第7話 改善プログラム? EX
スマホの電話着信音が鳴った。
相手を確認すると、思わぬ名前だった。
いぶかしく思いながら、着信をタップする。
「もしもし、瀬崎ですが」
「あ、瀬崎さん?緒方ですが、今、お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
思わぬ相手、緒方医師との通話が始まった。
「お電話突然すみません。今日は14時から診察でしたよね?」
「ええ、そろそろ家を出ようと思っていました」
「その診察なのですが、本日は中止にさせて頂いてよろしいですか?こちらの都合で申し訳ないのですが」
「それは構いませんが、「健康改善プログラム」はそのまま続けていいですか?」
・・・正直、あと一個のはやりたくないけど、ここまで来たら最後まで終わらせたいんだよなぁ。
「・・・その件なのですが、もしよろしければ、今から私の送る地図の場所に来て頂けませんか?一旦切りますね。」
通話が突然切れると、すぐにデータの着信音が。それを開くと、ある場所の地図が示されていた。
再び緒方氏からの着信。取る。
「失礼しました。送った地図、確認しましたか?」
「はい、確認しました」
「それで、診察予定だった14時頃に来れそうでしょうか?」
これは多分、単純に今からその場所にくる手段はあるかと、時間を割いて来てくれるかと言う2重の問いかけだろう。
「・・・少し遅れるかも知れませんが、構いませんか?」
地図に示されたところに直接行ったことは流石にないが、そこまで遠い所でもなく、いかがわしい所と言った印象もない。俺は行くことにした。
「もちろんです。では現地でお待ちしていますので、焦らずに来てください」
「え?緒方さんも行くんですか?」
「・・・今回の件は、現地で私が説明する必要があると思うので、同行させて頂きます」
なんだそりゃ?
「ではお待ちしていますね。失礼しました」
通話が切れる。
「はぁ。・・・・・・行くか」
普段あまり使わない路線だが、ここからなら電車を1回乗り換えるだけで良さそうだ。向かうとしますか。
ため息をつきながらも、普段と違う展開に俺はちょっとだけワクワクしていた。
指定された場所の最寄り駅に降り、しばし歩くと地図に示されたと思われる建物が見えてきた。
「多分あれだよな・・・?」
思った通りいかがわしい場所ではなさそうだが、どういった用途の建物かがわからない。自分が、今までに行ったことのあるような施設ではなさそうだ。
「やっぱり少し過ぎちゃったか。あ、あそこにいるのは」
見ると、建物の入り口と思われるところに、緒方氏が立っているのが見えた。
いつも見る白衣ではなく、外行きっぽいスーツ姿だ。
「・・・お医者さんのスーツ姿って、なんか違和感あるよね」
どうでもいい事を思ってしまった。
緒方氏がこちらに気づく。
「こんにちは。遅れてすみません」
「いえいえ。こちらこそ、お呼び立てしてしまってすみません。では早速行きましょうか」
伴って、建物の中に入る。中はホテル?いや、カラオケハウスの受付の方が近いだろうか。緒方氏は勝手知ってる感じで、受付と思われる女性スタッフに話しかける。
「こんにちは。緒方と言います」
(名前だけではすぐにはわからないのでは?)
などと思ったが、杞憂だったようだ。女性スタッフは慌てた感じで返答する。
「!緒方様ですね!話は伺っております!レッスン室5になります。どうぞお入りください」
「わかりました、ありがとうございます。では、瀬崎さん行きましょうか」
当たり前のように中に進む緒方氏。
(お医者さんって、やっぱ有名だったりするんかな?それとも、この緒方氏が特別?)
などと半ば呆れ驚きながら、遅れぬよう付いていく。
(・・・あれ?俺のことも特に聞かれなかったぞ?)
緒方氏についていき、ほどなく受付の人が言っていた「レッスン室5」と書かれた部屋にたどり着く。
「・・・ん、やってるな」
緒方氏から部屋の中の様子を見るよう示され、何も考えずそちらを見る。
その瞬間、俺は息を飲んだ。
一人の女性が、一心不乱に踊っていた。
俺は、歌や踊りは全く分からない。
それでも、思わず魅入ってしまう迫力と綺麗さが、そこにはあった。
自己レッスンと思われる女性のダンスが一区切りするのを確認すると、緒方氏は扉を開け中に入った。
「お疲れ様です。いやぁ、いいものを見させてもらいました」
(あなた、何者です?)
ベクトルは違えど同じように思ったのか、女性は一瞬たじろいたようだが、冷静に返事を返す。
「お疲れ様です。・・・すみませんが、どちら様でしょうか?」
「・・・あれ?こちらにくるよう言われてきた緒方と言いますが、部屋間違ってないよね?」
女性の反応に、慌ててすがるようにこちらを見る緒方氏。
俺に聞かれてもわかりません。
「緒方さん、ですか?」
受付のスタッフさんと違い、「緒方」を名乗っても、相手の女性はピンとこない模様。・・・おいおい。
「えっと、「皆瀬 瑠衣」さんですよね?」
「はい、そうですけど・・・」
「!?」
「みなせ るい」?なんか聞いたことあるぞ?テレビで最近ブレイクしだした芸能人でそんな方がいたような・・・
だが、その本人なのか顔までは正直覚えていない。思わず、まじまじと見てしまう。
「えっと・・・そちらの方は?」
あ、失礼だったな。
「じろじろと見てしまい、すみません。はじめまして。私、瀬崎と言います」
緒方氏の・・・この場合何と言えばいいのだろう?この場の自分の立ち位置の紹介に戸惑っていると、
「!! あなたが瀬崎さんですか!?叔父から聞いています。今日はよろしくお願いします!」
何故か自分の名前は知らされていたらしい女性、皆瀬さんは大きく頭を下げる。
(え~・・・何、この状況??)
今度は俺が、すがるように緒方氏を見る。
すると彼は合点がいったように、「・・・ああ、そういうことか。なるほどね」とつぶやくのが聞こえた。
うん、自分だけ理解してないで、とっとと説明しやがれください。
「先方・・・皆瀬さんの叔父の方から、私宛に瀬崎さん指名で依頼があったんですよ。」
初耳ですが?
「なのでてっきり、「その仲介人である私のことまで依頼対象である瑠衣さんに連絡がいっている」、と私は思っていたのですが、違ったようですね。ははは」
ははは、じゃないよ?
「先方・・・皆瀬さんの叔父の方も気になりますが、いま、一番大事なのは依頼内容のようですね」
「え?聞いてないんですか?」
「嫌な予感しかしませんけど~~~?」
俺は半眼で緒方氏に言った。そうしていい権利があると思ってます。
「・・・うん、瀬崎さん。ちゃんとご説明しますので、まずは落ち着きましょうか」
はいはい、落ち着きますよ
「とは言え、どこから説明したものか。・・・まずは彼女、「皆瀬 瑠衣」についてはテレビとかでご存じですか?」
俺はウッとなる。
おそらくは芸能人であるご本人の前で失礼だが、正直に白状した。
「・・・テレビはニュースくらいしか観なくて。お名前は聞いたことはあると思うのですが、芸能活動とかは知らなくて・・・すみません」
「いえいえ。私なんてまだ駆け出しなので、名前だけでも知っててくれて嬉しいです」
彼女は気を悪くした様子もなく取りなしてくれる。ええ方や!
「・・・と本人は謙遜されているが、時事的に知ってて当然の有名人なので、社会人として知ってて下さい」
ですよね~。芸能人に疎い俺が知ってる時点でそんな気はしてました。
「とまぁ、ご本人が言うのもなんだと思うので私が一般知識レベルでの「皆瀬 瑠衣」の紹介をしますね。ん、ん、」
なんで喉のチューニング?
「デビューは今からおよそ3年前、24の時。社会人の経験がある「脱サラ」ならぬ「脱OL」アイドルを名乗り、まず同年代やOL、サラリーマン層に支持を得ました」
なんか語りだしたぞ!?
「当初は有名動画配信サイト「アイ-カン」にて、親近感を持てるアイドルとしてネット世代のファンも徐々につけつつ、待望のCD歌手デビューを果たします」
ほうほう
「デビュー曲「氷雨(ひさめ)」は、目立った数字は出ていないものの、「しっとりとして落ち着ける曲」「普段の活発なイメージとのギャップに萌える!」という評価も多く、隠れた名曲という方もいます」
「・・・そんな方いたんですね」
本人も知らない情報だった
「そんな「知る人ぞ知る」風潮の中、朝の全国生番組で取り上げられ紹介されると、一気に全国的に有名に。学生時代の実績もあり運動神経を生かした番組の他、バラエティ、ドラマ、CMと多彩な分野で活躍する期待の新人。・・・まぁ、一般的な認識はこんなところでしょうかね」
「いや、絶対ファンでしょ!?」
俺のツッコミを聞かなかった風にする緒方氏。この人は・・・
「そして今度は初の映画、つまり銀幕デビュー!・・・と言ったところで、問題?課題?が発生しました」
ここで本題ですか
「この映画、スポーツと恋愛を絡めたまぁ、ジャンル的には一般に好まれるベタな作品なんですが」
作られた方々に謝れ
「スポーツシーンに関しては、監督も満足いく撮りができているんです。が、どうも恋愛関係のシーンで、ピンときていないみたいなんですよね」
演技の世界もやはり厳しいんやね
「彼女も苦手分野は承知した上で、関係スタッフや養成所時代の先生と相談したりなど試行錯誤しているのですが、なかなか突破口が見いだせず、・・・そんな所で」
・・・逃げていいすか
「かわいい姪である彼女のそんな状況は、人脈の広い叔父の方の耳にも届いたらしく、「じゃあ、助け舟を出そう」と、ある人物の助言を希望した訳です」
え~、それって誰のことなんですかね~(現実逃避
「その助け舟が、・・・瀬崎さん、あなたです」
「タイタニック!!!」
思わず有名な(沈没する)豪華客船叫んじゃったよ!
「いやいや、無理でしょ!?完全にプロの方々の専門的な話じゃないですか!ズブの素人の出る幕ではないでしょ?」
「ダメ・・・ですか?」
「うっ・・・・・」
皆瀬さんにすがるような目で見られる。女性の、ましてかわいい方のこう言ったのは反則だ。
「・・・・・・まぁ、逆に何も知らない素人の方が、意外なところに気づけるってこともあるでしょうし。僭越ですが、がんばってみます」
「ありがとうございます!」
一転、明るい笑顔でお礼される。あ、ファンが多いのわかる気がする。
・・・実際、その「叔父」の方もそこを期待したんだろうと思うし。
「じゃあ、さっそく・・・監督さんに一番問題にされているシーンの演技を見させてもらってもいいですか?」
「え?」
「?」
あれ?
なんか素っ頓狂な返しが来たんですけど?
「・・・瀬崎さん、なんでそんな要望を?」
傍らであえて黙っていたであろう緒方氏から問われる。いや、なんでと言われましても、
「まずは、一番の問題点を理解しないといけないでしょ?でもって、せっかく素人がいるなら、なるべく予備知識のない方がいいじゃないですか。まぁ、この場合自分なんですけどね」
「と言う考えで、さっきの提案になった訳ですが、・・・なんか、まずかったですか?」
「まずいことはないんですけど・・」
ポカンとした表情の皆瀬さんと、苦笑する緒方氏。何?何なの??
「・・・まぁ、一理ありますね。皆瀬さん、お願いできますか?」
「あ、はい」
慌てて準備し始める皆瀬さん。その間俺は、
(とは言え、どんな感じに見たものかねぇ・・・)
と頭を悩ませていた。まずはそのまま見るべき、とわかってはいるんだけどね。
なので、彼女が小声でこぼした言葉も聞き逃した。
「そっか・・・そういう人なんだ」
「私は、・・・あなたが好きなの!!」
・・・演技とわかっててもドキッとした。さすがプロ。
でも、監督的にはイマイチなんだよねぇ・・・告白シーンかぁ。
「それで監督さんは、どんな風に言ってたんですか?」
難しそうな表情で皆瀬さんが返答する。
「それが、「もっと自信ありげに言って欲しい。」と。・・・でも、この役の子の恋は実らないので、どうしようかなと」
ん?
「実らないんですか?」
「はい。一応私が、「勉強も運動もできて人気もあるヒロインっぽい役」をやるんです。が、同級生である主人公に告白しても振られるんです。」
「ラスト、主人公は別の普通の女の子と結ばれるって話で」
どんな話だ。俺が呆れていると、皆瀬さんは何かに気づいたように「あっ!」と言い、
「ってこれ、オフレコでした!」
「・・・今更でしょう」
天然なのかな?
ともかく、もちろん当てずっぽうに過ぎないけど、なんとなく監督さんが求めているのが見えた気がするぞ?見当違いならそれまでだ。
素人ではこのくらいしか思いつかないと諦めてもらおう。
「・・・その結末、関係者の方は知ってるんですよね?」
「え?はい」
当たり前のような質問に戸惑っている。
「助言を求めた専門の方にも、内容は伝えてるんですよね?」
再び彼女はコクリとうなづく。
聞き役に徹していた傍らの緒方氏も、「何、当然なことを」と言って表情で見る。
「でも、・・・観てくれるお客さんがたは、知らないんですよね?」
「「あっ!」」
皆瀬さんと緒方氏の声がハモった。
・・・芸能人とハモリ、いいなぁ・・・
「当てずっぽうですみませんが、監督さんが求めているのは、「こんなヒロインなら主人公と結ばれるだろ」といった雰囲気じゃないですかね?勉強も運動も人気も恋愛もといった」
「でも、「そんなヒロインでも恋愛はうまくいかない」と言ったどんでん返し?ミスリード?感を強調したい。だから「自分なら選ばれる」といった自信感が欲しかったんじゃないんでしょうか?」
一応、素人説明しながら相手の反応を見ると、二人ともポカンとしていた。
・・・うん、外した。逃げよう。
「・・・と言った素人意見でしたぁー。しっつれいしましたぁ~~」
その言葉通り、俺は出入り口の方に後ろずさりでさりげなく移動し、一気に脱走しようとした!
しかし、緒方氏にまわりこまれてしまった!
「どこへ行くんです?」
「後生です!見逃してくだせぇ!!」
さっきプロの演技を見たせいか、つい演技がかってしまった。
「・・・観ているお客様はわからない・・・そっか、そうなのかも」
皆瀬さんは興奮したように、俺の手を両手で取り、感謝を伝える。
「見えた気がします!瀬崎さん、ありがとうございます!」
ちょ、近い近い!
当惑している俺の手を握ってしまっている事に気づくと、慌てて手を放し、何事もなかったかのような態度をする。・・・頬を赤らめながら。かわいいかよ。
「ま、まぁ、参考になったなら良かったです。と、冗談ではなく、そろそろ帰らせてもらってもいいですか?」
「え?・・・そうですね、お忙しい中、呼びだしてしまい申し訳ありません」
恐縮して頭を下げる皆瀬さん。いや、困った。
「すみません。そういう訳じゃないので、安心してください。単に私の経験上、これ以上素人がいても邪魔にしかならないかなと」
失礼にならないよう言葉を選んで、俺は説明する。
「・・・私が以前勤めていた会社でも、モニターと言うんですか、素人の方の意見を聞くことをやったことがあります。確かに今回の私じゃないですけど、参考になる意見をもらえたことはあったのですが、」
話を続けながら、つい苦笑してしまう。
「・・・なんて言うか、やはり素人なんですよね。一個二個なら「これは」って言うのは出ても、それ以外は蛇足もしくは見当違いになって、聞いてる側も困惑してしまうんですよね。」
俺は話をまとめる。
「・・・と言う事で、一素人として参考になれそうな意見を言えたところで、お暇させて頂きたいと思った所存であります!」
芸能人とは言え年下。
彼女に気にかけてしまわぬよう、おちゃらけた感じで言ってみる。
「・・・そう言われてしまっては、止められませんね。」
彼女は、自分を納得させるように言ってくれた。
「瀬崎さん、今日は本当にありがとうございました。・・・このご恩は是非、演技で現したいと思います」
流石、有名芸能人。プロ根性が素晴らしい。
「・・・私も芸能界というものの一端が見れて、参考になりました。これからも頑張ってください。それでは失礼します」
俺はレッスン室を後にした。
受付でしばらく待っていると、緒方氏が戻ってきた。
皆瀬さんの姿は、ない。
「待たせてごめんね~ 皆瀬さんも見送りに来るか聞いたんだけど、「いえ、私は早速、新たな演技の練習をします」みたいに言われちゃって」
ちょっと残念だけど、本当にプロの方だ。
「いえ、むしろありがたいですよ。素人の自分の意見でも素直に受け止めてくれて」
俺と緒方氏は受付に軽く挨拶をすると、建物を一緒に出た。
帰り道の途中で、緒方氏は探るように俺に質問してきた。
「しっかし、君も豪胆だなぁ。さっきの考え、見当違いとは思わなかったの?」
皆瀬さんは、元がそうなのだろう素直に聞いてくれたけど、やはり気づいてましたか。
「・・・まぁ正直、見当違いの可能性も高いんですが、あえて言ってみたんですよね」
「ほう。それは何故?」
「・・・皆瀬さんには悪いですが、もし大きくしくじればそこからまた別の景色が見えるんじゃないかなって」
会ってすぐの彼女の表情を思い出しながら続ける。
「彼女は思い詰めてしまってました。もし別の景色が見えたなら、そこから突破口につながる可能性も出てくるのかなって」
「・・・まぁ、結局は彼女次第という、無責任なやり方なんですけどね」
我ながら嫌になる。
でもま、これが俺の性分なんだろうなぁ。
「・・・そうですか」
緒方氏は良いとも悪いとも言わない。
最寄りの駅まで一緒したが、「病院に戻る」という緒方氏とそこで別れた。
これが、俺と彼女の出会いだった。
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