第9話 瀬崎の日常

「お疲れ様でーす。お先に失礼します」


「お疲れ様です」


 同じ担当のパートさんの退社を見送る。

俺は「新品および中古のゲームソフト、DVD、CDのネット通販」関係の業務を担当している。

内容としては、「ネットにはいる注文の確認と伝票出し」「在庫の確保」「商品の状態確認」「商品の梱包」「入金確認」そして決まった時間に来る「集荷業者さんへの引き渡し」「出荷通知メール送信」。

ここまでがいわゆる「出荷業務」。1日でやらないといけない最低業務だ。

それに加えて、「ネット販売用の商品登録」や店頭でも販売しているので「店頭在庫の整理、棚だし」などもやらないといけない。

・・・でもまぁ、この辺はきつい時もあれど、いわゆる通常業務だ。


ちなみに、本日はパートさんが全員あがった現時点で「出荷の準備」までは終わっている。後は一人で細々と残務をやっていく訳だけど、


「さって、メール確認っと。・・・うん?」


・・・・・・・


「はぁ・・・」


「大きなため息だなぁ、瀬崎」


様子をたまたま見ていたのであろう兵頭課長から指摘される。


「課長。いえ、まぁ、これを見てもらえます?」


「どれどれ?」


兵頭課長がお客様から来たメールを確認する。


「なんだ。注文した中古DVDの再生に不良が生じてるって内容なら、稀にあるだろう?」


「それはそうなんですけどね。・・・このメールだけだと、どのお客様かわからないんですよ」


「ナニ?」


俺は届いたメールをそのまま読み上げる。


「「そちらから購入した中古DVDが途中で止まって観れません。対応お願いします。」だけで、注文番号どころかお名前も商品名も無いんですよね」


ネットで受けた注文に対応する際は、注文時にお客様に発行する「注文番号」からお客様を特定し、対応するのが一番確実。そうでなくても、お名前と商品名があればまず対応できる。

だけど、お名前や商品名だけでは、「同姓同名」や「別の店で購入していた」と言ったことも無いとは言い切れないので、念のため確認する必要がある。


が、今回届いたメールはそれすらもない訳で、


「届いたメールアドレスから特定できない?」


「それで出ればいいんですけど、複数使ってるとかの方だと、・・・はい、駄目でした」


ネット通販だとメールアドレスの登録が必要なケースが多いので、そこで検索をかけるもヒットせず。「登録とは別のアドレスからメールしている」や「そもそも登録していない」など考えられるが、少なくとも言えることは、


「それは・・・お手上げだな」


「あーい、お客様には確認のメール送っておきますね」


俺は届いたメールに、「これだけでは対応ができかねます」といった内容の文面を打ち、返信した。


「しっかし、お客様はこれでこちらがわかると思っているんだろうねぇ」


俺はしばし考えて答える。


「・・いろいろ考えられますね。登録はしてるんだけど別のメアドで送っちゃったとか、そもそも登録してないとか」


「場合によっては、うちではない所から購入してるのも考えられますね。うちは販売サイトを借りてるだけなんで、同じような店はたくさんあるでしょうし」


「・・・なるほどなぁ」


俺はさらに付け加える。


「さらに言えば、問い合わせ先を間違っている可能性もあります。自分も経験ありますが、ネット販売サイトの問い合わせフォームって、わかり難いのが多いですから」


「ネット販売の課題ってやつかねぇ・・」


「確かに。うちも含めて、売る側ももちろん変えていかないといけないですけど、それだけじゃないと思うんですよね」


「うん?どう思ってるって?」


いい機会だ。今いるのは課長だけだし、常々思っていたことをここぞとばかり軽くぶちまけようか。


「まず一つは、「全体的にネット慣れしていない」感があるんですよね。でも、それはある程度仕方ないと思ってます」


「と言うのも、「インターネット」が身近になったのって、20年くらい前辺りからでしょう?自分はゲーム好きの延長でPC、それからネットっていけました。でも、そうでない人や自分より年上の方だと、そういう機会が少なくても不思議じゃないでしょう?」


「確かに。・・・俺自信も詳しいとは言えないからな」


「最近の学生さんは、パソコン授業みたいなのがあるようなので、だいぶましだと思います。でも、授業でネット購入はしないでしょうから、その辺は独学になっちゃうかなと」


国の方針でIT強くしたいなら、そこもやった方が良いと思うんだけどなぁ。


「あともう一つは、今言ったのとちょっと関係するんですが、「ネット」と「販売購入」が別々に考えられ過ぎてると思うんですよね」


「どういう事だ?」


「例えばですけど、先程の問い合わせがもし、「普通に店舗から買った」場合だと、お客様はどうすると思いますか?」


兵頭課長はしばし考えて答える。


「商品やレシートを持って直接店に来るか、電話で問い合わせるだろうなぁ」


「はい。ではその場合、今みたいに「商品名やうちで購入したかどうかわからない」事態が発生すると思いますか?」


「それは流石にないだろう」


今度は即答する課長。


「そうです。それは何故かと言うと、購入レシートや無い場合は販売履歴、そして商品を確認するからです。購入レシートを「注文番号」と考えたら、それがネットで買った場合も必要だろうと言うのは、ほとんどの人がわかると思うんですよね」


「・・・言われてみればそうだな」


課長の反応を確認すると、さらに付け加える。


「キャンセルにしてもそうです。お客様からすれば商品が手元に無いので、キャンセルに抵抗が少ないのは仕方ないと思います」


「でも、考えてください?ネット購入画面の「カート」と「レジ」って実店舗でも同じようなものだと思うんですよ。「カート」に商品をいくら入れても出しても問題ありません。でも、「レジで購入」をした後にキャンセルするって、普通のお店だとなかなかできないでしょう?」


「それは、そうだな」


うなづいて、俺は話を締めることにする。


「要するに「ネット通販」ってのは「ネットを使って」「商品を販売」してるに過ぎないって言いたいだけっす。まぁ、実際は「配送する」ってのもまた考えないといけないんでしょうけど」


その点の俺流の考えもない訳じゃないけど、ここで続けることじゃないか。


「・・・まぁ、瀬崎の考えは何となくわかった。とは言え、相手はお客様だから、あまり強くは言えないけどな」


「それはわかってます。・・・でも、度が過ぎる場合は、お店でのそれと同じ程度には、強く言いますよ」


それを聞いた兵頭課長は、眉をひそめて苦言を言う。


「それは必要な時もあるかも知れないが、十分気を付けないとな。ネットだとあることないこと、・・まではいかないにしても、今の時代それっぽく表現する人も多いと聞くぞ」


「あるかも知れませんね。・・ただ、そう言った人は影響力が無いか、あっても周囲に「それほど信用されてない」って思ってるんですよね」


「・・まぁ、あくまで自分の願望の域ですが」


我ながら結構、過激な発言をしたと思うが、上司である兵頭課長は反論はしなかった。


「そうだな。・・・俺はいろんな考えを聞くのを無駄と言う程、堅物じゃないつもりだから、また機会があったら聞かせてくれ。じゃあ、自分の仕事に戻るから、後の業務頼むな」


「はい。お疲れ様です」


挨拶を受けた兵頭課長は、自分の席に戻る。俺は残務を続けることにする。


(ぁ~~。ちょっと語りすぎたなぁ・・・恥ずかし・・・)


若干の後悔を抱えながら。



 ただ、その頃、・・・兵頭もまたこのように思っていたことを知るはずもない。


(瀬崎。・・・やっぱり面白いな)

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