落下

ギャナンが手にした<それ>は、彼を捕えていた<蝙蝠に似た何か>をたやすく両断した。その瞬間、彼は支えを失って、宙に投げ出される形になった。高度約五十メートル。普通なら助かるとは思えない高さ。


けれどギャナンは反射的に体を丸めて落下に備えた。その彼の体をバシバシと何かが激しく打つ。いや、逆だ。彼の体がぶつかっていったのだ。うっそうと茂る森の木々に。


無数の衝撃の中、バキン!と硬いものが折れる気配もあったものの、ギャナンとしてはそれどころではなかった。そして最後に、ドン!と全身が叩きつけられて、ようやく終わった。下草が生い茂った地面に落ちたのだ。しかし、途中の木の枝や下草がクッションとなったことで、彼は奇跡的に生き延びた。なんという強運か。


この世界はまだ、彼を楽にさせてはくれないようだ。


「ぐ……う……」


とは言え、さすがにすぐには動けそうになかった。体中が熱く、満足に動かせない。手にしていた刃物らしき何かも落としてしまったらしく感触がない。


仕方ないので彼は、その場にうずくまって静かにした。本能的に回復を待つことにしたのだろう。星明りさえない真の闇の中で。


目を開いても、まったく何も見えない。自分の体に草が触れているのが肌で感じ取れるだけだ。その肌も、ジンジンと痺れるように痛む。


しばらくそうしていると、彼が落ちてきたことで息をひそめていた虫達が再び鳴き出した。けれど、わずか七歳の子供のはずのギャナンは、普通の子供なら痛みと恐怖で泣き喚いているであろうこの状況にあっても、泣き言一つ口にしなかった。


目を開けていても無駄なので、何とか体を丸めて目を瞑り、寝ようとした。が、全身がジンジンと熱く疼き、鼓動のたびにズンズンと痛みを寄越すので、とても寝られるような状態ではなかったが。




ただ、その痛みも、時間と共にやがて収まっていって、彼はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。


「……!」


ハッと意識を取り戻すと、自分がうっそうとした森の中で寝転がっていることに気が付いた。


それからゆっくりと体を起こす。まだ痛みは残っているが、体を動かせないほどじゃない。


「……」


何気なく周囲を見回しても、人間の気配などまったくない、森の真っただ中だった。人間が通りそうな道さえない。


それと同時に、あの<蝙蝠に似た何か>の姿もなかった。まるで幻のようにも思えるが、あれが幻ならギャナンがこんなところにいる説明がつかない。


あれは確かにあったことなのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る