第11話 完成披露試写会(レセプション)
「「「あ、いた! 瀬崎さん!!」」」
俺を見つけるや、小走りで駆け寄ってくる女性3人。
一人は、
「コホン。・・・突然お呼びしてすみません。こんばんは」
美人キャリアウーマンである「前野 貴美子」女史。・・なんでここにいるのん?
一人は、
「やっと見つけた~。こんばんは!」
モデル、タレント、アイドルと言われて誰もが納得する超絶美少女「陣内 渚」ちゃん。・・・君もなんでここにいるのん??
そして、最後の一人は、
「・・・お久しぶりです。今日は来て頂いてありがとうございます。瀬崎さん」
映画の主演の一人を務め、俺を招待してくれた張本人である「皆瀬 瑠衣」さん。
あ、うん。この方はここにいるの当然だけど、なんで俺なんかの所に来るわけなのん???
芸能人が多々いるこの会場であっても、一際目立つこの3人と一緒にいる俺に対し、「何者?」と言う視線で周囲から見られる。・・・辞めてくれ~~
「えっと、・・・すみません、そろそろ仕事に戻らないといけないので、失礼しますね」
突然の美女、アイドルオーラに気圧されたのか、仕事を理由にその場を去ろうとする一緒に話をしていた男性。
・・・話の途中で悪いとも思ったけど、もし自分が相手の立場だったら引き止めるのも別の意味で悪いと思い、
「お仕事中にすいません。改めまして、瀬崎と言います。また機会がありましたらよろしくお願いします」
念のため所持していた自分の名刺を男性の方にお渡しすると、「お気になさらないでください」と受け取り、仕事に戻られた。
「あちらのスタッフの方と、お知り合いだったのですか?」
皆瀬さんから尋ねられる。
「えっと、以前勤めていたところで商品を買っていただきました方でして。・・と言いますか、今日は招待いただいてありがとうございます!」
「あ、こちらこそ。ご丁寧にどうも」
お互いに頭を下げ合う。
「・・・親しげなところ恐縮ですが、そろそろ私たちのことも皆瀬さんにご紹介して頂けたらと思うのですが」
「そうだそうだ~。無視反対!!」
前野さんとそれに悪乗りする陣内さん。おのれ・・・
だけど、断る理由もない。前野さんから紹介する。
「こちらは前野さん。先日、仕事・・みたいなものでお世話になった方です。」
「前野と言います。この度は専務、・・三橋の代理として来させて頂きました。ご招待ありがとうございます」
「あ、至おじさんから聞いてます。はじめまして!こちらこそ来ていただいて、ありがとうございます」
ん?
「・・・すみません。皆瀬さんって三橋専務の?」
「姪御さんにあたりますね」
前野さんの冷静な答えに、俺は心の中で(おいーーーー!?)とツッコミを入れる。
「あれ、聞いてなかったんですか?」
聞いてませんでしたよ。・・ってことは、
「皆瀬さんが最初、緒方氏と俺に会った時って、」
「あ、はい。至おじさんからの紹介です」
そういうことかー!やっと繋がったよ。
「・・・へー、大会社の専務とアイドルの方に信頼されてるんですねぇ。へー」
何故か若干、いらだちの表情で俺を見る超美形少女を次に紹介する。
「そしてこちらの、「すわ、アイドルか!?」って方が陣内さん。これまた仕事っぽい事やってる時に、道案内してくれた子です」
「はい~。迷える子羊っぽい人を導く道案内っぽい、陣内渚と言います!皆瀬さんにお会いできて光栄です」
俺の、嘘ではないんだけどつまらない紹介に乗ってくれる陣内さん。いやー、ホント頭の周り速いわ~。
「え!?私てっきり、どちらかに所属のアイドルの方と思ったんですけど、違うんですか!?」
うんうん。所属どころかアイドルでもないんですよ。いや、気持ちはすっごくわかりますけど。
などと、心の中で同意していたところで、自分たち以外から思わぬ声が聞こえた。
「! ・・・思い出した。あの女性、「株式会社JINNAI」の社長令嬢だ!!」
その声を聞いた周りの人みんなが一斉にこちら、陣内さんの方を向く。その彼女は俺の方を向いてバツの悪そうな顔で、
「え~っと。・・・はい。「JINNAI」の代表取締役社長は、私の父です」
自分も知らなかった情報を教えてくれた。
「株式会社JINNNAI」。
社長の名前から取ったのだろう、読みはそのまんま「ジンナイ」。
一代で築き上げたため会社としてはまだ若いかも知れないが、国内有数の「アミューズ・エンターテインメント」企業である。
会社などにさして詳しくもない自分が、なぜすぐにわかったかと言えば、その社会的知名度以外に、・・・自分の今いる会社「プレイ・アス」のいわば親会社だからだ。
「隠してるつもりはなかったんだけど、なかなか言えなくて・・・」
その時俺は、彼女と初めて会った時のことを思い出した。「立ってほしくない波風」。なるほど、そういう事か。
俺は、諭すように言った。
「別に騙してた訳じゃないし、気にしないよ」
「・・・あー。あー。すみません。皆瀬さんが戸惑っているみたいですので、そろそろ戻ってきてもらえますか?」
前野さんの若干冷めた声に、二人そろってハッとなる。
その皆瀬さんはと言えば、面食らった表情で、
「・・・えっと。つまり陣内さんがこちらに来られたのは」
「渚と呼んでくれて大丈夫です。はい、父の代理です」
あー、そういえば映画のエンドロールっていうの?に「株式会社JINNAI」の名前があったなぁ。スポンサーとかそういう奴かー。
「え?じゃあ、監督に挨拶はされたのですか?」
「それがまだでして。皆瀬さん、よろしければ監督さんに紹介してもらえますか?」
「私で良ければ!瀬崎さん、前野さん。ちょっと失礼しますね」
「ちょっと父からのお使い終わらせて来るんで、また後で」
そう言い残し、二人はその場を離れた。
二人が挨拶に向かって、必然的に前野さんと二人に。さーって、ここぞとばかり、文句を言うか。
「・・前野さん、知ってたんですよね?」
「当然ですが?」
予想されていたのだろう、あっさり即答される。
「・・言い訳では無いですが、渚さんは自身のことをペラペラ言うタイプではありません。彼女が言わないなら、言う事ではないと思っていたのはわかってください」
「それは、・・・わかる気がします」
陣内渚と言う人物は、若くても十分聡いことくらい、最初からわかっていたことだ。
「はい。決して、我々が明かした時のリアクションを楽しみにしていた。・・・なんてことはありませんので」
「今、なんてった?」
おっと、思わず口に出てしまったぞ。いや、あえて出したんだけどな!
「~~♪~~♪」
コラ、こんなところで目をそらして小さく口笛っぽいのするのやめなさい。可愛いとか思ってしまうでしょ!
「さって、お二人が戻るまで少しかかるでしょうから、何か食べましょうか?」
「そうですね。・・・と言っても、こういった芸能界的な場は初めてなんで、勝手がわからないんですが」
「初めてなんですか?」
「恥ずかしながら・・」
照れて頭をかく俺。それに対し、
「大丈夫です。・・私も似たようなものなんで」
茶目っ気たっぷりに言う前野さん。その仕草は、年上のはずなのに、可愛いと思わずにはいられない反則だと思いました。
―――――――――――――
(瑠衣視点)
私は、何名かの招待客と談笑している永井監督を見つけ、声をかける。
「お話し中すみません、監督。今ちょっとよろしいですか?」
私の呼びかけにこちらを見た監督は、さらに一緒にいた超絶美少女にも気づいたのだろう、目を見開いて言った。
「皆瀬さん、お疲れ様です。・・・そちらの方は?」
「はじめまして、陣内渚と申します。「株式会社JINNNAI」代表取締役である父の代理として、挨拶に伺いました」
礼儀正しいはっきりとした声で挨拶をする渚さん。彼女の自己紹介に周囲がまたざわつく。監督もまた驚き、恐縮する。
「陣内社長の娘さんですか!陣内社長にはこの度、大変お世話になりました。よろしくお伝えください」
「ありがとうございます。伝えておきます」
形式的な挨拶を終え、軽く雑談をしている渚さんを見て、私はこう思わずにいられなかった。
(本当に綺麗な方だなぁ)
私を含む、その辺りの芸能人顔負けの外見ももちろんだけど、仕草、動き?も洗練された印象を受ける。そして、こう言ったちゃんとした場にふさわしい受け答えも、自然とできている感じだ。
「社長令嬢」と聞いて、知らず色眼鏡的な補正がかかってしまっている可能性は否定できない。ただそれを踏まえたとしても、私、いや他の誰が見ても「綺麗」と表現できる女性だろう。
そう考えると、失礼と思いつつ、ついこんな風に少し考えちゃう。
(・・・こんな美少女が、なんで瀬崎さんと親しそうに?)
「ところで陣内さん。もし良ろしければ、今回の映画の率直な感想を頂ければと思うのですが」
「・・・すみません。私、本日、学校が終わってからこちらに来たので、映画は観てないんです。せっかくご招待いただいたのに、申し訳ありません」
言葉と同様、申し訳なさそうに頭を下げる渚さん。隣で聞いていて私は、
(学生さんなの!!?)
大人びた容姿と態度から、勝手に成人と思い込んでいた。同じように思っていたのであろう監督も驚いた表情を見せるが、無論言葉には出さない。
「学校でしたか。・・・では、しょうがないですね。お気になさらないでください」
「ありがとうございます。」
だけど、よく考えなくても、試写会の時に彼女がいなかったのは思い返せば納得だ。
・・・彼女が試写会に参加していたなら、その時点で大なり小なり目立っていたはずだから。
監督との挨拶を済ませると、私と渚さんは伴って瀬崎さんの所に戻る。
その道すがら、彼女は私に聞こえるか聞こえないか程度の小声で呟いた。
「はぁ~、緊張して肩凝った。これで代理としてのノルマは終わり!・・皆瀬さん、一緒にいてくれて、ありがとうございます」
・・・何てことはない。彼女の学生っぽさもまた、大きな魅力なのは間違いないよね。
――――――――――――
俺と前野さんが立食形式の豪華な食事を堪能していると、皆瀬さんと陣内さんが戻ってきた。
「あー!なんか美味しそうなの食べてる!」
「・・お腹が空いてましたので」
美少女感台無しの、(それでも可愛さがあるのが卑怯すぎる)陣内さんのぶー垂れにさらっと返す前野さん。
「じゃあ、私も美味しそうなの取ってくる!」と子どもっぽいセリフを残し、彼女はこの場を離れた。
その様子をポカーンとみている皆瀬さんに声をかける。
「考えはしっかりしていても、ああ言ったところは子どもですよね」
それを聞いて、何故か皆瀬さんは俺を訝しそうな目で見る。え?俺、何もしてないよね?
「・・・ああいった態度はたぶん、ごく一部の人にしか見せないんでしょうけどね・・」
だけど、その声はあまりに小さく良く聞こえない。俺は聞き返す。
「すいません、よく聞こえなくて。・・なんて言いましたか?」
「・・・そういえば、渚さんと初めて会った時、「道案内」とか何とか言ってたのはどういう意味ですかって言いました!」
さっきと言葉数的に全然違うように感じたけど、なんとなく聞き返せない圧を感じるので、
「え、ええ、それはですね」
俺は皆瀬さんに、陣内さんと初めて会った時のことを話す。・・・まぁ、ナンパっぽいことをされてた事とかは、言う必要無いので変えたけど。
「・・・と言った感じで、彼女の「道案内」のおかげで、仕事っぽい事がスムーズにできたんですよ」
「「へぇ~~、そんなことが・・・」」
そういう事なのです。・・待って、なんかステレオに聞こえたんだけど?
見てみると、何故か疑わしげな様子の皆瀬さん・・・と、前野さん。
あ、うん、すぐ近くにいたし聞いててもおかしくないよね・・でも、
「・・なんで二人揃って疑わしげなんです?」
「「いえ、なんと言うか、」」
またもやステレオ。でもその先は違った。
「そんな偶然あるのかなぁ~って」
「・・前に聞いた時も思ったのですが、彼女、渚さんが初対面の方に、そこまで親切にするのかなと」
「なになに?何の話です??」
食事を取ってきた陣内さんが楽しそうに話に混ざる。手の皿には、美味しそうな料理がなかなかの量。結構食べるのね。
「・・・いえ、ただ、瀬崎さんの好みのタイプを聞いていただけです」
「待てコラ」
なんてこと言いやがる、この巨ニュアウーマン。
おっと、突然のお約束ボケに思わず暴言突っ込みと謎の造語を作ってしまったじゃないか。
「え!?・・・え、っと、はい。そんな話をしてまして」
してません。何言ってるのこの庶民派女優。
「・・・あ、ハイ。話を折ってすみません。続きをどうぞ」
続きなんて無いですよ。落ち着けこのハイスペック美少女JK。
・・・これ以上やさぐれると、それこそ人相が悪くなりそうなので話を戻すことにしよう。
「そんな需要の無い話では無くて、俺と陣内さんが初めて会った時の話をしてたんです」
「需要無いことはなさそうですけど」
誰か何か呟いていたようだけど、時間の都合で割愛しよう、そうしよう。
「なんだっけ?「陣内さんは初対面の困っている人に道案内するほど親切な人じゃない」でしたっけ、前野さん?」
「私に喧嘩を売っているという認識で宜しいでしょうか、瀬崎さん?」
「ちょっとした言葉の綾です」と怖気づいて言おうとしたら、
「あ~、確かにただの初対面の人には道案内までしないかな?瀬崎さんもナンパから助けてもらって無ければしてなかったかも」
「「え?」」
「え?」
お互いに目をパチクリしあう三人。・・・しまった。
「ナンパから助けてもらったって、どういう事でしょう?」
「言ってなかったんですか、瀬崎さん?」
「・・・わざわざ言う事じゃないでしょう」
「何言ってるのです?そこが大事でしょう」
「うんうん」とうなずき合う女性陣3名。・・・君ら、気が合いすぎでしょ。
「まぁ、武勇伝は本人からは言いづらいでしょうし?ここは私から言わせていただきましょう!」
いや、武勇伝じゃないから。・・なんでお二人、拍手してるの!?
「男性二人にナンパされ、声も出ず困っている美少女。・・・そこに颯爽と現れ、無言の圧でナンパを撃退したヒーローこそ、瀬崎さんなのです!!」
え?何言ってんの、この子?
「「きゃ~~」」
きゃ~じゃない、そこの成人組。
「念のため言っておきますけど、そんな漫画みたいにカッコいいことしてないですからね?ただその場の雰囲気をうやむやにして、ナンパする気をなくさせただけですから」
「「そこんとこ詳しく」」
なんで食いつくの!?
「・・・まぁ、こっちなら」
何故か小声でつぶやく陣内さん。
こっちってどっち?「いいですよね、瀬崎さん!」
怪訝な表情で聞こうとしたら、すかさず被せられてしまいました・・・スゲェわ、この子。
まぁ、事ここに至っては、恥ずかしいけど隠すほどでもないので、承諾の意味でうなずく。恥ずかしいけどね!
「それがですね・・・」
陣内さんが二人組の男性にナンパされていた時の事を、二人に話す。
それを端で聞いていた俺も(あ~、あの時言ってたのはこういう事だったのかぁ。)となってしまった。
「・・・へ~、そんなことが」
「やっぱり瀬崎さんって、へん・・・個性的なんですね」
まぁ、そうなりますよね~・・・逃げたい。
などと考えたからかは知れないが、少し催してきたので断ってお手洗いへ。
「あ、逃げた」
「・・・そー思われるタイミングなのは認めますが、普通にお手洗いです・・」
みんなに笑われてしまった。ホントなんだからね!
―――――――――――――
(瑠衣視点)
瀬崎さんが席を外した後、おもむろに渚さんが言った。
「さて、・・・お二人が瀬崎さんと初めて会った時の話も、良かったら聞きたいんですけど?」
聞かれて、私はちょっと複雑な気持ちに。渚さんほど、劇的じゃないからなぁ・・・待って?何、対抗してるの?
そして聞かれたもう一人、前野さんもやや複雑な顔に。
「・・・初めて会話した時と言われても、先日渚さんとご一緒した新製品イベントの時ですよ?」
「「会話した」・・・まぁ、そういうことならそれで」
「・・・ええ、そういう事ですよ」
にっこりと、思い返せばぎこちない笑顔の二人に、私は気になったことを聞く。
「「新製品イベント」、ですか?」
「ああ、それはですね」
と説明してくれようとした前野さんを遮り、
「今度、「YASAKA」の新製品でウェアラブルデバイスがでます。そのPVのモニターモデルとして瀬崎さんが「呼ばれ」ているんで、それを観てみてください」
「え?瀬崎さんがモニターモデルをやってるんですか?」
「それは」「ええ、そうです!楽しみにしていてください」
「はい!」
私は元気よく返事をする。
その時、渚さんは面白楽しそうな表情、前野さんは複雑な表情をしていたのだが、私は気づかなかった。
「さて、・・最後は皆瀬さんと瀬崎さんの出会いシーンですね」
「えっと・・」
別に隠すことではないと思っているのは本当だけど、何となく言い出しにくい。
「どんな感じの演技指導だったんですか!?」
「知ってるじゃないですか―――!?」
思いっきり突っ込んでしまった。
「って、え?ホントなんで知ってるんです?」
素直に不思議がる私に、二人は罰が悪そうに、
「え~っと、瀬崎さんに聞いたというか聞き出したと言いますかぁ」
「会話の流れで・・・詮索するつもりは無かったのですが」
「どういう流れなんですか、それ・・・」
私は二人に詳しく聞き出した。
――――――――――――
小用を済ませた俺は、(嫌だなぁ~、ちょっと戻りたくないなぁ~)と思いながらも、我ながら律儀にレセプション会場まで続く広い通路を歩き始める。
「あれ、店長? ・・ひょっとして店長ですか!?」
「てんちょう」って、変わった名前の方だなぁ。呼ばれてますよ~。
・・・って、この声?
俺は立ち止まり、周囲を見回す。女性と目が合う。
「やっぱり店長! お久しぶりです、野上です!」
思いがけず見知った顔だった。
今の会社で働く前、約4年前くらいになるか、とあるフランチャイズのカフェの店長をやっていた時期がある。・・まぁ、調理経験のほとんどなかった俺がいきなりなれるような、いわゆる雇われ店長だが。
野上さんはその当時、大学生のバイトとして働いてくれた子である。
「あ~、野上さん。久しぶり。元気にしてる?」
「はい、おかげさまで!バリバリ仕事やってます!!」
言葉の通り、彼女は今着ている服装は、新人っぽさはあるもののちゃんとしたスーツ。お~、成長したなぁ。おじさんは嬉しいよ・・て、あれ?
「今ここで仕事中って事は、芸能界関係の仕事かなにか?」
「ええ、そうなんです!実は」
といったところで、彼女の手に持っているスマホから着信音が鳴り始めた。
「あ、すみません。ちょっと失礼します」
俺に断り、慌てて電話を取る。おー、忙しそうだ。
「はい、野上です。お世話になっております!・・・・はい。・・・・・・はい」
これはしばらくかかりそうだ。さてどうしたものか。
「・・・・・はい。すみません、人を待たせているもので、こちらからすぐにかけ直します。・・・ありがとうございます。一旦失礼します」
電話相手に断りを入れ電話を切ると、野上さんはこちらに向き直る。おー
「すみません。お久しぶりですのに」
「そんなことないよ。前に一緒に働いていた子が新たな所で頑張ってるのを見ると、おじさんむしろウルって来ちゃう。」
「なんですか、それ。店長、まだ若いですよ」
つい口に出たキモいと思われても仕方ない親父ギャグに、社交辞令も交えて的確に返答してくれる。ええ子やぁ。
「野上さんが今どんなことをしてるかちょっと興味あるけど、先方さんを待たせているようだし失礼するね」
「すみません、ありがとうございます。・・・えっと、店長、前から連絡先変わってないですよね?今度、連絡させてもらっていいですか?」
「あー、変わってないよ。了解。こっちはそんな忙しくないから、お気軽にどうぞ」
「ありがとうございます!では失礼します!!」
「ほい、仕事ガンバ」
すぐに電話を折り返そうと離れる野上さんを見送り、俺はかしまし3人娘の所に戻った。
いやいや、あそこまで円滑に社交辞令が言えるって、芸能界ってやっぱ厳しいのね。
レセプション会場に戻り、待たせてしまっているであろう淑女の皆様を探す。・・・嘘です、探す必要ありませんでした。だって、めっちゃ目立ってるんだもん、あの3人!
今回の映画の主演女優である皆瀬さんはもちろん、その芸能人仲間と言われて誰もが納得するレベルの陣内さん。
それとは別ベクトルで、「仕事のできる美女」と言った感じの前野女史。
そんな華のある3人が和気あいあいと話してたら、そりゃあ目立つ。周囲の男性いや、一部女性も声を掛けたいけど掛けきれずチラチラ見てる雰囲気がありあり。
・・・え、あれに飛び込むの?いやいや・・・そうだ。美味しそうな料理がまだあった。女性陣には悪いけど、そちらを堪能させてもらってから戻ろう。
「・・・あ、瀬崎さん!おかえりなさいませ」
などと企んでたら、前野さんと目が合って声を掛けられてしまった。一斉にこちらを見られる。辞めてぇ~
だがしかし、何事もないかのように全力で装い、どうにか3人と合流する。うお、俺頑張った!・・・と、
「あれ?皆瀬さん、顔が赤いですよ?お酒飲まれました?」
「あ、いえ、そんなことは、・・・あ、はい」
なんだこの可愛い生き物、芸能人ってやっぱすごい!
・・・で、どっちなんだらう?
「・・そりゃあ多分、「こんな話」聞かされたら、お酒飲んでなくてもこうなるでしょ・・ねぇ、瀬崎さん?」
陣内さんから、微笑ましいようで笑ってないような何とも言えぬ視線で告げられる。
「え?君ら、何話してたの?」
「乙女の秘密で――す☆」
おっと、「それ以上聞くな」コールが来ましたよ。見ると前野さんも困ったように、皆瀬さんも、まるで赤べこのように、コクコクとうなづきまくってる。はいはい、聞きませんよ。可愛いな、こんちくしょう。
「はぁ。まぁ、具合が悪いとかじゃなければいいですよ。・・・ところでお三方、楽しく喋ってるのは良い事だけど、挨拶周りとか大丈夫です?」
さっきの周囲の反応から見るに、この面々と話したい人はたくさんのようだし、純粋に気になって言った。・・・いや、この状況からちょっと逃れたいと言うのも正直あるけどさ・・
「私は専務の代理ですし、挨拶の必要な方々には早々に挨拶して参りました。お気遣いありがとうございます。」
「私も父の代理なので、先程、監督にご挨拶できただけで問題ないです。」
そいや、君ら揃って代理だったね。・・・ん?
「ということは、三橋専務や陣内社長がもし来られるようなら、みんなここで会えなかった訳だ。俺もたまたま仕事休みだから来れた訳だし。」
そう考えると偶然って凄いなぁ。
・・・などと感慨深くしてると、何故か二人ともきょとんとした顔に。
「え?俺、なんか変なこと言いました?」
「・・・いえ、そんなことは」
「・・・変なのはいつも通りなんで、もう気にしませんよ」
困惑顔の前野さんと、良い笑顔の陣内さん。よし、後者は表出ろや。
「お仕事、こんな夜までやられているんですか?」
JKさんと闘う気満々でいた俺に、横から皆瀬さんの質問。・・・ふっ、命拾いしたな。
「たまに変わりますが、だいたい今の時間も仕事してますね」
「そうなんですね。・・よければ、どんな仕事か教えていただいても?」
別に隠すことじゃないので、またもや念のため用意しておいた名刺を出し、
「「プレイ・アス」というところで働いてます。そちらの陣内さんのお父上の会社「JINNNAI」の子会社みたいなところですね」
この言葉に皆瀬さんが驚く。
「つまり私は、瀬崎さんの上司みたいなものってことですね」
「思ってもないことを口に出すんじゃないよ。ただの高校生、陣内渚さん」
渚氏の(自虐的に思えてならない)ボケを、真顔になって速攻で潰す。突然の俺の変化に、この場の空気が固まる。
「はい・・・ごめんなさい」
素直に謝る陣内さん。こう言ってくれると思ったから、あえて言った。
「いえ、俺も言い過ぎた。申し訳ない」
「ホントですよー☆」
急におどけた態度になる陣内さん。・・・でも、反省はきちんとしており、自分が崩したこの場を戻そうとするいわば「空おどけ」なのは、多分この場の全員がわかっただろう。
「・・・すごいですね」
「まったく・・・」
隣から小さな声で伝えてきた皆瀬さんに、俺は同意しかできなかった。
「あ、そうだ!申し訳ないと思ったそんな瀬崎さんに、ようきゅ・・・質問いいですか?」
「今、要求って言いかけたよね?」
俺の反論は当然の如くスルーされ、その視線は皆瀬さんに渡した俺の名刺に。
「私も前回もらった名刺、なんで瀬崎さん個人の連絡先が書いてないんです!?」
「いや、普通書いてないっしょ!?」
俺的会心の突っ込みに、陣内さんは「えー?」と言った表情。皆瀬さんはコクコクうなづく。・・・まぁ、芸能人の連絡先なんて、また別の話な気もするけど・・・
そして最後の一人。この中で一番、俺と会社人として近い立場にいる前野さんならもちろ・・・首を振っている、だと・・?
「お言葉を返すようですが瀬崎さん。「名刺に会社員本人の連絡先を書かない」と言うのは、必ずしも一般的とは言い切れないですよ?」
「そうなんですか?」
「はい。会社にいる時間の少ない、外回りの営業が主な仕事の方々が良い例ですね。一昔前ならともかく、今はスマホや携帯を持っているのが普通です。会社経由ではなく、直接連絡をもらった方が効率的でしょう?」
「・・・確かに、一理ありますね」
「はい。・・・と言う事で、瀬崎さんも個人の連絡先を教えましょう」
「そうですね。いや、なんで!?」
からかう表情の前野さん。危ない危ない、誘導尋問に引っかかる所だった。
「別にいいよ。減るものじゃ無し」
「その台詞を言うとしても、それは俺なんだけど?なんで君が言っちゃうの?」
陣内さんは「えー?」とジト目。なんでやねん。
「まぁ、言葉自体は冗談ですけど、連絡先が欲しいのは本気ですよ。この前のPVの件で連絡しようとしたのですが、瀬崎さん個人の連絡先が無かったので」
「あ・・・」
言われてみればその通りだ。
「それは私も気づきませんでした。連絡先は、何かに書いておいた方が良いですか?」
「ああ。・・・口頭で大丈夫ですよ?」
「いや、それですと」
「口頭で、だ、い、じょう、ぶ、ですよ」
なんかめっちゃ圧かけてくるー!?
思わず近くにいた人に助けを求めようとしたら、
「口頭でいいと言ってくれてるんですから、ここは、遠慮なく、の、ら、な、い、と」
なんか美少女さんも圧かけてくる―!えええええ!?
最後の希望で人気女優さんの方を見たら、コク、コクまだ赤べこ状態――!!
・・・観念しました。
「わかりました。連絡先は、・・・」
口頭で告げた連絡先を、3人ともいつの間にか手元に出していたスマホに打ち込んでました。なんだこのノリ・・・
・・などと韜晦していると、突然会場のライトが暗くなり、一か所を明るく照らす。
そのライトの先には、試写会でも司会をやっていた方が。
「お越しいただきました皆様!楽しいお時間をお過ごし頂いていると思いますが、そろそろお時間となっております!」
「最後に、本日の完成披露試写会を主催しました監督の永井より、改めて一言お礼を述べさせて頂きたいと思います。」
あ~、終わりの時間か。
紹介されライトアップされた永井監督の言葉を聞いている横で、皆瀬さんが俺に聞こえるだけの小さな声で尋ねてくる。
「・・・今日は、本当に来てくれてありがとうございます。楽しんでいただけましたか?」
俺は正直に返した。
「楽しかったです。貴重な経験をさせてくれて、ありがとうございます」
嬉しそうな彼女の笑顔を印象に残しつつ、「映画完成披露試写会」は終わりを告げた。
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