――――――――――


 話は3日前に遡る。


「え?テレビに出演して欲しい?・・・ぁー、電話相手間違ってるよ。こんな間違えするなんて仕事が大変なんだろうけど、体調管理には気を付けてね。それじゃあ」


俺は電話を切る。すぐにまた鳴り出す。オイオイ


「・・・もしもし。とりあえず会って話を聞いて欲しい?・・・わかりました。遅れるかも知れないけど、じゃあそこで」


俺は電話を切り、残務を終わらせると待ち合わせの喫茶店に向かった。



「あ、こっちです!」


俺を見つけるや、手を振って呼ぶ待ち合わせ相手の女性。恥ずかしいから辞めて―


「わざわざお呼び立てしてすみません。店長」


「・・お呼び立てよりも、電話取って開口一番「店長、テレビに出てください!」の方にお詫びが欲しいんだけど・・野上さん」


そう、俺に突然素っ頓狂な電話をしてきたのは、


かつて俺が店長をしていたカフェで、アルバイトをしていた「野上 千絵(のがみ ちえ)」さんその人だった。


「そりゃあ、この前会った時「気軽に連絡して」とは言ったけど、気軽すぎるでしょう・・」


「それで有無を言わさず、すかさず切る店長も相変わらず凄いですよ」


「うん、褒めてないよね」


「いえいえ、褒めてますよ~」


 社交辞令的な会話を終わらせる。そうそう、この子はこんな感じだった。


「・・それで、詳しい話を聞かせてもらいましょうか」


「・・はい」


俺が真面目な口調になると、野上さんも合わせて真面目に説明してくれた。


「・・・なるほど。確かにそれは、うちでやってたあれだ。」


「・・「うちで」というより、店長がオリジナルで出したやつですよね?」


「自分とオーナーの合作だよ。オーナー、元気でやってるかなぁ・・」


「本業の方でしっかりやっているみたいですよ」


「そうかー・・今度挨拶しに行くかなぁ。で、そのメニューなんだけど、詳細なレシピは正直忘れちゃったので、残念だけど再現は難しいなぁ」


「レシピなら私が持ってるので大丈夫です」


「あ、じゃあ野上さんが作ろう。そんなに難しいものじゃないし。OK解決」


「それじゃあ番組的に面白くないですよ~。・・わかってますよね?」


「それはわかるけどさぁ・・・」


確かにこういうのは、「当時作っていた人物が、この日のためだけに復活しました!」というのが、企画的には良いだろう。


「というより店長。一度、取材受けたことあったじゃないですか」


「あの時はオーナーがメインだったし、ローカルで顔もほとんど映らなかったから・・」


「なら大丈夫ですよ!今回も顔出しはないんで!」


「あ、そうなんだ。・・・って、テレビに出ると聞いて、勝手に「顔出し嫌だ」と思っていた自分が恥ずかしい・・」


「・・まぁ、全国放送ではありますが」


「うん。無理。ごめん。俺では力になれないや」


即座にレシートを持って会計に行こうとする。せめて、ここの代金は俺が持とう。


「いえいえ!お願いしますよ――!」


「・・悪いけど真面目にムリだって。・・・実際、あの時も上手くいかなかったろう?」


「あれは店長が悪い訳じゃあ・・」


「俺も責任者の一人だったんだから、同じことだよ」



 カフェで店長をやっていた当時、オリジナルで出したメニューが一部のお客さんで話題になった。

その話題をたまたま聞きつけたローカル番組のディレクターから、取材の依頼が来て、上からの指示もありオーナーはそれを受けた。

 だが、このオリジナルメニュー、作り方自体はさほど難しくないが、一部工程で若干時間がかかる。

そしてそのローカル番組は、短い時間内に納めなければならない生放送だった。

慣れない状況に時間を取られた俺は、その工程をやれるだけの時間がなくなり、「・・形的にはできてるから、それで出すしかないだろう」と苦渋の判断をオーナーにさせてしまった。一応、番組としては成り立ったかも知れないが、決して成功したとも言えない結果となってしまったのだ。


「・・別に、あの出来事が辞めた理由じゃないよ?でも、心のどこかにあったのは否定しない」


「・・・・・」


「・・でもまぁ、それは俺自身の問題。それは差し置いたとして、さっきも言ったけど、あれはオーナーとの合作だから、オーナーの許可もとらないと」


「・・そのことなんですけど、少々厄介な事情がありまして」


俺は野上さんから、「厄介な事情」について説明してもらった。


「・・・なるほどね。そう言ったことなら、オーナーや今勤めている人が関わるのはまずいなぁ」


「はい。なので店長にしか頼めないんです」


「う~ん・・・」


「店長にも万が一迷惑が掛からないよう、顔出し声出しや店長が特定できそうな情報もNGにします。番組側からの許可ももらっています」


「それもなんだけど、そもそもあのメニュー、ローカルとは言え一度テレビで紹介されてるから、・・流石に、料理自体映さないのはまずいでしょう?」


「あ・・・」


言われて気づいたのか、野上さんは愕然とする。


「・・・そう言った訳で、今回は悪いけど」


「意地悪をしている」という感覚はある。

だけど俺は、「かつてアルバイトをしていた」野上さんではなく、「社会人として仕事をしている」野上さんの気持ちを、もう少し見たかった。


 野上さんは、ちょっとずつ、少しずつだけど、気持ちを明かしてくれる。


「・・これは、私が初めて自分から取りに行った案件なので、成功させたいんです」


「それは、自分のため?」


「・・・自分のため、も、正直あります。でもそれ以上に、自分を頼ってくれているタレントさんの役に立ちたいんです!」


・・・ここまで聞ければ十分だ。


「・・ごめん、意地悪した。料理を映して番組を成り立たせる方法は、実は思いついてる」


「・・・へっ?」


「要は「これは以前ローカルで紹介されたのとは別ですよ」と言い張れる料理を作ればいい。でしょ?」


「え?・・でもそれだと、別の料理になっちゃうんじゃ・・」


俺は肩をすくめて、苦笑して言った。


「ローカル生放送で出したのは、俺が時間調整をミスして「一部の工程が十分に出来なかった料理」だ。なら今度は、「最後まできちんと仕上げた料理」を作ればいい。担当の人にとっては、むしろそれが「幻のメニュー」でしょ?」


「そ、それって・・」


「そ、建て前ってやつ?いやー、こうなるとローカルの時、ミスっててよかったわー」


野上さんは唖然とした表情でこちらを見る。


「・・・流石、店長ですね」


「うん。やっぱり褒めてないよね」


「いえ。・・褒めてます。尊敬します」


真顔で言わないでー。柄にもなく照れちゃうから。


「じゃあ、そういうことで謹んでお受けし・・ようと思ったんだけど、大事なことを忘れてた・・」


「え、なんですか!?」


慌てる野上さんに、俺は誤魔化すよう、明後日の方向を見ながら言う。


「・・・収録のある日に、仕事休みとれるかわかんないわ・・ハハ」


「・・・できうる限り店長のご都合に合わせるので、全力で休みを取ってください」


最後になって締まらないのは、やはり俺の短所いや、長所かも知れない・・


―――――――――


 と言った経緯で、収録当日の現在に移る。


「・・そっか。野上さんが担当している芸能人って、皆瀬さんの事だったんだ」


いろいろ思い返し、俺はやっとこの状況を理解した。

・・・だけど、残り二人は情報が足りなく、状況が呑み込めていない。


「え?瀬崎さんが曰く付きの料理人さん?・・え?え??」


「店長が皆瀬さんとお知り合い・・?」


俺は苦笑し、二人に事情を説明した。



「はー、野上さんが以前バイトしていたところの店長が瀬崎さん。・・そんな偶然あるんですね」


自分もびっくりしましたよと。


「店長・・・意外なところで手が早い?」


うん、野上さん。もう上下関係ないからって、言いたい放題は傷つくからね?


「・・・ともかく、慣れない所で見知った方がいるのは心強いので、今日はよろしくお願いします」


「あ、はい。・・・え~っと、なんでしたっけ?」


思わぬ状況にまだ動転しているのか、皆瀬さんが質問してくる。


「・・・今回、依頼された料理は頑張って作りますが、自分が作ったと言う事がバレるような情報は出さないようお願いします。ということです」


「えっと・・・瀬崎さん、何か後ろめたいことがあったりするんですか?」


あっけにとられた俺は、事前に詳しい情報を伝えていなかったであろう野上さんをジト目で睨む。

睨まれた野上さんは、慌てて手を振りながら、言い訳をする。


「皆瀬さんがそんな風に考えるなんて思いませんよ!」


・・・それはそうかも知れないが、言い訳はいいわけよ・・


 俺は自分もだが、場合によってはかつてお世話になった会社の方にも迷惑が及ぶ可能性もあることを念入りに伝え、改めてお願いする。


「わかりました。そういった事情なら、マネージャーも前もって言ってくれていいのに」


「だそうですよ?マネージャーさん?」


「以後、気をつけます・・」


ということで、ようやく本題に移る。


「ところで瀬崎さん。「幻のメニュー」ってどんな料理なんです?」


「・・料理素人が考えたので、「幻のメニュー」ってたいそうな名前に見合うかはわかんないけど、そうだなぁ。言ってしまえば「甘いパスタ」かな?」


「甘いパスタ?」


可愛く首をかしげる皆瀬さんに対し、どんなものか知っている俺と野上さんはニヤリと笑みを浮かべる。


「では、当店オリジナル「白のパスタ」をご堪能ください」



 簡単な打ち合わせとリハーサルが終わり、収録が始まった。


バラエティらしく、興味を引くようなやや大げさな前振りと作ってくれる料理人―つまり俺―の紹介をスムーズに行う皆瀬さん。

TV放送時はモザイクや編集カットが入るそうだが、念のため自分やお店の名前がわかりそうな情報は、ぼかして答えるようにする。

そして料理名も、当時メニューに出していた本来の「白のパスタ」ではなく、「幻のパスタ」として紹介し、料理を作り始める。

・・・と言っても、


「えっと・・・今、パスタ茹でてます?」


「はい、茹でてますねぇ」


そうなのだ。ペースは普通のパスタ。そして、そこに特別な味付け・・・もなく、


「え?用意しているのは、え?」


「甘いって言いましたよね?」


そうなのだ。他に用意したのは、ホイップクリーム、バニラアイスそしてマシュマロだ。


「・・・まさか?」


「はい、これを乗っけるだけ。わーお、簡単ですね」


皆瀬さんが愕然とする。うん、我ながらゲテモノの類だよね。


だけど、今回は以前のそれと違い、時間はある。俺は冷蔵庫からあるものを取り出す。


「これも白い・・・牛乳ですね」


「はい、牛乳です。これにパスタを絡めて、軽く温めます」


ここからが、前回の取材と違うやや面倒な工程だ。


「そして・・・再び牛乳を多めに入れて、弱火で膜・・・湯葉状のものを作ります」


「湯葉ですか?」


そう、湯葉だ。・・・と言っても、実は味的にはさほど変化がない。

せいぜいが見た目や色的なこだわり。


「全体を白い膜が覆ったらベースは出来上がり。破かないように引き上げる」


「最後にホイップグルグル、アイスとマシュマロを適度に乗っけて、」


「はい、「幻のパスタ」できあがり!」


自分なりにテンションをあげて言ってみたが、あ、やっぱ、引いてる引いてる。


自分で言うのもなんだが、元はオーダーミスで余った茹でパスタをどうしようかで、甘党の俺がなんとなく作った「ホイップクリームパスタ」の発展形だ。

期間限定とはいえメニュー化するなんて思わないし、ましてリピートや取材がくることなど想定外。

今回の件にいたっては、キツネに化かされた感覚でむしろ、まずいと言われたらどうしようと結構ビビってたりする。

・・・んまぁ、その時はこれを薦めた企画担当さんになすりつける気満々だけどさ。


「・・・で、では、いただきます」


いわば「パフェの下に温かいパスタのある一品」。見た目的に抵抗はあるだろうが、そこはプロ。皆瀬さんは、思い切ってホイップクリームとパスタを一緒に口に入れる。


「・・・・え?パスタと意外に合う・・?」


信じられないように、続けてマシュマロ、バニラアイスとパスタを食べる。


「・・・甘じょっぱくて、私好きかも、これ・・」


そうなのだ。パスタそのものとそれを茹でる際に入れる塩。それと甘味がなかなかのハーモニーなのだ。


「・・しかも、パスタの熱でホイップやアイス、マシュマロがいい感じに溶けて食べ心地もいいですね!」


アイスなどを乗せるので、冷製パスタにする方が良いかもしれない。だが、それだと結構手間がかかる。

だからそのまんまにしたのだが、時間が経ったら結果的に「冷製パスタ風」になるので、「それはそれでいいじゃん?」的な緩い考えで作ってたりする。


だけど、俺のような甘党ならきっと


「・・・あっという間に食べちゃった」


となる一品。完食ありがとうございます。


「あ、ひとつ?ふたつ?言い忘れてたことがあるんですが、」


食べた余韻に浸っている皆瀬さんが、?と首をかしげる。


「食べてる時はそうでもないんですが、結構後で、胃にきます。・・・それと、言うまでもないでしょうが、カロリーは・・・」


「あ・・・」


一瞬で顔面蒼白になる皆瀬さん。


「別名「食べた女性を蒼白にさせる白のパスタ」・・・やっちゃったかー」


知っていた野上さんは、顔を振りながら同情の表情をする。いや、マネージャーさん。後でちゃんとフォローしてね?


やがて、顔面蒼白から一転。真っ赤な怒り顔で、この世のものと思えない怨み声をあげる。うん、顔色変化凄まじいね。


「・・・せ~~ざ~~き~~さぁ~~ん???!?」


当然、いろんな意味でこのシーンは、編集でカットされましたとさ。

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