立体パズル

「……」


森の中をギャナンは歩いた。方角も分からないが、とにかく歩いた。歩きつつ、昨夜、<蝙蝠に似た何か>を切り裂いたナイフらしき感触を思い出す。自分の右手をまじまじと見つめるが、なぜあれを手にできたのかは分からない。あのナイフらしきものは、いったい、どこから来たのか。


もう一度出してみようと手を振ったりもするものの、何も起こらない。


が、その時、彼の視界の端を何かがよぎった。


「!?」


それは、昨夜も見た、あの<蝙蝠に似た何か>だった。しかし今度のは、足にウサギしき小動物を捕えていて、ギャナンには見向きもしなかった。それが向かった方向に、彼は歩を進める。


そしてしばらく歩くと、なぜか急に気温が下がってきて、自分の体を抱くようにして少しでも寒さをしのごうとした彼は異様な光景に出くわした。


「? ……?」


幼く、ものを知らない彼の脳は、その光景をどう解釈すればいいのか分からずに混乱する。


なにしろそこには、彼がこれまで見たこともない得体のしれないものが転がっていたからだ。多少の知識がある者であれば、それは、<蜂の巣>にも見えただろう。ただし、大きさが違い過ぎる。六角形の一マスが三十センチはあるのだ。


しかもそこから手足のようなものが生えているが分かる。いや、実際には手足ではないのかもしれないが、少なくともギャナンの目にはそう見えた。彼の乏しい知識ではそう解釈するしかなかった。


もっとも、その<手足>の一本一本が、人間の大人の体よりもはるかに大きく太かったが。


それが地面に横たわっている。<蜂の巣>に見える部分が、いくつにも切断された感じで。


さらに、その陰からゆっくりと姿を現す別の<何か>。


これこそ、どう表現していいのか、ギャナンにはまったく見当も付かなかった。それどころか、大人が見ても分からないだろう。何しろ、この世界にはまだない<立体パズル>を思わせる幾何学的なオブジェが、宙に浮いているのだから。


それはゆっくりと空中を横に移動しながら、まるで本当に立体パズルのように体の一部がスライドして回転しているようにも見えた。縦に、横にと。


ギャナンにはまったくどう対処していいのか理解していいのか皆目分からず、ただ茫然と見つめるしかできない。


が、立体パズルのパーツのようなものがカチリと動いた瞬間、何の前触れもなく<何か>は消え失せた。どこかに飛んで行ったとか落ちたとか移動したとかではなく、まるで<コマ落ち>の演出のように一瞬で消えてしまったのだ。


後に残されたのは、スライスされた蜂の巣から手足が生えたかのような謎の物体と、それの周りを飛び交う<蝙蝠のような何か>と、ギャナンだけであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る