第12話 YASAKA訪問
登録していない番号から、携帯に電話がかかってきた。
(昔はこれが普通だったのに、今こういうのは怖いなぁ・・)と思いつつ、恐る恐るとる。
「もしもし?」
「あ、前野ですが、瀬崎さんの携帯でお間違えないですか?」
・・・前野さんからだった。そう言えば以前もらった名刺に、彼女の携帯番号が書いてあった気がするが、知らなかったことにしよう。
「はい、瀬崎です!前野さん、こんにちは。どうもお世話になってます」
「こんにちは。今お時間よろしいですか?」
「はい。どういったご用件でしょうか?」
「はい。・・・その前に、瀬崎さん。その様子ですと、私の番号登録して無かったですよね?」
ぎっくぅーー!?
「それは、えー、弊社としましては、いかんせんやんごとない事情がございまして」
うん、気のせいかな?電話の向こうから、ため息が聞こえたぞ?
「・・・まぁ、いいです。用件ですが、例のPVが出来上がりましたので、サンプルDVDを送らせてもらおうと思うのですが、」
「ああ。送って頂かなくても、取りに伺っても大丈夫ですが?」
「・・・そういうことでしたら、YASAKAの本社はわかりますか?」
「はぁ、本社。・・・本社ですか!?」
「ええ、本社です。・・・わからないんでしたら、送らせて頂きますが」
「あ、いえ、場所は、おそらくわかると思うんですが・・」
「では、よろしくお願いいたします。日時ですが、」
双方の都合のいい時間をすり合わせて、サンプルDVDを受け渡す・・・どころか「いっそのことその場で観る」という流れになった。なんで?
そして、受け渡し当日。
「はー、ここがYASAKAの本社か~」
まさに「一流企業の本社」といった外観に圧倒される。・・・まぁ、そもそも、これまでに本社って数えるほどしか行ったこと無いので、印象だけど。
「入り口はっと? ・・・あの守衛さん?のいる所かな?」
(もし、話が通って無かったら、不審者扱いされたりするのかな・・・?)
そんな風に緊張しながら、恐る恐る守衛と思われる年輩の警備会社の方に声をかける。
「あの~、すみません。こちらYASAKAさんの本社で宜しいですか?」
「はい、そうですが、どういったご用件ですか?」
「あ、はじめまして。私、瀬崎と申します。こちらの前野さんより呼ばれておりました。前野さんの所属部署は」
(あれ?なんだっけ??)
緊張からか、名刺に書かれていた前野さんの所属部署名をド忘れする。焦りながら名刺で確認しようとしていると、
「ああ!あなたが瀬崎さんですか!前野さんから話は聞いてます。少々お待ちください」
そう言うと守衛さんは、守衛室の中に座っていたもう一人の守衛さんに内線をかけるよう伝える。待つことしばし。
「連絡が取れました。すぐに担当の方が来られるので、こちらの「入館者名簿」に名前を記載してお待ちください」
言われる通り、名簿に名前を書く。すると「関係者」と書かれたストラップを渡される。
「社内にいる際は、ずっとこちらのストラップをつけておいてください。出られる際にこちらに返していただくようお願いします」
「はい、わかりました」
そうしてしばらく待っていると、中からスーツ姿の二人の女性が来ているのが見えた。
一人は当然と言うか、会う約束をしていた前野さん。・・だが、もう一人は、意外な人物だった。
「あれ?武田さん?」
「こんにちは。瀬崎さん」
話を聞くと、今回のPVについて感想や意見、そしてまずないと思いたいが訂正箇所があるならなるべくすぐ欲しい前野さんは、武田さんにここで観ると言う俺にやったのと同様の提案をした。
・・・それに加えて、「できれば学生として社内見学もさせて欲しい」と言う武田さんの要望に答える形で、今まで見学していたと言う事らしい。
「そして聞いたら、たまたま瀬崎さんも今日観に来ると言う事なので、ご一緒しようとなった訳です」
「・・・たまたま、ねぇ?」
疑り深い目で前野さんを見る。彼女はあからさまにそっぽを向いて、口笛を吹く振りをする。誤魔化す気ないな、これは・・・
「・・・まぁ、私も別に一緒に視聴するのに問題はないです。学生さんが社内見学することも良い事だと思うので、何も言いません」
「・・・言ってるじゃないですか」
「別口の愚痴です」
一瞬だけ軽口の火花を散らした後、前野さんは本題に戻る。
「それでは早速、視聴に準備した部屋に案内いたしますね。ああ、途中に興味深いものがあったら、質問してもらって構いません」
「・・・機密保持とかいいんですか?」
「答えられることだけ答えます。・・・それに万が一機密を知ってしまった際でも、瀬崎さんが困る事態になるだけですし・・・」
「さりげなく不穏!!」
「前野さん、さっきまでとキャラ変わってません?」
こんな感じに楽しく移動させてもらいました。
・・・余談だが、その様子を端で見ていた守衛はしばらくの間、
「「あの」前野さんが、あんな表情で会話するなんてねぇ・・・」
などと周囲にこぼしていたらしい。
「着きました。こちらの部屋です」
「第11会議室・・・」
広さもだが、部屋数の多さにもびっくりする。会議室だけでここ、いや奥に少なくとも13まではあるのが見えた。
「会社って、たくさんの部屋があるんですねぇ?」
「いや、ここは特殊な方だから。これほど大きな会社は、そうそう無いから」
素っ頓狂な理解をしようとする武田さんを、慌てて訂正する。横で前野さんが笑いを隠そうとしているのも見逃さない。
「コホン。・・・では、どうぞ」
「「失礼します」」
中に入ると、まさに「会議室」と言った感じでテーブルと椅子が並んであった。広さも10人程度が入れそうな程度で、この人数で使うには申し分ない。
そして端には、32か40V型くらいのテレビとデッキがあった。
「まさに会議室ですね」
「そりゃあ、会議室ですから」
まったく実の無い会話のやり取りをしつつ、前野さんはデッキに向かう。そして懐から、件のものと思われるDVDを出しセットする。
「さっそく流しますね。・・・お二人とも座って観て頂いてもいいのですが、できれば立ったままで観てください」
「え、それは大丈夫ですけど、どうしてでしょう?」
武田さんが質問する。俺はなんとなく気づいたので、前野さんに先んじて答えてみる。
「再現性、でしょうか?店頭で流しているのを座って観る方は大抵いないと思うので」
前野さんはうなずく。
「その通りです。PVはチラ見か、せいぜい立ち止まって観ていただければ良い方です。それで興味を持ってもらわなければなりません」
「なので「立った状態で観るにはちょっと長いな」とか「ざっと観たけど全然わからないな」と言うのは、意味がないどころか却ってマイナスイメージになりかねません」
「言われてみるとそうですね」
納得した様子の俺を見て満足したのか、たまに見せるいたずら顔でわざとらしく言ってきた。
「なので、日常よくある「歩いていてなんとなく見かける」とか「彼女とデート中にチラッと見かける」みたいなシチュエーションの感想が欲しいですねぇ・・あ、ちょうどいい具合に男女一人ずつですね。どうでしょう、瀬崎さん、武田さん?」
「!?」「彼女・・・」
その言葉に変な意味でなく武田さんと一瞬目が合い、同時にサッとそらす。なんだこれ
「・・・「歩いていてなんとなく見かける」と言うのは、まぁそんな感じでの感想は言えそうですね」
俺は情けなさそうな態度で、続ける。
「デート云々については、感想が言えないですね。・・・そっちは日常の一部では到底ないので」
「そうきましたか」
ふっ、そう簡単に負けんよ・・・ などと心中つぶやいていたら、
「・・・そうですよね。私なんかと彼女だなんて、想定もできないですよね・・・」
落ち込んだような声でつぶやく武田さん。
「あ、いや、武田さんが悪いどうこうじゃなくて、ただ自分がモテないってだけの話で」
こういうの苦手・・と言うより縁がないせいか、年甲斐もなくあたふたしてしまう俺。
その様子を見た武田さんは、こちらを見ると、
「・・・わかってます」
自分で言っててなんだけど、「モテない」のわかられても複雑~~
「なんだかんだで、年齢差があると、なかなか周りからカップルと見てもらえませんよね!」
「うん。わかられた気が何故かしないけど、もうそれでいいよ・・・」
諦めた俺の視界の端に、前田さんが吹き出している様子がみえました。
「それでは観てもらいますね。短いバージョンと長めのバージョン二つ連続で流します」
俺と武田さんは、立った状態で完成したPVを観させてもらう。
最初に観た短いバージョンでは、新製品の機能に興奮する人=武田さんの様子が純粋に伝わってくるもの。
続けて観た長いバージョンは、具体的にどういった点が画期的な機能なのかを、より深くそれでありながら簡潔にまとめた印象を受けるものであった。
・・・流石としか言いようがない。
「すごいですね。休日ぶらりの時はもちろん、職場の行き帰りでもどんなものかちょっと観たくなると思います」
「そう言って貰えて光栄です。瀬崎さんが出ている箇所で、何か問題は無かったですか?」
「問題は無かったですよ」
むしろ、製品をつけたモデル=武田さんへのクローズアップがほとんどで、「俺、どこに出てた?」とほぼウ〇ーリーを探せ状態。うん、実に良い。
そしてその、メインを張ったモデルさんの感想はと言えば、
「えっと・・・これ、誰ですか?」
まったく予想していなかったものを見せられた感じで、若干呆けている。
「誰って、武田さんですよ?」
うん、貴方です。
でもまぁ、気持ちはわからないでもない。新製品に触れることに感動する仕草や、機能一つ一つに興奮する様は、こう言っては怒られるかもしれないけど子どものそれを見ているようで、微笑ましく感じずにいられないものだった。
だけど、本人からしたらなかなかに気恥ずかしいだろう。・・・少なくとも俺ならそうだ。
「え?あ、はい、私ですね。えっと・・・」
耐えきれなくなったのか、真剣な表情でこちらを見ながら、こうのたまった。
「私・・・こんなにべらべら喋ってたんですか!?」
「「そこっ!?」」
「私・・・普段はこんなじゃないんですよ・・・前野さんのようにクールでカッコイイ女性とは言いませんが、自分なりに落ち着いた大人と思ってたのに・・・ショックです」
・・なんだか想像していたのとベクトルは少々違えど、主演モデルさんは落ち込んでいる模様。どうするどうしましょう、クールでカッコいい女性さん!?
「・・・この状況でも、何かよからぬこと考えてたりしません?瀬崎さん?」
「いえいえ、そんな」
あなたはエスパーですか!?と、冗談はさておき、
「・・・確かに、俺から見ても武田さんはよく話しているように見えるけど、それでかっこ悪いなんて思わないよ」
諭すように続ける。
「むしろ興奮している、興奮せざるを得ないといった様子が良かったよ。俺も正直、あの製品を買って使ってみたいと思えるし、俺以外の観てくれた人の中でもそう思ってくれる人は、結構いるんじゃないかな」
「・・・そう、ですか?」
少し浮上した武田さんに、クールでかっこ、・・もとい、前野さんがフォローを加える。
「瀬崎さんのおっしゃる通りです。我々としてもPVの趣旨が満面なく伝わる良いものになったと自負していますし、関係スタッフもそう言っています」
「もちろん、私もそう思っています!」
きっぱりと伝えるその姿は、かっこよく様になっている。
憧れのような女性にそう言って貰えた武田さんは、立ち直ってくれたようだ。
「前野さんがそう言ってくれるなら・・・変な態度取ってしまって、すみませんでした!」
ぺこりと深くお辞儀をする。うん、いい子だ。
「いえいえ。では、このPVのままで店頭に流してもよろしいですか?個人情報の観点から外して欲しい所かあれば、遠慮なく言ってください」
「このままで大丈夫です。ありがとうございます」
やはり、なかなか肝が据わった子だ。などと思っていたら、
「多分これを見ても、私だと誰も思わないでしょうから!」
・・・・・・こういったところのズレは、俺もまず間違いなく前野さんも、思っていても言わないことにした・・・
「お二人とも了承を頂いたと言う事で、近日中に販売予定の店舗で流してもらうように進めます。」
前もって用意していたのだろう、DVDデッキの横にあったケースに入ったDVDを1枚ずつ渡される。
「あ、一応念のため言っておきますが、PVが公開されるまではネット等はもちろん、知り合いの方にもこれは見せないでください。万が一流出した場合は、守秘義務違反にあたりますので」
「家族にも見せてはダメなんですか?」
「身内の方でも例外はありません。PV公開時まで、自身以外見られないようお願いします」
「・・・わかりました」
「妹にも見せたかったなぁ・・」と言ったつぶやきが聞こえた気がするが、ここは聞き返さないでおこう。
「では、本日はこのくらいで。・・・と言いたいところですが、お二方。良ければ、あと2,30分、お時間頂けますか?」
「??ええ、私は大丈夫ですが」
「私もそのくらいなら大丈夫ですが、何かあるんですか、前野さん?」
「ふっふっふ・・・」
何か怪しい笑いを浮かべてるぞ!?え、何?俺たち何かされちゃう?お婿に行けなくなっちゃう!?
後、どうでもいいけど、前野さんのキャラ崩壊すさまじいな!!
「お時間ありましたら、是非こちらも観てください!」
ババーンとばかり、胸元から取り出したのは先程と同じようなDVD。まって?どこに仕舞ってたの!?
謎の勢いに気おされながらも、俺は、洗脳系とかの、怪しいものではないか聞くしかないじゃないか!!
「な、・・そのDVDには一体、何が!?」
「・・・なんだか、お二人ともノリノリですね」
端からの冷めた視線は無いものと見なす!前野さんもそうしたようで、
「よくぞ聞いてくれました!!・・・このDVDには、先日瀬崎さんから指摘されて作った、我が社の紹介PVの改善版が入っているのです!」
―――――――――――
(前野視点)
「紹介PVの改善案ねぇ・・・今のままで十分好評だし、問題点も報告されていない。特に手を入れる必要はないと思うんだけど」
予想はしていたものの、上司である課長のその言葉に落胆した。私は何も、今のPVそのものを変えようとしておらず、ただその派生形を提案したいだけだ。
・・・なにより、部下が持ち込んだ企画書を読みもせず言っていることに、一番腹が立つ。
「それにあれだよ?今の紹介PVは、上が鳴り物入りで制作したものだよ?それに手を加えるなんて、・・・わかるでしょ?」
・・・やはりそれが本音か。この課長に限った事ではないけど、私はこういった「長い物には巻かれろ」「こと無かれ主義」と言うのが、「男女差別」程ではないにせよ、好きにはなれない。
「今のPVを変えようと言うのではないのです。まずは、企画書だけでも見てください」
「・・・まぁ、せっかく作ったんだし見るよ。見るけど、GOサインはまず出せないと先に言っておくよ」
あからさまにため息をついて、企画書に目を通し始める課長。そこに、
「これは三橋専務!お疲れ様です!今日はいかがなされました?」
大きな声で挨拶する部長の声が聞こえた。慌てて課長も立ち上がり専務に「お疲れ様です」とお辞儀をする。他の社員や、もちろん私もだ。
「なぁに。先方との商談が予定より早くすんだんで、顔を出しただけだよ。気にせず仕事に戻って」
その言葉を聞いて、全員が仕事に戻る。皆がデスクに座る中、課長の席の前で立っていた私だけが、専務と目が合う。
「あれ?前野くん、課長と何を相談しているの?」
「あ、その、我が社の紹介PVのことで」
「PV?」
「・・・・・」
課長に余計なことは言うなとばかり、睨まれる。・・答えるしかないでしょうに。
などと不毛なやり取りの中でも、行動派の三橋専務。つかつかとこちらに近づくと、
「それが企画書かね?ちょっと見させてもらうよ」
課長の机に置かれた企画書をサッと手に取り、ザッとおもむろに目を通していく。・・流石の早さだ。
「なるほど。入社希望向けと、関係他社向けのPV作成と・・」
自分に言い聞かせるように読み進めていく三橋専務。私は緊張を隠せない。・・課長にいたっては、頭を抱えそうな表情だ。
「・・・これをもし作ってみるとして、予算と期間はどのくらいになりそうかね?」
反射的に、自分の中で概算していた予算と期間を伝える。
「ふむふむ。・・では最後に、この改善部分の動画は、君自身が出ることに間違いはないかね?」
企画書を読んでいない課長が、びっくりした目でこちらを見る。私は真剣な表情で、毅然と答える。
「はい。我が社の魅力を、存分に伝えられるものにしたいと思います!」
「うむ」
三橋専務は口に手を当て、しばし考えると、
「面白そうな企画だと思う。前野君、進めなさい」
思わぬ即時のGOサインに、企画書を返された私自身驚きに目を見開く。隣で課長も唖然としていた。
「ただし、採用するかの最終判断は私自身が行う。先ほど言った期間内で、完成したと言える段階のものを用意出来たら、私に報告するように」
・・・つまり、専務直轄案件になったと言う事か。これは一見優遇されたようにも見える。
しかし、三橋専務の仕事のクオリティに対する厳しさは、この会社の誰もが知っている。いろんな意味で、課長が口出しのできる案件ではなくなった。
「わかりました。全力で取り組ませていただきます!」
「良い返事だ。期待しているよ」
そう言って背を向けて立ち去ろうとした専務だが、ふと足を止め振り返ってこう聞いてきた。
「ところで、・・この案を発案したのは君かね?」
横で聞いている課長の手前、嘘のない範囲で答える。
「・・・意見を参考に、私が企画を作らせていただきました」
「参考に・・ふむ、なるほど」
それ以上は聞かず、専務は立ち去る。・・おそらく彼の頭の中では、私が参考にした人物を、明確に思い浮かべていることでしょう。
・・・ちなみに、このやり取りを横で聞いていた課長は、終始「???」と言った感じでした。
――――――――――――――
「と言う事で、PVの改良版を作らせていただきました!」
「・・・本当に、こんな短期間で作ったんですね」
行動力の凄い人だ。素直に感心する。
「入社希望向け、関係他社向けの順に動画を流させてもらいます。前者は特に武田さん、後者は瀬崎さんに率直、一切の遠慮無しの感想を頂ければと思います。」
「遠慮無しと言われましても・・」
たじろぐ武田さんに、前野さんが本音をぶつける。
「・・先程言った通り、このPVは三橋専務が最終チェックします。専務は海千山千の強者、仕事に対して一切の妥協はありません。だからこそ、多くの社員から尊敬されているのですが」
「なので、一切の妥協の無い仕事を私もしたいのです。我がままですが、是非お願いします」
前野さんが深く頭を下げる。そこまでされて断るほど、俺は悪人ではないつもりだ。
「わかりました。前野さんのためにも、自分が気になった事は遠慮なくお伝えします」
「私もです!前野さんの熱意伝わりました!気になった事があったら、素直に言います!」
前野さんは顔をあげると、今度は改めてお礼のためのお辞儀をした。
「ありがとうございます!お願いします!」
そうして、前野さん作成の改良版PVが流された。
前回観たPVと中盤までは全く変わらず、終盤に前野さんが現れ、紹介する感じだ。入社希望向けには、少し深い具体的な部署と業務内容の紹介説明。関係他社向けには、正直自分ではあやふやなレベルのかなり専門的らしい事業説明と主だった実績の説明が加わっていた。
想像していた通り、前野さんはピントを捉えた説明をするのが素晴らしく、わかりやすい仕上がりだった。元のPVが約5分に対し、前者が7分、後者が10分程度と時間的にも問題ないだろう。
「・・・以上になります。では、率直な感想を頂きたいと思います」
俺と武田さんは多分、同じような表情をしていただろう。動画のクオリティや説明自体は流石と言うレベル。だけどなにか、
「・・・お二人とも、気になることのある顔ですね」
慌てて武田さんが答える。
「いえ!PVの出来が悪いとか前野さんの説明がわかりにくいとかでは本当にないんです!ただ、なんとなく、言葉に表現しにくいんですが」
「・・実際に、会社に入った時の姿が想像しにくい?」
「そう、それ!それです!!」
合点のいくパッとした表情で、こちらを指さす武田さん。人を指さすのは控えようね。
「差し出がましいですが前野さん。今のままでも、入社希望の方に「仕事」を紹介するには十分なものと率直に思います」
「・・ただ、入社希望、特に武田さんのような会社務め経験のない人に対しては、「働いていない時の姿」もあった方が良いかもですね」
「それは、「私生活」ということですか?」
訝し気にこちらに問う前野さん。俺は「う~ん」と少し考えると、
「それもありかも知れませんが、「会社の宣伝PV」としてはちょっと緩すぎますよね。例えばですが、休憩時間の様子とか、社員食堂や社員寮があるならその紹介も良いかもですね」
前野さんは興味深げに、でも真剣な表情で聞いてくれている。
「会社に入る際の不安は、仕事内容自体ももちろんですが、「どういった風に過ごしながら仕事ができるか」もあると思うので。武田さん、どうかな?」
武田さんは「う~ん」と唇に人差し指をつけ、上の方を見ながら少し考え、やがて賛同してくれた。
「言われてみればそうかもです。仕事もバリバリ頑張るけど、それ以外でも充実できればと言う人も、周囲に多い気がします」
あれ?その言い方だと、自分はそうじゃない気もしますけど?
「・・・一理ありますね。社員食堂と寮もあることですし、そこの様子も少し加えてみたいと思います」
どっちもあるんだ・・・やっぱりでかいな、この会社。
「では、双方そういったものも加えるとして、他に気になった事がありましたら是非」
え?ちょっと待って
「待ってください。自分で言っておいてなんですが、仕事中以外の様子を加えるのは入社希望向けだけで良いと思います」
「え?」
武田さんがポカンとこちらを見る。前野さんも眼鏡をきゅっと上げる。
「どういう事でしょう?」
俺は言葉を選んで説明する。
「今言った情報は、「社内で働いている方々」にとって特に有用な情報です。」
「それに対して、関係他社にとってこの情報は、・・・場合によっては有用かも知れませんが、基本特に有用じゃないと思います。」
「確かに・・」
相槌を打つ武田さん。
「・・・と言う事は、瀬崎さん。関係他社向けでより有用な情報と言うのは?」
それを言いたいんですよね?みたいな表情で促される。俺は正直に自身の考えを言う。
「包み隠さず言ってしまえば、「どれだけ自分の会社に利益をもたらせそうか?」だと思います」
ポカンと言った表情でこちらを見る二人の女性。
「・・・なんて偉そうに言いましたが、具体的にどんなのが適切なのは言えませんけど」
締まらない自分が恥ずかしく、つい頬を掻く。
「・・・そんなことはありません。本当に率直に意見を言ってくれて、ありがとうございます」
前野さんがお礼を言ってくれる。良かった~、変な風に思われなくて。
「・・瀬崎さんって、小心者なのかそうでないのかたまによくわからないよね・・」
ホッして気が抜けた俺に、そのつぶやきは聞こえなかった。
「他に気になる所はありませんか?細かい所でも良いので」
そう言われてもなぁ・・
「すいません。技術的な知識は無いので、細かい所と言われてもそれは良かったとしか」
「私もです。「さっき言ってたような情報があればもっといいかな?」とは思いましたけど、興味の持てるわかりやすいPVなのは間違いないと感じました!」
俺と武田さんの真面目な返しに、前野さんは納得してくれたようだ。
「わかりました。・・・なら、これに追加して長い場合は上手く削っていって・・」
前野さんが何やらブツブツ言い出した。ぁー、入っちゃったかー。
こんな状態の人には、しばらく近づかないが吉と、俺の経験は脳に伝えている。・・が、
「えっと、前野さん?」
声をかけられ、集中状態の前野さんはビクンと、軽く跳ね上がる。ぁ~、この子、強いわぁ。
「な、なんでしょう?武田さん」
「・・えっと、なんだかすみません。そろそろ帰らせていただきたいなと」
「・・ああ、そうですね。予定の時間をかなりオーバーしてますね。気づかず申し訳ありません。では、出入り口までお送りしますね」
そして、俺含め3人ともに、入ってきたところまで戻る。
「瀬崎です。こちらお返しします。本日はお世話になりました」
「えっと、武田です。今日は、ありがとうございました」
二人揃って、守衛さんに「関係者ストラップ」をお返しする。
「では荷物チェックを行います。すみませんが、お手持ちのバッグとポケットの中身を出してもらってよろしいですか?」
言われる通り、荷物を提示する。なかなかにチェックが厳しいなぁ。
荷物チェックは初めてなのだろう。武田さんはやや驚いたようだが、俺を見て、同じようにした。
守衛さんは、怪しいものがないかざっと確認する。
「・・・はい、OKです。戻してもらっていいですよ。その後、こちらの退館者名簿に記載をお願いします」
荷物を戻し、名簿に記名する。
「はい、これで退館手続きは終了です。どうぞお通りください。お疲れ様でした」
「・・では私も、ここでお見送りして、仕事に戻ろうと思います。瀬崎さん、武田さん、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそお世話になりました」
「勉強になりました!前野さん、ありがとうございます」
そうして前野さんと守衛さんらに見送られ、俺と武田さんはYASAKA本社を後にした。
「さ~って、・・やることがいっぱいになったので仕事に戻りますね。お疲れ様です」
「お疲れ様です。・・・前野さん、なんだか機嫌がいいですね」
「!!!馬鹿、おまえ・・・」
口を滑らせた守衛をもう一人の守衛が慌ててとどめようとするが、時すでに遅く
「ハァッ?ナニ言ってるんですか?その目は節穴ですか?」
この世のものと思えぬ低い声と表情を、哀れ二人の男性は受けてしまったのである・・・
そんな惨状は知らず、帰路の二人。
「武田さんはこれから駅?」
「○○方面が家なので、そこまで電車ですね」
「・・・あ、そう。俺は別方向だけど、駅まで一緒で良いかな?」
「もちろんです」
・・・ちょっと焦った~。いきなり家のある方言うんだもん。もうちょっと警戒心持って、女の子!
「あー、会社見学、前野さんのおかげでいい経験になったー。瀬崎さんの働いている所もあんな感じなんですか?」
「う~ん・・」
一応これでも社会人の先輩として、なるべく真面目に答える。
「どちらかと言えば、武田さんがバイトしてるお店に近いかな?俺の経験上だけど、あんな風にドラマであるような「きちんとした会社」というのは、むしろ少ないと思う」
「そうなんですか?」
うなづいて言葉を続ける。
「俺も会社組織の仕組みに詳しいとは言えないけど、会社って「現行の仕事を回す」所と、「それを指示する、これからのことを考える」所にざっくりと別れると思うんだよ。」
ふむふむとうなづいてくれたので、続ける。
「んでもって、回す所は大抵、数が必要だから圧倒的に多い。俺はこっち側。で、さっき行ったような本社や前野さんは、典型的な「考える」側だね」
自分ではこの程度の説明しかできないが、武田さんは納得してくれたようで、
「そんなものなんですねぇ。・・また勉強になりました。ありがとうございます」
お礼を言ってくれる。礼儀正しい子や。
「などと言っている内に、もうすぐ駅だ」
「駅ですね」
駅に着いた。
「じゃあ、今日はお疲れ様。気をつけて帰りなよ」
「お疲れ様です。・・・ぁ、最後にちょっといいですか?」
なんでしょ?コクリとうなづく。
「・・・前野さんが瀬崎さんを呼んだってことは、瀬崎さんの連絡先を知ってるってことですよね?」
「・・まぁ、そうだね」
なんか雲行き怪しいぞ?などと思う間もなく、
「じゃあ、私にも連絡先教えてください」
何でもないようにニッコリ笑顔でのたまった。なんでそうなるの!?
・・・などと、心で突っ込んではみたが、断る理屈はないしそんな雰囲気でもない。
俺はあっさり、白旗をあげることにした。
「・・わかりました。口頭でいい?」
「ぁ、ちょっと待ってください」
彼女は慌ててスマホを取り出し、番号を入力する準備をする。
「どうぞ」
暗記している携帯番号を伝える。
「ありがとうございます。えと、私の番号は」「いやいや、間違ってないか試しにかけてくれればいいから!」
慌てて女性の個人情報流出を食い止める方向に持って行く。心臓に悪いよ、この子!!
「あ、そうですね! では」
もう一度番号を確認して、スマホの画面を叩く。すると、俺のスマホの着信音が鳴った。一応画面を確認すると、知らない番号が来ていた。
「うん、番号は間違ってないようだよ」
だがしかし、彼女は電話を切ろうとしない。それどころかスマホを耳まで持ってきています。
「・・・えと、武田さん?」
「??」
困惑顔の俺に対し、彼女もなぜか困惑顔・・・そして、やはりコールは止まらない。
・・・俺は観念して、電話の着信ボタンを押した。
「もしもし?」
「武田です。良かったー、繋がってますね!」
そう言うや、彼女は電話を切る。うん、これは。
「いやー、なんか恥ずかしいですね。・・・それに、なかなか電話取ってくれないんで間違えたかなって焦っちゃいました」
「あ、そう。・・・えーっと、言いにくいんだけど」
「???」
俺は説明した。
コールさえしてくれれば番号は来るので、切ってくれて良い事。
それでもたまたま別の電話が!とかで不安なら、電話番号を見せてもらえば良い事。
それを聞いた武田さんは、みるみる顔を赤くし、
「え~っとそれって、私ひょっとして、・・・結構マヌケだったり?」
「・・・言いたくはないですが」
半眼で睨まれました。ちょっと怖いけど、可愛かったです。
おさまった所で、気を取り直すように彼女は言った。
「・・・まぁ、これでまた何かあったら連絡が取れると言う事で、これからもよろしくお願いします」
「あ、はい・・?」
思わず語尾上がりな肯定の返事しちゃったけど、え?何かあったら連絡来るの?
「では、今日はお疲れ様でした!失礼します!」
元気よく挨拶し、彼女は立ち去った。
「・・・やれやれ」
俺は思わず頬を掻いた。
「完成PV視聴のためのYASAKA本社への訪問」と言うイベントに加え、テンションノリノリ前野さんに、こっちを不安にさせる武田さん。
色々あったような一日だったなぁ・・・
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