第3章 健康改善プログラム

 最初の診察の日から10日余りが過ぎた。予約しておいた診察を受けに、俺は再び九十九総合病院に来ていた。

総合病院自体がそうなのか、ここが盛況というか患者さんが多いのかはわからないが、先日と同様なかなかの数の患者さんと一緒に待合所で待つ。

今は火曜日の朝。緒方医師が担当している時間に指名して予約した訳だが、前の患者さんの診察が長びいているのか、なかなか呼ばれない。


「待つしかないか・・・」


 待っている間にいろいろ考える。健康改善プログラムとはどんなものなのか。この診察が終わった後、休日をどう過ごすか。


そして、案の定と言うか課長に「診察、どうだった?」みたいに聞かれた際、「あー、まぁ、自分もよくわからないんですが、重い病気とかじゃないみたいです。ただ、様子を見ながら徐々に治療する必要があるみたいで、何回か通院すると思います。」みたいに答えたのも思い返す。

「・・・それは本当に重くないのか?」と心配されたので、「・・・大丈夫ですよ」と答えてはみたが、(他にどう言えばいいんだよ!?)と思ったことも・・・

思い返して若干イラっとしつつも、怒り散らすことでもないので抑えながら待つ。静まれ、俺の右眼。


しばらく後、自分の番号を呼ばれたので診察室に入る。


「こんにちは、瀬崎さん。お待たせしてすみません」


「いえ。よろしくお願いします」


「それではさっそく、前回の診察でお話しした「健康改善プログラム」を書いた紙を渡しますね。どうぞ」


プリンターで印刷され、ホッチキスで留めたA4用紙5枚ほどを受け取る。


「さて、具体的なプログロムの説明の前に、改めて瀬崎さんの症状とその改善方針を説明しますね」


説明を受けつつ、用紙に目を通していく。ふむふむ。


「~ということで、瀬崎さんの症状はいわば生活習慣病の一種に分類されるものとなります。肥満が体型や血糖値に出るみたいに、顔に徐々に出てくると言ったものですね」


「・・・そう聞かされると、結構怖いですね・・・」


結構どころではない気もするが。


「ああ、怖がらせてしまってすみません。瀬崎さんの様子を見るに、まだまだ「起こり得るかも」程度です」


緒方医師は、安心させるように付け加える。


「正直申し上げますと、私がこれまで見てきた患者さんたちのほぼ大抵の方が、同じような改善プログラムを行っていなくとも特に問題は起こってません」


「え?やりたくなければ拒否できるのですか?」


医師は若干苦笑してうなずく。


「もちろんです。医師は原則、求めていない患者さんに医療や診療を行いません。ただ同時に、病気やその傾向が懸念される際は、患者さんに症状やその治療または予防、改善法を伝える義務もあります」


「今回の瀬崎さんの診断結果も、まさにそういった見解からなのはご理解ください」


「それはまあ、理解できます」


そうでないとあんな風に書かないだろうしなぁ。


「ご理解頂けてよかったです。ではその改善方法と、具体的な改善プログラムの中身について説明します。瀬崎さんには、それを聞いてから行うかどうか判断してください」


「わかりました」


さて、心して聞こう。


「先程、似たような症状で「糖尿病」を挙げました。この原因はいろいろありますが、「偏食」、偏った食事によると言うのはよく聞くと思います。」


「聞きますね。」


「この「偏った食事」が目に見える外的要因とするなら、「偏った生活」いわば「変化のない暮らし」が、ストレスといったものを促す内的要因となる。私はそう考えます」


「はあ」


ということは?


「ということで、瀬崎さんには普段やらないであろうことを行ってもらう事で、「偏った生活」を修正していくことを目的としたいと思います。ここまではいいですか?」


いいですかと言われましても


「・・・とりあえず、最後まで聞かせてください」


我ながら煮え切らない返事だったが、緒方医師は予想していたかのように話を続ける。患者のそういった返事には慣れているのかも知れない。


「はい。では改善プログラムですが、3枚目から5枚目に書かれたものの中から、いくつかやって頂きたいと思います。」


言われた通り、俺は渡された用紙の3枚目から目を通す。


・・・いや、通そうとしたが、突っ込みを入れずにはいられなかった。


そこには、いくつかの会社や施設の名前と所在地の地図、その問い合わせ先と思われる電話番号が書かれてある。そして、そこで自分が行うらしきことも書かれてあったのだが、


「「町内の清掃」、「街頭でのチラシ配り」、「講演を聞きに行く」、「ファッションモデル」・・・なんですか、これ?」


「やって頂きたいプログラムです。貴重な時間を使わせてしまって申し訳ないのですが」


そういう事ではない。いや、それもそうだけど!


「えっと、「町内の清掃」や「講演を聞きに行く」と言うのは、わからなくもないですよ。「チラシ配り」ってのも、まだちょっとはわかるかも?と言った感じです。が、「ファッションモデル」ってなんっすか?」


「ああ、ちゃんとした雑誌のモデルではなく、「スーパーのチラシモデル」みたいなものです。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


そういう事でもない。・・・が、俺は毒気を抜かれ、ただ確認するように問う。


「・・・疑うようで申し訳ないんですが、これで病気が改善するんですか?」


「私はそう思っています」


緒方医師は、まっすぐな表情で俺を見て、断言する。


自分より少し年上に見えるが、歳はせいぜい40程度。

にもかかわらず、自分にはない、仕事への自信やしっかりした信念のようなものを感じた。

それにこんな大きな病院で、詐欺まがいは流石に無いだろうと思うこととする。


「わかりました。改善プログラム、やってみたいと思います」


「え?ファッションモデルもやってくれるんですね?ありがとうございます」


「・・・それは保留で」


一転、からかうような口調で茶化す医師。いい性格してんな。


「それでやるとして、どういった手順でやればいいんですか?・・・まさか、自分でこちらにかかれた場所へ電話して、行けって言うんじゃないですよね?」


「そのまさかですよ?」


なん・・・だと・・・?


「ご安心ください。そこに書かれている施設と担当の方には、私の方で「瀬崎 臨也」と言う方から、「○○をしたい」みたいな連絡がくるかもとはお伝えしています。」


「はぁ・・・」


わざと不信感を持った視線で、緒方医師を見る。


「・・・まぁ、不信感を持たれても仕方ないと思います。ただ、誤解を承知で言えば、あまり先入観や予備知識を相手も持たない方が良いと考えたのは事実です」


まぁ、それはわからないでもないけど。


「そういったことで、「連絡を取る」ところから「改善プログラム」の一種と思って、行って頂きたいと思います」


あ、その言い方、ズルい。


「あ、それと先入観の観点からもう一つ。周囲から聞かれた際には特に隠す必要はありませんが、自分の仕事や役職、経歴などはなるべく言わないようにお願いします」


それは言う気は毛頭ないけど。


「・・・わかりました。行う順番とか期限はありますか?」


俺の信条の一つは「やる以上、スパッとやる」だ。


「なるべく資料の上から順にやって頂きたいですが、瀬崎さんと先方の予定もあるので、入れ替わっても構いません」


「期限につきましては、2週間・・・半月に一つはやって頂くペースでどうでしょうか?お時間が取れそうにないなら、もっと伸ばしても大丈夫ですが」


「2週間で一つ・・・わかりました。プログラムを行う際には先生への連絡等はいりますか?」


「それは大丈夫です。ただ、経過観察は行いたいので、プログラムをやったやらないに関わらず、だいたい半月毎に予約を取って頂ければと思います」


ふむふむ。


「わかりました。あ、もう一つ質問いいですか?」


「どうぞ」


「半月のうちに2つとか3つ、プログラムを行ってもよいですか?」


「・・・普段と違うことを急激に行うと、瀬崎さんの内面に逆にストレスがかかるかも知れません。半月の内に一つのペースでお願いします」


「わかりました」


気を取り直し、緒方医師は最後の確認をする。


「さて、他にご不明な点はありますか?」


「今のところ・・・。あ、もし、わからない点が出来たら、緒方先生指名で電話してもいいですか?」


それを聞いた緒方医師は、あっと言った表情の後、やや恥じるように言う。


「・・・すいません。そう言えば、瀬崎さんには私の携帯番号お伝えしてませんでしたね。今、お伝えして大丈夫ですか?」


「え?直接おかけして大丈夫なんですか?」


びっくりする。


「良識の範囲内でお願いします。診察中や対応できない時にはマナーモードにしてますので、案件を入れてくれれば後で折り返します」


「そうして頂けるとありがたいです」


教えてもらった緒方医師の携帯番号を登録する。もちろん、自分の携帯番号も伝える。


「それでは、これで今日の診察を終わります。ファッションモデルの報告、期待してますよ」


「それは期待しないでください・・・」


 担当医師と軽口が叩けるくらいになった中、


こうして「顔が悪い」に対する改善プログラムが開始した。

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